「いい人? ポッターが?」
気でも触れたか?嗤うスネイプにルーシーは苦笑を浮かべることしか出来ない。
親友であるジェームズが『いい人』になると意気込んでいる。理由はともかくとして、善人になろうとするのは悪いことではないはずだ。少しばかり行き過ぎた言動が目立つ彼の言う『いい人』がどんな人間なのか想像もつかないが、好きな人の為に変わろうと思うのは悪いことではない。
だが、ジェームズ・ポッターという人間を知っている――勿論、悪い意味でだ――人間たちからすれば、その決意は一笑に付すものでしかない。
「リリーに好きになってもらいたいんだって」
「そんなに趣味の悪い女じゃない」
どうやら自身の幼なじみを的確に理解している彼は、ジェームズの努力がただの徒労に終わるだろうことも見抜いているらしい。
どんなに好意的に見たとしても、リリーはジェームズが嫌いだ。入学当初から嫌いだ。
ジェームズよりも蛙の方がよっぽど良い。
ジェームズとデートするくらいなら湖に潜むイカとデートする。
声高に叫びジェームズを拒絶していたリリーだ、ジェームズがどんなに頑張ったとしても報われる可能性は万に一つもないだろう。それは誰もが理解している。
だからこそ、未だにジェームズに想いを寄せる女生徒たちがいるのだ。自分の好きな相手が他の女を愛しているのだから、普通なら諦めて他へ目を向けるものだろう。けれどその相手――つまりリリーはジェームズをとことん嫌っている。
彼のいいところがあるとしたら、それはクィディッチの試合に勝てるということくらいよ。
そう言い切ってしまうほどには嫌いだ。その彼女がジェームズの想いに応えるなど誰が予想できるだろうか。ジェームズに想いを寄せる彼女たちは、ジェームズがリリーを諦めて他に目を向けることを願い、その時を今か今かと待ち続けている。
ジェームズと彼女たちと、どちらが不毛な恋愛をしているのか。ルーシーには判断など出来るはずもないが、好きな人の為に頑張るということは素敵なことだと思っている。
「どこまで頑張れるかなぁ」
「あんな奴どうだっていいけど、リリーが哀れだな」
ジェームズに想いを寄せられてしまったばかりに。
一人の人を愛し続けることが出来るのは凄いことだと思うが、愛された方が迷惑としか思っていなければ意味がない。愛する方も愛される方も大切な友人であるからこそ、ルーシーとしては複雑だ。どちらを応援すべきなのだろうか。そんなことを相談すれば、この恋人はリリーだと即答するのだろうけれど。
「今年はN.E.W.Tだな。ちゃんと勉強してるか?」
「う……」
たじろぐルーシーにスネイプが溜息を落とす。
「大丈夫なのか?」
「だ、だいじょぶ! リリーと一緒に図書館行ってる!」
「行くだけじゃなくて勉強しろよ」
「………はい」
項垂れると頭に乗った手がくしゃくしゃと髪を掻き回す。
チラリと見上げた先で微笑むスネイプに抱きつけば、しょうがない奴だななんて優しい声と共に抱きしめ返してくれた。
”進路どうするの?”
尋ねようとして、言葉を飲み込む。
日に日に危うくなっていく魔法界で、彼はどのように生きるのだろうか。ルシウス・マルフォイに可愛がられていた彼は、レイの言うとおり声をかけられているのだろう。けれど、それを確認することもスネイプの出した答えも聞く勇気が持てない。
聞きたくて、でも聞くのが怖くて。結局はその話題を避けながらこうして今の平和に縋り付いている。
直視しなければならない問題から必死に目を逸らすルーシーは、今こうして自分を抱きしめるスネイプの表情が曇っていることにも気付けなかった。
N.E.W.Tの勉強は苦痛だ。
授業がない時間をほぼ全て勉強時間に充てるリリーと共に図書館に篭っているルーシーは、けれど勉強をそこそこにぼんやりと窓の外を眺めていた。
「だめよ、ちゃんと勉強しなきゃ」
「もう飽きたよ……」
「それでもよ。困るのは自分なんだから」
「分かってるんだけどね」
分かってはいるが、やはり飽きてしまう。
分厚い本の活字を追うのも、羊皮紙にひたすら書き込むのも。隣でひたすらに勉強し続けるリリーに、よくもまぁ集中力が保つものだと感心するどころか恐怖すら覚えてしまう。
「ちょっと休憩しない?」
「もう少し頑張りましょう」
あぁ、また。ルーシーは溜息を必死に堪えて肩を落とす。
何度目か分からない休憩の誘いは、最初の断り文句と一言一句違わない。また玉砕だ。
もう一人で休憩してしまおうかと思ってしまう。ジェームズは何度もこんな思いを味わっているのだろうか。だとしたら、彼の忍耐力は相当なものだ。尊敬の念すら覚えてしまう。真似したいとは思わないが。
十数分後、漸く休憩する気になったらしいリリーと談話室に戻ると、そこも七年生たちが必死に教科書を広げて勉強をしていた。その中にはジェームズたちの姿もある。
「あら、あの人たち真面目に勉強してるじゃない」
黙々と教科書を広げて羊皮紙にペンを走らせるジェームズを見てリリーが感心している。その声で顔を上げたジェームズは、ずれた眼鏡を直しながら朗らかに笑った。
「やぁ、お帰り」
「珍しいね、ジェームズが勉強してるなんて」
OWLの時でさえ適当にしか勉強していなかったというのに。
それでも殆どの教科で『優』を取ったのだから、憎たらしいことこの上ない。
「当たり前だろう? 僕は『いい人』になるって決めたんだから」
「おかげで俺らも付き合わされてんだ」
辟易するシリウスに苦笑を返し、ルーシーはちらりと隣のリリーを窺った。
『いい人=真面目に勉強をする』というジェームズの考えはよく分からないが――そもそも『いい人』ってどんな人間なのだろうか――、どうやらリリーは真面目に勉強するジェームズに僅かばかり好印象を抱いたようだ。
「私たちも頑張らなきゃね」
「うぇ……」
もう十分頑張ってきたではないか。ルーシーの視線での訴えは却下され、リリーはジェームズたちの近くに空いていた席に座り再び教科書を広げ出す。
「今日はもういいよ……」
お願いだから、休ませてください。
懇願するルーシーの訴えは奇跡的に受理され、リリーが一人で勉強を始める。凄い。そう思うが、少々怖い。
フラフラとよろめきながら部屋へ戻ったルーシーは、静かな部屋に大きな溜息を落としてベッドに沈んだ。