「卒業、おめでとう」
校長の言葉を最後に卒業式が終わる。
式典の際にしか着用しない三角帽子を取り、ルーシーは視線を落とした。
とうとうこの日が来てしまった。
スネイプやリリーたちと距離を置き始めてからは早く卒業したいと思っていた。
けれど、いざこの時が来てしまうと卒業したくないと思ってしまう。
彼らを欺き続けることは苦しくて、けれどこれからのことを思うと恐怖に身体が竦んでしまう。
そのたびに自分に強く言い聞かせて、今日までやってきた。
これで良いのだ。
他に方法はないのだから。
もう、手遅れなのだから。
「ルーシー」
呼び止める声に振り返れば、躊躇いがちにリリーがこちらにやって来る。
「あの……卒業、おめでとう」
「うん………リリーも、おめでとう」
「えぇ……」
会話が途切れ、二人の間に気まずい空気が訪れる。
親友だったはずなのに。仕方のないことだと分かっていても辛い。
「ルーシー、あのね……」
「元気でね」
「ぇ、あ……待って、ルーシー!」
お願い!
必死の声と掴まれた腕に足を止めれば、今にも泣きそうな顔のリリーがこちらを見つめている。
自分がそんな顔をさせているのだという事実にまた胸が痛んで。
必死に平静を装うルーシーの手をギュッと掴みながら、リリーが口を開く。
「あの……私、貴方に会えて良かった」
「、」
「ルーシーがどう思っていても、私は貴方を親友だと思ってるわ」
「リリー……」
「だから、」
グッと眉根を寄せたリリーが笑う。
お世辞にも上手いとは言えないその下手くそな笑顔に、またズキリと胸が痛む。
「また会いましょう。いつかまた、絶対に」
「………」
「その時は、また一緒にご飯を食べましょう。沢山話して、沢山遊んで、それで――また、貴方と一緒に笑いたいの」
答えないルーシーに悲しげに微笑んで、リリーは行ってしまった。
遠ざかるその背を見つめて、グッと歯を食い縛る。気を抜けば泣いてしまいそうになるのを必死に堪えていれば、突然誰かの手が頭を鷲掴んだ。
「ぎゃっ!」
「変な声出してんじゃねーよ」
「、シリウス……」
いつの間にか背後に立つ友人たちから目を逸らす。
どうして。もう、放っておいてくれれば良いのに。
「卒業おめでとう、ルーシー」
「………皆も、おめでとう」
ぎこちない笑みを返せば、ジェームズたちは不満げな顔でルーシーを見つめて大きな溜息を吐く。
「最後くらい、もっとちゃんと笑ったらどうだい?」
「変な顔してんじゃねぇよ」
伸びてきた手が頬を掴み左右へと引っ張る。
痛みに悲鳴を上げるルーシーを見下ろすシリウスだって、自分はどうなのだと言いたくなるような顔をしているくせに。
「確かに僕は君のことを何も知らないのかもしれない」
ヒリヒリ痛む頬を押さえるルーシーに、ジェームズが言う。
「でも、僕らと一緒に過ごした時間、君が見せた顔が全て嘘だったわけじゃないだろう?」
「忘れないよ、ずっと。君はもうそんな風に思ってないかもしれないけど……けど、僕らにとって、君は大切な友達なんだ」
唇を噛み締めて俯けば、大きな手が頭に乗せられる。
「忘れんじゃねえぞ、俺たちのこと」
「………そりゃ、こんなバカそう簡単に忘れられないでしょ」
「テメェにだけは言われたくねぇよ」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でた手が離れていく。
「ルーシー、元気でね」
「また会える日を楽しみにしてるよ」
「リリーのことは僕に任せてくれ」
「次会う時には、もう少しイイ女になってろよ」
あんなにも酷いことを言ったのに。
以前と変わらない笑みを向けてくれる彼らに涙が滲む。
「………元気で」
どうか、どうか元気で。
死なないで。生きていて。
次に会う時は、敵かもしれないけれど。
今よりももっと傷つけてしまうかもしれないけれど。
どうか、彼らが幸せになりますように。
そう願うことだけは、許してください。
校門付近までやって来ると、見慣れた姿を発見した。
友人たちと別れの挨拶をしていた双子の妹が、ルーシーに気付いて目を眇める。
「卒業おめでとう」
ぎこちなく笑いかけるがレイからの返答はない。
すっかり嫌われてしまったのだろう。こちらを見る目は冷たく、憎んでいるようにすら思える。
当然だ。だって、ルーシーはレイを裏切ってしまったのだから。
スネイプを奪い、それでも大切に想ってくれていたレイを裏切った。それなのにスネイプをあっさり棄ててしまったのだ。納得のいく説明すらせずに、ぞんざいに。レイが怒るのも無理はない。
「お母さんのこと、よろしくね」
「知らないわ、あんな人」
レイが日本へ行くことは聞いている。シエラの父の故郷である日本に隠れ住むのだと母は言った。魔法省に勤めたいというレイの言葉を無視して。好きな男を奪われ、ぞんざいに棄てられ、夢まで奪われたレイがルーシーとシエラを憎く思わないはずがない。
分かっている。どれだけ酷いことをしているのか。
分かっている。レイにはちゃんと説明しなければならないことも。
けれど、レイはスネイプを想っているから。
ルーシーを想うリリーにも僅かばかり心を砕いているから。
知られるわけにはいかないのだ。ルーシーがスネイプを棄てた理由を。これからのことも、何もかも。
知られたくない。ただ、知られたくない。
それはルーシーの我儘でしかない。分かっている。全て自分の所為だ。
それでも。申し訳ないと思っていても。知って欲しくない。
いくらだって憎んでくれて構わない。
忘れてしまって構わない。
ただ、どうか。
「元気でね」
こちらを見ようともしない妹に、何とか微笑みかけて。
ルーシーは校門をくぐり抜けた。
「キングズ・クロス駅にお母さんが迎えに来ることになってるから」
一方的に要件を告げ、ルーシーはその場で『姿くらまし』をした。
残されたレイが難しい顔のまま立ち尽くしていることも知らずに。