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「どうして……っ!!」

詰め寄るルーシーをヴォルデモートは胡乱気に見遣った。
あんなにも怯えていたというのに、スネイプが死喰い人になったと知った途端にヒステリックに叫び出した。
闇の帝王と恐れられているヴォルデモートに。

「話が違う! 何もしないって言ったのに!」
「違う? 俺様は約束を違えた覚えはない」
「そんなの――」

喚くルーシーの顎を捉えて力任せに引き寄せる。

「俺様の預かり知らぬところでルシウスが誘い、スネイプ自身がイエスと答えただけだ。それに、お前との契約は『スネイプたちを殺さない』。死喰い人にするなと言われたわけではない」

ぐ、と言葉に詰まるルーシーが、尚も納得のいかない顔でヴォルデモートを睨みつける。
何ともまぁ愚かな女だ。嘲笑を浮かべたヴォルデモートは、引き寄せた顔に自らの顔を寄せ唇を重ねた。
強く引き結ばれた唇は何とも味気ない。一日も早く野望を叶える為にそのまま組み敷いてやろうと思っていたが、そんな気すら失せてしまうほどの徹底した拒絶ぶりだ。

「諦めたのではなかったのか?」

手の甲で首筋を撫で上げれば、びくりと身体を震わせたルーシーが慌てて身を離す。
自らを護るかのように抱きしめながら警戒を露に見つめる視線は、何とも滑稽だ。

「今更」

嘲笑と共に漏らした呟きに見せる傷ついた顔も。
抱きしめる腕に力を篭めて白くなった指先も。
眉間に深く刻み込まれた皺も。
微かに震える身体も。

何もかもが、滑稽で。
何もかもが、哀れですらある。

先だって顔合わせに現れたスネイプを思い出してヴォルデモートは口元を歪めた。

何かに耐えるように寄せられた眉。
強く引き結ばれた唇。
平静を装いながらも、隠しきれないその表情。

どれもが今のルーシーと酷似している。
ルーシーがヴォルデモートの元に現れて、彼は何を思っただろうか。
全てを諦めたようなその目を思い出すだけで嗤いがこみ上げてくる。

あぁ、何と愚かなことか。

逃げられるとでも思ったのだろうか?
幸せな時が永遠に続くとでも思ったのだろうか?

何と浅慮なことか。
学校という狭い世界を全てだとでも思っていたのだろうか?
世界はこんなにも広く、こんなにも無情だというのに。

「愚かな」

嘲りの言葉と共に引き寄せれば、瞬時に身を強ばらせたルーシーが腕の中で藻掻く。
拒絶を露にするルーシーに「本当に良いのか?」と問えば、身体を震わせて抵抗することを諦めた。
何とも従順なことだ。心の内でせせら笑い、気紛れに頬に唇を寄せれば、相変わらず身を強ばらせながらも応じるように顔を向けてくる。

愚かな。
心の内で繰り返しながら、ヴォルデモートはすぐそこにある唇に自らのそれを重ねた。

愚かしい。
何とも愚かしい。

愛などという不確かなものに溺れた末路がこれか。
脳裏に蘇る哀れな男の姿と、目の前の愚かな女の姿に口角が釣り上がる。

一体他に何と言えというのか。
愚かで、愚かで。
ひたすらに愚かで、救いようがない。

精々願うことだ。
ヴォルデモートは嘲り嗤う。

力を持つ子どもさえ産めば、解放してやる。
必死に涙を堪える女の耳元で嘯く。

ダンブルドアにとってはただの駒でしかないことを、この女は理解しているのだろうか。
くだらない望みの為に全てを投げ打ったこの女を、油断ならないあの老人はただ利用しているだけだということに。

「哀れなことよ」

同情してやるつもりはこれっぽっちもないけれど。
弱い者は、ただ強い者に従っていればいい。
どんなに力を持っていたとして、心が弱ければ何の意味もない。

「所詮、貴様は駒にしか過ぎないのだ」

涙の跡の残る寝顔を見下ろし、ヴォルデモートは企みを乗せて笑みを深めた。