レイが学校でルーシーに声をかけることは滅多にない。
二人の割り当てられた寮がグリフィンドールとスリザリンという対極的なものなのだから、仕方ないことだ。
レイは入学した頃に上級生に言われた「グリフィンドールは敵だ」という言葉をしっかり覚えていたし、親友とも呼べるスネイプに事あるごとに突っかかるジェームズやシリウスをよく思っていなかった。
だからこそ、ジェームズやシリウスと仲良くするルーシーにも良い感情は持てなかった。
双子とはいえ、彼女は自分とは違いすぎるのだ。
いつだってヘラヘラ笑っている彼女には悩みなんて無いように思えたし、好き勝手しているくせに要領が良いものだから、劣等感を覚えずにはいられなかった。
それでも、ルーシーはレイの双子の姉だ。生まれた時からずっと一緒に過ごしてきたのだ。
嫌いだと思ったことはなかった。
例え心の奥底にルーシーに対する負の感情があったのだとしても、それはレイ自身が気付けない程度のものだったろうし、二人の関係を壊してしまうような出来事がなければこれからもずっと大切な姉だと思って生きていたのだろう。
好きだと思ったことはない。
けれど、嫌いだとは思わなかった。大切だと思っていた。
彼女はたった一人の姉で、大切な存在なのだと。
それなのに。
それなのに、どうして?
予兆はあった。気付いていた。
だって、彼は自分と似ていたから。
他者を寄せ付けないところも、静穏を望むところも。
彼も気付いたのだろう。自分と同じように人見知りが激しいのだという彼は、自分にだけは最初からそれなりに丁寧な対応をしてくれていたと思う。
同属意識とでもいうのだろうか。二人はどこまでも似ていたから、仲良くなるのに時間はかからなかった。
いつだって一緒にいた。
談話室でも、授業の時も。
休日は共に図書館で勉強をしたり、読書をしたり。
共に静かな環境を望むから、余計な会話などは一切ない。時折、必要なことを話す程度だ。
セブルス・スネイプという人間は、レイ・カトレットという人間と全く同じだった。
まるで自分が二人いるような感覚は心地良かった。
何も言わなくても理解してくれる。自分の考えを即座に読み取ってくれる。
安心感すら覚えた。ずっとこのまま一緒にいるのだと信じて疑っていなかった。
そんな彼が、変わった。
彼は何も言わない。自分たちの関係も変わらない。
何も変わっていない。何も変わっていないのに、分かる。分かってしまう。
だって、彼は自分なのだから。
彼は変わった。
自分と同じはずなのに、変わってしまった。そう思った。
それは、夏休み中の姉の突飛な行動について話していた時だった。
母親が仕事に出ている時――つまり、家に自分たちだけしかいない時に魔法を使ったのだ。魔法省から警告が届いて、彼女は「わ、本当にきた!」なんて暢気に笑っていた。
信じられない。
何を考えているのだ。
退学になったら、どうするつもりだったのか。
スネイプに話したのは、共感して欲しかったからだ。
彼なら。彼なら、同じような台詞をくれると知っていたから。
自分に共感して欲しかっただけだ。彼は自分と同じなのだと再確認したかっただけだ。
それなのに。
”アイツらしいな”
小さな声で呟いた彼は、無意識だったのだろう。
だからこそ、気付いてしまった。
柔らかいその目許に。緩んだ口元に。
どうして?
何でそんな優しそうな顔をするの?
あの子はグリフィンドール生なのに。
どうして?
何でそんな優しい声をだすの?
あの子と話したことなんて、殆どないのに。
入学当時はルーシーがしつこく話しかけていた。それはレイも目撃している。
ルーシーが一方的にスネイプに話しかけて、スネイプは物凄く嫌そうで。
だからレイも言ったのだ。迷惑だと。話しかけてくるな、と。
ありがとう、助かった。彼はそう言って微笑んでくれていたはずだ。
なのに、どうして――?
知らない。
そんな顔、見たことない。
知らない。
自分と同じはずなのに。
どうして。
焦燥感と恐怖がレイを襲った。
どうして。どうして。どうして。
そんなはずはない。
そんなこと、あるはずがない。
だって、知らない。
彼らが、いつの間にか仲良くなっていたとでも?
違う。そんなはずはない。
だって、彼は何も言っていなかった。
ならば、どうして彼はそんなに優しい顔をする?
双子の姉だから?違う。
だって、それなら最初から仲良くしていたはずだ。
分からない。分からない。
風呂を終えて談話室に戻ったレイは、そこにスネイプの姿が見えないことに気が付いた。
「セブルスは? 部屋に戻ったの?」
近くにいた友人に尋ねれば、数分前に談話室を出て行ったのだと言う。
教師に呼び出されたのかと問えば、知らないと彼は答えた。
「どうしたのかしら?」
魔法薬学の教授であるスラグホーンに定期的に呼び出されていることは知っている。
毎週、彼はそう言って行ってしまうから。
ならば、今回もそうなのだろう。納得はいった。なのに、どうしてか警鐘が止まない。
「――私も行ってくるわ」
薬学教室にでもいるのだろうか?
それとも、スラグホーンの部屋?研究室?
それとも、職員室?
片っ端から当たってみようかと考えたレイは、まず始めに職員室を目指した。
一階に位置する職員室へ向かって長い階段を上り終えた頃、レイは目的の姿を見つけた。
「あ、セブル――」
かけようとした声は途中で切れた。
どうしてだろうか。職員室はこの階だというのに、彼は大理石の階段を上って更に上の階へと向かっている。
「一体どこに……?」
寮に帰れば良かった。
スネイプが帰って来たら問いかければ良かった。
後からそう思うことになるのだが、この時のレイはそれを選ばなかった。
人目を忍び、どこか急いた足で進むその後ろ姿を不審に思い、その背を追いかけてしまったのだ。
途中、足音を立てないように廊下を駆けるその背中は、何かを渇望しているように見える。
早く目的地へ。そんな意思が容易に読み取れた。
軽い足取りが彼の感情を如実に表している。そんな彼を、レイは知らない。見たことがない。
「セヴィ!」
「悪い、待たせた」
「ううん、ヘーキ」
今は使われていない教室の前、彼らは笑い合っていた。
一人は自分と同じだと感じていた親友。
もう一人は、自分の半身。
あぁ、どうして。
涙が頬を伝うのを感じた。
「冷たくなってる」
頬を包み込む手の主は、紛れもなく彼で。
はにかむ彼女は、紛れもなく双子の姉で。
「セヴィの手、あったかい」
「別に、普通だろ」
照れ臭そうなスネイプの声なんて、初めて聞いた。
「走って来てくれたの?」
「………早く入るぞ」
ほら、早く入れ。早口で捲し立てて教室に押し込むスネイプと、楽しそうに笑うルーシーの声。
静かに閉じられた扉が、まるで自分を拒絶しているようで。
知らなかった。教えてもらえなかった。
内緒で会っていた。二人の関係など、あの雰囲気で気付かないはずがない。
どうして。
彼は自分と同じだと思っていたのに。
そう思うと同時に、あぁ、そうかと納得した。
彼はどこまでも自分と同じだから。だからこそ、彼女に惹かれたのだと。
自分にないものを持つ彼女を、求めてしまったのだと。
レイは既に持っている。
ルーシーと『姉妹』という絆で繋がれている。
スネイプも望んだのだ、彼女との絆を。
他人同士である彼らを繋ぐそれが、『恋人』というものだっただけ。
分かる。分かっている。理解している。
それなのに。
「っ、どうして……!」
裏切られた。
彼女にも、彼にも。
苦しい。辛い。痛い。悲しい。
好きだった。そう、好きだったのだ。
自分と同じだった彼を。安心を与えてくれる彼を。
気付かなければ良かった。
これが、この感情が、恋だったなんて。