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「私、セブルスが好き」

あれだけ無視していたというのに、突然部屋にやって来たレイにルーシーは目を丸くした。
言われた台詞にも目を見開いて、けれどすぐにぎこちなく笑みを作る。
さっきまで泣いていた所為で目は腫れていて、鼻まで赤いのだからその笑みも偽物だと分かってしまうのだけれど。

「そっか」

もう自分は関係ない。別れたのだから。
そんな素振りを見せながら、新学期の準備をし始める。新しい教科書をトランクに押し込んで、制服を押し込んで。
そんなルーシーに、レイは未だ部屋を去ることなくそこにいる。

「………が、頑張ってね」
「ルーシーに言われるまでもないわ」

素っ気ない返事に胸が傷んで、けれど必死に笑みを作って。
いつもだったらレイが部屋に来てくれたことが嬉しくて堪らないが、今は早く一人にして欲しかった。
自分で決めたこととはいえ、好きな人と離れることは辛くて堪らない。下手な笑顔を見られたくはないのだ。

「私はセブルスに見てもらえるように勝手に頑張るの。ルーシーなんて関係ないわ」
「………そっか」

これからレイはスネイプとの距離を縮めていくのだろう。
自分がいなくなれば、二人を隔てるものなど何もないのだから。
今はルーシーを好きだと言ってくれるスネイプだって、いつかはレイを想うようになるに決まっている。
必ず訪れるであろう『いつか』を思って、また涙が滲んだ。

あぁ、早く一人にして欲しい。
グッと奥歯を噛んで涙を堪えるルーシーの耳に、レイの溜息が届いた。

「言ってる意味、分かってる?」
「……うん」
「嘘よ」

即座に吐き捨てられた言葉に、さすがのルーシーも眉を顰めた。
振り返り恨めしげにレイを見れば、何故か鼻の赤いレイが眉を吊り上げてルーシーを見下ろしている。

「レイ……?」

泣いたの? どうして?
思わず尋ねたルーシーに、レイはますます眉間の皺を濃くして近づいてきた。
とうとうルーシーの真ん前までやって来たレイは、屈み込んで間近に顔を近づけてくる。
緩いウェーブのかかった髪がバサリとルーシーの顔にかかり、ぶるぶると顔を振って髪を払い除けた次の瞬間、衝撃がルーシーの両頬に襲いかかる。

「私は、勝手にやるって言ってるのよ!」
「う、うん……?」

バチンと音を立てて押さえ込まれた両頬がジンジンと痛むのを感じながら、ルーシーはレイの勢いに押されて頷いた。
けれど、それはレイの望んだ反応とは違ったらしい。ついに舌打ちまで零した彼女は、押し潰していたルーシーの頬を、今度は逆方向に思い切り引っ張り出した。

「ひ、ひはい!」
「前々から思ってたんだけど、どうして私と双子なのにこんなに馬鹿なの?」
「きっと全部レイに持ってかれたんだよ……」

解放された頬を両手で押さえながら答えれば、でしょうね、なんて素っ気ない声が返ってくる。
レイの本心が分からない。先程とは違った意味で滲んだ涙を拭いながら、ルーシーは恨めしげにレイを見上げた。
そんなルーシーの視線を真正面から見つめ返して、レイは言う。

「きてたわよ、セブルスから」
「へ?」
「手紙」
「………そう」

”やめよう”と書いた手紙への返信ということだろう。手紙を読むのは怖いが、それでも受け止めなければならない。

「どこ? リビング?」
「捨てたわ」
「――は?」

返ってきた言葉が理解できず、素っ頓狂な声を上げる。
再び耳に届くのは「捨てたの」という罪悪感を微塵も感じさせないレイの言葉だ。

「………え?」
「だから、捨てたのよ。一週間前」
「い、一週間前!?」
「えぇ」
「セヴィからの手紙を!?」
「そうよ」
「わ、私宛の?」
「そうね、ルーシー宛って書いてあったわ」

ポカンと間抜けな顔でレイを見つめていたルーシーは、頭の中でレイの言葉を反芻して完全に理解する。

「ひ、酷くない!?」
「酷いわね」
「私宛の手紙なのに!」
「そうね、ちょっとだけ反省してるわ」

そう言うが、全くもって反省しているように見えない。
怒りがこみ上げてくるのに、レイが余りにもいけしゃあしゃあと言い放つものだから、言葉も出てこない。
開けた口をパクパクと鯉のように動かすことしか出来ないルーシーを鼻で笑い、レイは言った。

「私に黙ってた仕返しよ」

可愛いものでしょう?
何か問題ある?とでも言わんばかりの言葉に、ルーシーは再び声を荒らげようと大きく口を開けて――けれど、結局何も言わずにただただ肩を落とした。

「返事、きてたんだ……」

あれ、ちょっと待て。我に返ったルーシーは一瞬で青褪める。

「え、私……だって、セヴィに……」
「別れようって言ったんだっけ?」
「ど、どうしよう……!!」
「あーあ、傷ついてるわね、セブルス」
「レイの所為なのに!!」

悪びれることのないレイを睨み付けて叫べば、双子の妹は「元はといえば自分たちが悪いんでしょう」なんてそっぽを向く。
そんな妹に文句を言うこともせず慌てて羊皮紙を手に取ったルーシーは、ただ一言ペンを走らせて慌てて梟の元へと駆けていった。

「ごめん! 大急ぎでお願い!!」

恨めしげにこちらを睨む梟に「本当にごめん!! 帰って来たら美味しいご飯あげるから!!」と手を合わせて何度も頼み込み、渋々と羽を広げて飛んでいくのを見届けた。

その数分後、入れ違いに飛んできたスネイプの梟が『断る。ふざけるな』という大層怒りの篭った手紙を運んでくるということをルーシーはまだ知らない。