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「レイに嫌われちゃったのかも……」

その日、ルーシーは会った時から元気が無いように見えた。
否、今日だけではない。ここ最近、授業や大広間、廊下で見つけた時だって、彼女は笑いながらも何処か浮かない顔をしていたように思える。

それは彼女を注視しなければ気付けないほどの微かなものだった。
だから、勘違いかとも思っていた。何かあったのなら自分には話してくれると思っていたから。
彼女は、自分の前でだけは全てを曝け出してくれていたから。

ルーシーが何か悩みを抱えている。
幾重にも重なった違和感がその結論を弾き出すまでにはそう時間がかからなかった。
ほんの少しばかり――実際は、物凄く――落胆したスネイプだったが、だからと言って彼女を責める気にはなれなかったし、悩みがあるなら力になってやりたいとも思っていた。
彼女は、たった一人の大切な少女なのだから。

空き教室にやってきたルーシーはやはり何処か元気がなかった。
言い出してくれるまで待つつもりだったスネイプは、最初こそ他愛ない話をして気を紛らわせてやることに甘んじていたが、やはり我慢出来ずに尋ねた。

”何かあったのか?”

どうして?聞き返すルーシーに、最近元気がないだろ。何でもないように答えて。

”………セヴィは、何でもお見通しだなぁ”

へにゃりと眉を下げて笑ったルーシーが、暫しの沈黙の後に零したのが双子の妹に嫌われたのかも、という悩みだった。

「レイと何かあったのか?」
「ううん……何もないよ、だってここでは話さないから……」

姉妹だというのに、所属する寮が敵対しているからという理由で会話すらさせてもらえない。
そうしようと思えばいつだって話が出来るはずなのに、レイはそれを許してはくれない。
仕方がないのだと思っていた。スリザリンは他の三寮とは違うし、レイは必死に寮生と仲良くなろうと頑張っているからなのだと。
そう言い聞かせて、この五年間ずっとレイの望む通りにしてきた。
小さな声でぽつり、ぽつりとルーシーは語った。

「でもね、何か……最近よく目が合うようになって」
「レイと?」
「うん」

話がしたいと思ってくれているのかと思って嬉しくなった。
レイと目が合って、嬉しくなって顔を綻ばせこっそり手を振った。
返してくれると思っていた。誰にも見られないように、こっそりと。それくらいなら許してくれるのではないかと思っていた。
けれど、違った。全然違った。
目が合って手を振ったルーシーに対して、レイは表情を険しくした。目を眇めてルーシーを睨み付けたその表情には、怒りと憎しみこそあれど、ルーシーの望んだ優しい光はどこにも見付からなかった。

「何かしちゃったのかなぁ……セヴィは? 何か聞いてる?」

尋ねられたスネイプは困惑を露に首を振った。
レイがルーシーをよく思っていなかったことは何となく知っていた。
スリザリンに入ったから、という理由だけではない。
彼女にとって双子の姉であるルーシーは眩しい存在で、同時に劣等感を覚えさせる存在でもあったのだろう。
ルーシーを大切に想っていても、拭えない劣等感。好きなことをして笑っているルーシーを批難するその目には、いつだって悲しみの色が浮かんでいたことも気付いている。

スネイプには、レイが何を考えていたのか何となく分かっていた。
羨ましかったのだろう。レイはそれを認めはしないだろうけれど、それでも。
だからこそ、分からない。
ここ最近になってルーシーを睨み付けるようになった理由が。

寮生に何か言われたのだろうか?それとも、ルーシーの所為で何か嫌な思いを?
悪戯仕掛け人と称する奴らと一緒になって遊ぶルーシーだ。レイは勿論、スリザリン生たちから良い感情を持たれてはいない。

「今度、聞いてみる」
「え、い、いいよ……そんなの、悪いし……」

もし、本当に嫌われていたら……。
スネイプは俯くルーシーの手をそっと握った。

「随分弱気だな、お前らしくもない」
「だっ……レイに嫌われるのはやだよ、大好きだもん」

本当は毎日会って話したいし、一緒に笑いたい。
ルーシーにとってもレイはたった一人の大切な姉妹で、かけがえのない存在なのだから。

「大丈夫だ、きっとレイもそう思ってくれてる」
「そう、かなぁ……」

未だ表情の晴れないルーシーの頭は、レイでいっぱいなのだろう。
大切な妹だということも分かっている。分かっているが――少しばかり、面白くない。

ポケットの中に手を突っ込めば、ルーシーに渡すはずだったものが無造作に突っ込まれている。
考え込んでいるルーシーを見ながら手の中のそれを弄んだスネイプは、深呼吸を一つして意を決した。

「ルーシー」
「うん?」

顔を上げてこちらを見たルーシーと目が合った途端、極度の緊張がスネイプを襲う。

「あ、あー……その、つまり」
「セヴィ?」
「べ、別に深い意味はなくてっ、」

首を傾げるルーシーの視線に耐え切れず俯いたスネイプは、早口で適当な言い訳を連ねてポケットの中のそれを取り出した。

「これ、やる」
「なぁに?」

自分のよりも一回り小さい手のひらに、持っていたものをそっと置いた。
握り締めていたスネイプの手汗が滲んだそれは、窓から薄暗い教室を照らす月の光を受けてきらりと煌めいた。

「これ……」
「こ、この間、ホグズミード休暇の時に偶然見つけて、それで……」
「買ってくれたの?」
「僕が買ったら目立つから……だから、ふくろう通販で、それで……」

気に入らなかったら、捨てていい。
決してルーシーを見ないままに早口で捲し立てたスネイプは、情けない自分に溜息を一つ零して頭を掻いた。
もっと上手くやれれば良いのに。緊張して上手く喋れないなんて、最悪だ。

「ありがとう、セヴィ」

それでも、彼女はそう言って笑ってくれる。

「すっごく嬉しい!!」

スネイプだけが知っている笑顔を見せてくれる。
そのことに、スネイプがどれだけ心を救われているか、彼女は知っているだろうか。

「手、貸せ」

手のひらのそれとルーシーの左手を取れば、気付いたのかルーシーが頬を染める。

「いいの?」
「………傍にいるって言っただろ」

その場限りの言葉のつもりで言ったわけじゃない。
学生時代の思い出作りの為に付き合ったわけじゃない。

ずっと――卒業しても、大人になっても、一緒にいたいと思ったから一緒にいるのだ。

「僕は、ルーシーと一緒にいたい」

自分の顔は真っ赤になっているのだろう。慣れない言葉なんて吐くものじゃない。
それでも、口にしたいと思ったのだ。
子どもの口約束なんかじゃない。そんなものではない。
言葉に現実味を帯びさせる為に指輪を贈ったのだ。本気だと、嘘じゃないのだと分かって欲しくて。

「わたし、も」

細いシルバーのリングをそっと撫でながら、ルーシーが震える声を出した。

「一緒にいたい」
「………ずっと?」
「ずっと」
「………本当に?」
「本当だよ」

探るような視線を向けたスネイプに、ルーシーがはにかむ。
目に涙が滲んでいるのは見間違いではないのだろう。
安堵した次の瞬間、こみ上げてくるのは嬉しいという感情だ。

「好きだ」
「私も好きだよ」
「ルーシー」
「ん?」

小首を傾げたルーシーの頬にそっと手を伸ばした。
手が震えていることに気付かれてしまったのだろう、ルーシーが優しく目を細めて自分の手を重ねた。

「好きだよ、セヴィ」

大好き。すっごくすっごく、好き。

両親は不仲だった。
マグルの父は自分の息子に興味を持たなかったし、母に優しくされた記憶も殆どない。
同じ家に住んでいたって、いつだってバラバラだった。
リリーに出会って、友達というものが出来た。優しさをもらって、嬉しかったのを覚えている。
ルーシーに出会って、恋をした。生まれて初めての恋だった。
誰かが聞いたら、子供のくせにと嗤うだろうか。

最初で最後の恋であって欲しい、と思う。
屈託のない笑顔を見せて欲しいと思う。
いつだって、隣で。

「ルーシー」
「うん?」

嗤うだろうか。

「――、好きだ」
「うん、私も」

『愛してる』なんて言葉を口にしようとした自分を。
照れ臭くなって咄嗟に言い換えたスネイプは、こっそり溜息を落とすと目の前の少女を引き寄せてそっと口付けた。