15


面白くない。
シリウス・ブラックは苛々していた。
『それ』は、もうずっと昔から身体の奥に燻っている。

「またね、シリウス」

頬にキスを送って教室を後にする彼女は、レイブンクローの何年生だっただろうか。六年だったような、七年だったような。その程度にしか興味がない相手であることは間違いない。

クリスマス休暇。それはシリウスにとって地獄とも呼べるものだ。
望んでもいないというのに、ブラック家のクリスマスパーティに列席することを強要される。
根っからのスリザリン思考の両親。同じくスリザリン思考の親戚一同。弟であるレギュラスまでもが、シリウスとは違う。
グリフィンドール寮に組分けられたシリウスを、誰もが罵倒した。

出来損ない。
弟とは大違いだ。
どうしてこんな子になってしまったの。

二言目にはそんなような台詞を吐き捨てる家族は、シリウスにとっては血縁関係があるだけの存在でしかない。嫌気が指しているのは、何も相手側だけではないのだから。
けれど、たった二人。従姉弟のアンドロメダ・ブラックという叔父のアルファードだけは違った。
彼らだけは自分を見てくれた。認めてくれた。

”シリウスは、シリウスのしたいようにすれば良いわ”
”今はまだ耐えるんだ。君はまだ幼すぎる”

望む言葉をくれたアンドロメダと違い、アルファードはひたすらに耐えろと繰り返す。この休暇中にも同じ言葉を与えられ、ぞんざいな態度を取ってしまったことをほんの少しばかり悔いている。
それでも、もう限界なのだ。

嫌で嫌で仕方ない。
ジェームズと共に過ごすごとに。
グリフィンドール生として過ごすごとに。
生まれ育ったブラック家への拒否反応が強くなっていくのだ。

家を出たい。
もう家に縛られたくない。
自由に生きたいのだ。
自分の望むままに、自由に。

名家であるブラック家のクリスマスパーティは、懇意にしているマルフォイ家との合同になることが多い。
去年も、一昨年も。シリウスの記憶する限り、物心ついた頃からずっとそうだった。

あれは何年の頃だろうか。
マルフォイ家の次期当主であるルシウス・マルフォイの賓客としてスネイプがやって来たのは。
入学した頃には既に闇の魔法をいくつも知っていたという噂を持つスネイプは、混血だというのにそれなりに優遇されていたように思える。
人一倍純血主義であるベラトリックスからは良い感情を抱かれてはいなかったようだが、それでも追い出されるようなことはなかった。

ルシウスに招かれて毎年クリスマスパーティに訪れていたスネイプは、やはり今年も来ていた。
相変わらず気味の悪い男だと人目を忍んで唾棄したことを覚えている。

あんな奴が、ルーシーの恋人だなんて。

ざわり。記憶を辿っていたシリウスは、自身を襲った不快感に眉を顰めた。
まただ。スネイプのことを考えるといつもこうなる。
気持ち悪くて、腹立たしくて、いっそ殺意すら沸いてくる。

何度、呪い殺してやろうと思ったことか。

廊下で姿を見かけるたびに。
食堂で姿を見かけるたびに。
授業で顔を合わせるたびに。

日に日に増していくその敵意は、既に限界を超えているのではないかと思うほどだ。

嫌いだ。
セブルス・スネイプという男が。

大嫌いなスリザリンに属するあの男が。

あの目が気に入らない。
あの顔が気に入らない。
あの声が気に入らない。
あの姿が気に入らない。

何より、気に入らない。
あんな奴が、ルーシーの恋人であるという事実が。

ざわり、ざわり。
あぁ、まただ。シリウスはこみ上げる吐き気を堪えてグッと目を閉じた。

休暇が終わって、漸くホグワーツに戻ってくることが出来た時、嬉しかった。
例年のように安堵するはずだった。
嬉しくて、楽しくて、次はどんな悪戯を仕掛けようか、なんて考えるはずだった。

”あ、お帰りー”

久しぶり。
そう言って笑ったルーシーの顔は、いつもと同じだった。

元気だった?
尋ねるルーシーの声もいつもと同じだった。

私はね、今年はホグワーツに残ったんだー。
楽しげに話すルーシーは、何もかもがいつもと同じだった。

それなのに、違った。
何かが違った。
何が違うのか分からない。
分からないけど、分かる。
違う。その理由が分からなくて、シリウスはまた苛々した。

気の所為だ。自分に言い聞かせていつものように振舞った。
気の所為だ。ほら、だって何も変わってないじゃないか。

違う。違う違う違う。
その理由が分からない。どうして。何故。

その理由が分からなくて、苛々して。
いつの間にか出来たファンクラブという都合の良い存在に目を付けた。
適当な相手を選んで、時間を共にして。
相手を探す必要がなくなったのは好都合だ。そう思って、幾人もの相手と身体を重ねて。

「うわっ、寒ィ……」

老朽化の進んだ城はあちこちが隙間風だらけだ。
寮に戻る為に静まり返った階段を上りながら、シリウスは抱きしめるように身を縮こまらせた。

「――――」
「ん?」

ふと聞こえた声にシリウスは足を止めた。
気の所為かと辺りを見回して、階下にその姿を見つけた。

「うう、さぶっ……」
「風邪ひくなよ」
「それはこっちの台詞だってば。冷え性なんだから気を付けてよ?」
「分かってる」

薄暗い廊下で幸せそうに笑うルーシーと、そんなルーシーにつられるようにして微笑むスネイプの姿を見下ろしたシリウスは、心の奥底がスッと冷えていくのを感じた。

どうして。
アイツは、敵なのに。
どうして。
アイツは、嫌な奴なのに。

ざわり、ざわり、ざわり。
長い間ひたすら奥底に燻っていたそれが、存在を主張しながら浮上していくのが分かる。

『それ』が何なのか、シリウスは分からなかった。
分かりたくて。
分からなくて。
苛々して。
それを繰り返して。

「おやすみ」
「あぁ、おやすみ」

想い合う二人の影が重なった瞬間、理解した。
ずっと分からなかった『それ』の正体を知って、理解して、引き攣った笑みが零れた。

「、ジかよ……」

嘘だろ?
俺が?
ルーシーを?
まさか。
色気もへったくれもないアイツだぞ?

どんなに否定の言葉を並べても、『それ』はすぐそこにいる。
分からなかった頃には戻れない。

「………マジかよ……」

その場にしゃがみ込んだシリウスは、暫くその場から動くことが出来なかった。