ホグワーツ特急に乗ってキングズ・クロス駅へとやって来たルーシーは、人気のないプラットホームに首を傾げた。
駅まで迎えに来ると書いてあったが、それはこのホームで待つという意味ではなかったのだろうか。
戸惑いながらもゲートを越えれば、駅はいつものようにマグルたちで溢れている。この中から母を探すのは至難の業だ。
さて、どうするか。
ルーシーは頭を掻きながら壁に寄りかかった。そして「あ」と声を上げる。
「改札の外かな」
あぁ、きっとそうだ。そこで待っているに違いない。
万が一ホームで待つつもりだったにしろ、改札を通らなければならないのだから問題ないだろう。
心配なのは改札に向かう途中に互いを見つけられずに行き違ってしまうことだが、その時は改札で待っていればいずれ会えるはずだ。
改札を出たルーシーは、なるべく人の少ない場所を選んでそこに佇んだ。
忙しなくキョロキョロと見回して母の姿を探すが、やはり見つからない。
そのうち来るだろう。探すのを止め、行き交うマグルたちをぼんやりと眺めながら壁に寄りかかった。
「ルーシー・カトレット」
その声は余りにも突然にルーシーの耳に届いた。
静かで、それでいて底知れない何かを覚えさせる声だ。
無意識に身体を強ばらせていることに気付いたルーシーは、いつの間にか隣に佇む人物をおそるおそる見上げる。そして息を呑んだ。
「、ぁ……」
背の高い痩せた男だ。
血の気の失せた顔の中心にあるべき鼻はまるで蛇のように平らで、その上に位置する双眸はまるで爬虫類のようだ。縦に細く切れた緋色の瞳孔がルーシーの姿を捉えて離さない。
顔など見たことはなかった。
ただ、皆が知っているのと同じ呼称を知っていただけだ。
けれど、すぐに分かってしまう。
『例のあの人』――ヴォルデモート卿。
マグルたちからは見えないのだろうか。漆黒のローブを着た男は、その細長い指で持つ杖の先をルーシーに向けながら、怪しい笑みを浮かべていた。
拒むことも逃げることも許されないままに連れて来られた先は大きな屋敷だった。
平時の状態であれば美しい外観と庭に感嘆していただろうが、生憎と今のルーシーにそんな余裕などない。
どうにかして逃げなければ――そう思うのに、行動に移すことが出来ない。
『姿くらまし』はちゃんと履修したというのに。十七歳を迎えて魔法の使用すら認められているというのに。
下手に動けば殺されてしまうかもしれない。一瞬でもそう考えてしまえば、もう杖を握ることすら出来なかった。
ヴォルデモートに連れられて入った広間には、仮面を被った者たちが集まっていた。
両手で足りるだろう数の彼らはヴォルデモートの後について現れたルーシーにざわめき出し、ヴォルデモートが一際豪華な椅子に腰を下ろすと一斉にその傍らに跪く。その様子を満足げに見遣ったヴォルデモートは、二メートルほど離れた所に立ち尽くすルーシーへと視線を向けて目を細めた。
恐怖で足が竦む。身体が震える。
逃げるどころか声を出すことすら出来ずにいる中、ヴォルデモートが静かに口を開いた。
「ルーシー・カトレット」
「っ、」
「こうして見えるのは初めてだ」
椅子に座ったまま恭しくお辞儀をしたヴォルデモートが、口元を歪ませる。
「ヴォルデモート卿――聞いたことは?」
ヴォルデモートの問いかけにルーシーの体が大きく揺れた。
身体の前で強く握り締める手は色を失くしている。蒼白になったその顔を答えと受け取ったヴォルデモートは嘲りの笑みを浮かべ、擦り寄ってきた蛇の頭を撫でつけながら再び口を開く。
「とある一族の話をしようではないか。古い文献にすら載っていない――自らの存在をひたすらに隠してきた一族がいた。もうずっと昔の話だ」
「、ぁ」
「秘密というものは隠し通せるものではない。上手く隠してきたつもりでも、どこかで綻びが生じてしまう。そういったことは往々にしてあるものだ」
滔々と語るヴォルデモートは確信している。
こちらを見つめるその目も、試すような口調も、何もかもがそう告げている。
どうして。
声にならない声で呟いたルーシーは既に感覚のない手に更に力を篭めた。気を抜けばその場に倒れてしまいそうだ。
怖くて、怖くて、怖くて。
ただ、ひたすらに怖かった。
「その一族は強い力を持っていたという。我々よりも強い魔力を持ち、世界を掌握することすら容易だと――聞いたことは?」
答えられないルーシーに、けれどヴォルデモートは気を害した様子もなく唇で弧を描いている。
「一族の、それも女のみが受け継ぐと言われたその力――だが、その一族もこの長い年月の間に力を失っていった。漸く見つけた一族の末裔は、何の力も持たないただの小娘だった」
子に、孫に。
その血は脈々と受け継がれていった。
けれど、そのたびに混じる血は全くの別物だ。時には血族と婚姻関係を結んだこともあったかもしれないが、毎回そうである可能性は限りなく低い。新たな血をどんどん取り入れ、徐々にその血を薄めながらも一族の血は受け継がれてきた。
けれど、受け継がれてきたのは一族の血だけだ。
ヴォルデモートの言う『世界を掌握することすら容易な強い力』は、受け継がれる血と共に薄れていった。
古くから存在する一族の血は薄まって、薄まって、薄まって、現在ではその力を持つ者はいないとされている。元々、一族の存在すら秘匿されてきたのだ。力の存在を知る者は限りなく少なく、末裔が誰であるのかを知る者もいない。
いない、はずだった。
「だが、その女の娘に力は宿った。悠久の時を超え、今この瞬間、その力はこの世界に存在している――この、俺様の目の前に」
薄暗い室内に点在する燭台の灯火が、ヴォルデモートの瞳をギラリと輝かせる。
獲物を狙い定めた獣のように、徐に立ち上がったヴォルデモートが一歩、また一歩とルーシーへと歩み寄る。
逃げることなど許さない。
決して逃がしてなるものか。
見据えるヴォルデモートの目には狂気の光が宿っている。
抑えきれない興奮に身を震わせたヴォルデモートが、その細長い指を伸ばしてルーシーの頬へと触れた。
「ひっ、」
引きつった悲鳴が口から漏れ出た。
ガタガタと震える身体は言うことなど聞きやしない。
逃げたくて堪らないのに、まるで雁字搦めに縛られてしまったかのように指一本すら動きはしないのだ。
「ルーシー・カトレット」
身を屈めた闇の帝王が甘く囁く。
「俺様に、その力を寄越せ」