「リリー、大事な話がある」
九月一日――最高学年としての一年が始まる日。
列車に乗り込んで早々にスリザリンの友人たちに捕まってしまったスネイプとレイと別れ、二人きりで座っていたルーシーたちの元にジェームズたちがやって来た。
あぁ、また面倒臭い人たちがきたわ。ぼやいたリリーの正面に立ったジェームズは至極真面目な顔をしていた。
真剣な顔で大事な話があるという。一体何だろうか――そう考えかけてリリーはすぐに諦めた。
今までだってこんな風に気を引こうと真面目な顔をしたりしていたが、結局はいつもと何ら変わりない、本気かどうかも分からない愛の言葉を並べていただけだったではないか。
「えぇ、いいわ。簡潔にまとめてちょうだい」
溜息混じりの返事は投げやりだ。けれど仕方がない。今までが今までだったのだから。
腕を組んで胡乱気に見上げたジェームズは相変わらず真剣な表情をしていて、どこか切羽詰まっているようにも見える。
――もしかして、本当に何か重要な内容なのだろうか?
そんなことを思い始めた頃、ジェームズが静かに口を開く。
「どうか、この愛の妙薬を飲んでください」
数瞬の後、コンパートメント内に渇いた音が大きく響き渡った。
「全く! 信じられないわ!!」
何なのよ! 最ッ低!!
眉を吊り上げ、語気を荒くし、鼻息荒く喚く。
そんな親友にルーシーは渇いた笑い声を上げて頬を引きつらせた。
「だって仕方ないじゃないか! 他に君に好きになってもらえる方法が見つからなかったんだから!」
「えぇ、えぇ、そうでしょうよ。貴方みたいな人を好きになる人がいるのなら、是非ともお目にかかりたいものだわ!」
「そんなの、いくらだって見せてあげるよ」
ほら。ポケットから取り出したいくつもの封筒を自慢げに見せびらかすジェームズ。
扇状に広げられたそれはどれもがジェームズ宛の手紙のようだ。封筒はどれも可愛らしいが、どれひとつとして同じものはない。きっと差出人は全て別の人なのだろう。
「ジェームズ……」
「何だい、ルーシー?」
「それ……ずっとポケットに入れておいたの?」
まさか、リリーに見せる為に? 妬いてもらいたかったとでも?
相変わらず顔を引きつらせながら尋ねるルーシーに、ジェームズはあっさり左右に首を振った。
「さっきホームでもらったんだ。何枚かは今朝届いたやつなんだけど」
「へぇ……」
「信じられないわ。こんな人のどこが良いのかしら」
疑うようにジェームズと手紙とを見比べてリリーが鼻を鳴らす。
「それに、そんなの誰かに見せちゃダメよ。出した人が可哀想だわ」
勇気を振り絞って書いたものなんだから。
勇気を振り絞ってラブレターを書いた相手がジェームズというのは何とも言えないが、とにかく簡単に他人に見せていいものではないはずだ。
リリーが注意すると、ジェームズは分かってるよと差出人を見えないように気をつけながら再びポケットへと手紙を戻す。
「貴方のどこが良いのか私には理解出来ないけど、選り取りみどりで良かったじゃない。好きな子を選んで付き合えばいいわ」
「僕は君と付き合いたいんだよ、エヴァンズ」
「私は貴方と付き合いたいと思わないわ、ポッター。何度も言ったと思うけど」
「どこがダメなのさ」
大人びた顔から一変、眉を寄せ唇を尖らせたジェームズがじとりとリリーを見る。
「自分の悪いところに気付こうとしないところが、よ」
「僕に欠点なんてあるのかい?」
問いかけた先にいるシリウスは肩を竦めるだけで何も言わない。
ジェームズの視線が次に向いたのはリーマスで、そのリーマスも僅かに微笑むだけ。その次に向けられたピーターはびくりと身体を震わせてから慌てて否定の意味で首を振るが、それでは満足出来なかったらしい。
「ルーシー、僕に欠点なんてある?」
百味ビーンズの箱を漁り、食べられそうなビーンズを探していた所に矛先を向けられたルーシーは、ちらりとリリーへと視線を向けてから溜息を一つ零した。
「敢えて言わせてもらうのなら、ジェームズ。自分に欠点がないと思ってるところがそうだと思うよ」
欠点のない人間なんていない。いるはずがない。
いたとしたら、それはもう人間ではない。生き物ですらないかもしれない。
難しい顔で黙り込んだジェームズを横目に、リリーはルーシーの持つ箱からピンク色のビーンズを取り出して口へと放り込んだ。運がいい。ストロベリー味だ。
「何だった?」
「ストロベリー」
「え、うそ! ずるい!」
私もそれがいい!叫んで似たような色のビーンズを口へ放り込んだルーシーがすぐに顔を歪める。
「ラディッシュ……」
「あら、まだ良い方じゃない」
元のままで食べたいよ……。呻きながらルーシーが水の入ったペットボトルへと手を伸ばすのを笑ってみていると、
「――分かった」
漸く顔を上げたジェームズが朗らかに笑った。
「何が?」
尋ねるシリウスにニヤリと笑って、
「僕は『いい人』になるよ」
「無理だろ」
即答したシリウスの足を踏みつけて身を乗り出したジェームズがリリーへと詰め寄る。
「君が認めるくらい『いい人』になったら、僕のこと好きになってくれる?」
怯んだように身を仰け反らせたリリーが助けを求めてルーシーを見やる。肩を竦めるルーシーを恨めしげに見てジェームズへと視線を戻したリリーは、溜息を一つ落として項垂れた。
「分かったわ」
「本当!? 約束だよ!!?」
満面に笑みを浮かべたジェームズが上機嫌に黒いビーンズを口へと放る。顔をしかめてすぐに吐き出したそれをきちんとティッシュに包んでポケットにしまうと、どうだと言わんばかりにリリーを見つめた。
「ポッター、一つ言っておくわ」
「何だい?」
「分かってると思うけど、当たり前のことをして『いい人』ぶるのだけは止めてちょうだい」
「分かってるよ」
図星を指されてバツの悪そうな顔を背けながらボソボソと呟くジェームズに何度目か分からない溜息を零した。
そもそも、欠点の話をしていたのに何故『いい人になる』宣言が出てきたのか分からない。ジェームズの思考はよく分からないが、『いい人』になるのならそれは別に悪いことではないのかもしれない。
しつこく言い寄られることは減るだろうし、悪戯だって減るかもしれない。スリザリン生との喧嘩だって減るかもしれないし、スネイプへの嫌がらせも減るかもしれない。
そう考えてみれば、中々どうして。良いことばかりではないか。
「ポッター」
「ん?」
キョトンと首を傾げてこちらを見つめるジェームズに、リリーは出来る限り優しい声を出してみせた。
「頑張ってね」
「………!!!」
衝撃を受けたような顔のジェームズがバシバシと隣に座るシリウスの太股を叩く。
痛ェ!!叫ぶシリウスに、聞いたかい!!?と嬉しそうに声を上げて。
「リリーが僕を好きだって!!!」
「「言ってない(だろ)!!!」」
図らずも揃ったリリーとシリウスの声が、コンパートメント内に響き渡ることとなった。