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何だ、これは?

目の前で低く唸る生き物を前に、スネイプは立ち尽くしていた。

リーマスを追ってきたはずだった。シリウスから教えられた通りに暴れ柳の根元にある穴に潜り込み、長いトンネルを通って古びた屋敷にやって来た。物音が聞こえた方へ向かおうと階段を上って、戸を開けた。

そして、見つけた。

「狼……? いや、まさか……」

人狼――?
スネイプが呟くと同時に、人狼が一際大きく唸る。思わず後退ったスネイプの視界の端に、布切れのようなものが散乱しているのが見えた。

「服……」

遠目からでは分からなかったが、おそらくリーマスが着ていた服なのだろう。
ということは、やはりこの人狼はリーマス・ルーピンで間違いない。

「っ、」

突如振り下ろされた鋭い爪が、咄嗟に身を仰け反らせたスネイプのローブの胸元を切り裂く。
布一枚のところで肌に届くことはなかったが、あとほんの少し躱すのが遅れていたら?考えてスネイプは背筋を凍らせた。

逃げなければ。

そう思うのに、恐怖に竦んだ足は思うように動かない。再び伸びてきた大きな手に咄嗟に杖を突き指せば、バチバチッと大きな音と火花が飛び散る。まるで犬のような悲鳴を上げた人狼が飛び退くと、スネイプは両足にグッと力を入れて一目散にその場から逃げ出した。

階段を数段飛ばしで駆け下り、元来たトンネルへと駆け込む。背後から聞こえる荒々しい足音と、萎縮してしまいそうなほどに恐ろしい声で吠え付く人狼から必死に逃げた。

逃げて、逃げて、逃げて。

あと少しで出口だという所で、スネイプは足を縺れさせて倒れ込んだ。
すかさず飛びかかってきた人狼がスネイプの上にのし掛かってくる。

「っ、」

やばい。

頭上から聞こえる唸り声と、顔のすぐ横に垂れた涎に身体が震える。

こわい。

いやだ。

のし掛られている所為か、恐怖の所為か。
呼吸がうまくできず、目の前がぼやけていく。

頭上で人狼が大きく口を開けた。

「――っ、」
「リーマス!!」

誰かの叫び声が耳に届いて、一筋の閃光がスネイプの頭上を通り過ぎた。

「ギャンッ!」

悲鳴を上げた人狼がスネイプの上から転げ落ちると、誰かの手がスネイプの腕を鷲掴む。

「早くしろ! 逃げるんだ!!」
「ポ、タ……?」

早く!!!
呆然とするスネイプの腕を強引に引っ張り、ジェームズはたった今自分が入って来た穴へと向かう。慌てて後に続いたスネイプは、穴から抜け出るとその場に崩れ落ちて咳き込んだ。

「早くしろって!」
「倒したんじゃないのか?」
「リーマスを攻撃出来るもんか!!」

急げよ!!急かすジェームズを睨み付け、スネイプは呼吸も絶え絶えに再び走りだす。
数メートル進んだ所で後ろから犬の遠吠えのようなものが聞こえ、荒々しい足音も聞こえだした。

「っ、あとで! 覚えてろ……っ!!」

悪態をつきながら城の傍まで全力疾走した二人は、玄関から飛び出してきた人物に目を見開く。

「ルーシー!!?」
「セヴィ!!!」

今にも泣き出しそうな顔のルーシーが駆けてくる。スネイプは慌てて叫んだ。

「バカ!! 戻れ! 逃げろ!!」

けれど、ルーシーはそれを無視してこちらに向かって駆けてくる。
盛大に舌打ちを零したスネイプは、ぐるりとルーシーに背を向けて人狼と対峙した。

「スネイプ!!?」

ジェームズの驚く声を聞きながら、スネイプは素早く杖を振った。
真っ暗闇の中を閃光が筋を作りながら人狼へと走っていく。何かが弾けたような大きな音と共に人狼が崩れ落ちた。

「リーマス!! ――スネイプ! 何てことをするんだ!!」
「先に仕掛けてきたのはあっちだ!!」

胸倉を掴んで憤るジェームズを睨み返しながら怒鳴り返せば、駆けてきたルーシーがスネイプにしがみつく。

「か、噛まれてない!? 怪我は!? あぁっ! 服が!!」

ジェームズとスネイプがたじろぐ勢いでルーシーが叫ぶ。
今にも泣きそうな顔で噛み跡がないかとあちこち探り出すルーシーに、すっかり毒気を抜かれた二人は図らずも同時に溜息を零した。

「どうやら無事のようじゃの」
「ダンブルドア先生!」

颯爽と現れたダンブルドアとマクゴナガルに、ルーシーはホッと安堵の息を漏らした。
けれどジェームズとスネイプの顔は晴れない。バツが悪そうに視線を逸らす二人に、ダンブルドアは穏やかな声で尋ねた。

「怪我はないかね?」
「「はい」」

同時に答えたジェームズとスネイプが嫌そうに互いを見て顔を背ける。

「マクゴナガル先生、彼らを校長室へ連れて行ってくれるかね?」
「はい。さ、三人ともいらっしゃい」
「でも……」

ジェームズは倒れたままピクリとも動かない人狼を振り返った。
一体何の魔法を食らったのだろうか。彼は無事なのだろうか。今回のことでどんな処罰を受けるのだろうか。
次々に浮かんでくるのはどれも嫌な考えばかりだ。

「大丈夫じゃよ。さぁ、マクゴナガル先生と共にお行き」

ダンブルドアに促され、ジェームズはチラチラとリーマスを振り返りながら城へと向かう。
ルーシーとスネイプも何度か振り返りながら、マクゴナガルとジェームズと共に城の中へと戻って行った。

「あの……マクゴナガル先生」
「何です? Mr.ポッター」
「その……どうなりますか?」

チラリとジェームズに視線を向けたマクゴナガルは、再び視線を前に向けてきびきびと進む。

「今ここで決めることは出来ません。全員が揃ってから校長先生に決めて頂きましょう」

厳しい顔つきのまま進んでいくマクゴナガルの後ろで、ルーシーとジェームズは顔を見合わせて俯いた。