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本部には重苦しい空気が漂っていた。
つい今しがた、報告を受けたダンブルドアは沈黙を守りながら目を伏せている。

「うそ、でしょう?」

掠れ声を震わせながら囁いたリリーは、青褪めた顔で報告を持ってきたリーマスに詰め寄り何度も揺さぶる。

「嘘でしょう? どうして、だってそんなはずないわ!」
「リリー……」
「嘘よ! ルーシーが、そんなの……っ、信じない!!」
「リリー!」

細い肩をリーマスの無骨な手が掴む。
人狼という業を持つリーマスが自らを制御する為に付けた噛み痕や、あちこちを殴りつけて出来た傷痕のついたその手には、真新しい傷が追加されている。
つい先ほど付いたらしいその痣や傷は、リーマスが壁か何かを殴りつけて出来た傷なのだろう。その傷が、報告を持ってきたリーマスがリリーと同じ思いなのだと告げている。

「僕も……違うと信じたい。けど――」

事実を変えることは出来ない。
視線と共に肩を落としたリーマスの表情を間近で見ることとなったリリーは、こみ上げる涙を堪えられずに溢れさせた。

そんなはずはない。
そんなことがあっていいはずがない。
有り得ない。

そう思うのに、それが事実なのだとリーマスは言う。

「本当に……間違いないのか」

固い声がリリーの耳に届いた。

「本当に、アイツが……ヴォルデモートの所にいるのか?」

束の間の沈黙。
ややあって、リーマスが小さな声で是と答えた。
再び沈黙が訪れ、問いかけたシリウスがただ一言「そうか」と漏らす。

「潜入先で知り合った人狼から手に入れた情報だ、間違いない」
「そんな……そんなの、あんまりだわ」

未だ掴みかかったままのリーマスに縋り付いて吐露するリリーに、声をかける者は誰もいない。
誰もが嘘であって欲しいと願い、誰もがその報告が真実であるという事実に打ちのめされているのだから。

「つまり、アイツは俺らを裏切ったってわけだ」

吐き捨てたシリウスに答える者はない。

「卒業前から決めてたって事だろ? だから騎士団に入るって言った俺らと距離を置いたんだ」
「ダンブルドア、貴方は知って――?」

ひたすら沈黙を続けていたジェームズがダンブルドアに問いかける。
ジェームズの問いかけに目を開いたダンブルドアは、こちらを見つめる元教え子たちの顔を見回して静かに頷いた。

「あぁ、知っていたよ」
「なら、どうして教えてくれなかったんです?」
「言えば、君たちが動揺すると思ったからじゃ」

まるで幼子に言い聞かせるような物言いだが、与えられた返答に納得など出来るはずもない。
尚も詰め寄ろうとしたジェームズの前に手をかざして黙らせたダンブルドアは、一息ついて静かに語った。

「おとぎ話のような話だと思っておった。本当に存在するとは思ってなかった」
「何の話です?」
「彼女の、古い祖先の話じゃよ」

ダンブルドアは語った。
遥か昔、強い力を持った一族がいたことを。
カトレット家に嫁いだシエラがその一族の末裔であることを。
世代が移るにつれて消えていったはずの力を、ルーシーが受け継いでしまったことを。

「ルーシーが、そんな……でも、私たちには何も……」
「誰にも言わないと、彼女の母君にきつく言い渡されていたからじゃろう。このわしでさえ、おとぎ話としか思っていなかったそれを、ヴォルデモートは調べ上げ、ルーシーを見つけたのじゃ」
「それで……それで、何であんな奴の所に、」
「どうしても叶えたい望みがある――彼女はそう言ってあやつの元へ行ったのじゃ」
「叶えたい、望み……?」

それは一体――?
問いかけてもダンブルドアは首を振るだけで教えてはくれなかった。
知らない、聞いていないと答えたけれど、それは嘘なのではないか?何の根拠もない所為で問い質すことは出来なかったが、リリーはダンブルドアが自分たちの知りたい答えを全て持っているような気がしてならなかった。

「どっちにしろ、アイツが俺らを裏切ったことに変わりはねぇだろ」

吐き捨てたシリウスが拳を握り締める。

「次に会う時は、敵だ」
「シリウス……!」

敵だなんて。そんなの嫌だ。絶対に嫌だ。
そう思うのに、言葉は喉に張り付いて出てこない。
リリーとて理解しているのだ。もうルーシーとの道は違えてしまった。
どんなにリリーが望んだとしても、ルーシーが同じだとは限らない。
何か理由があるのだと思っていた。突然手のひらを返したかのように冷たくなったルーシーは、何か理由があってそうするのだと思っていた。そうであって欲しいと思っていた。

けれど、まさかこんなことになるなんて。

「………あの時、ちゃんと問いただしていれば良かった……」

無理にでも聞き出せば良かった。
そうすれば、もしかしたら。
襲い来る後悔の念に、リリーは再び涙を溢れさせて拳を握る。

どうか、叶うことなら。
もう二度と、彼女に会う日が来ませんように。

敵として戦うなんて、そんなこと出来るはずがないのだから。