07


温室での薬草学の授業を終えたルーシーとリリーは、談話室に向かっていた。

「また宿題……次の授業までにレポート纏めろってさ」
「あら、でも薬草学は宿題の量が少ないじゃない。今日中に終わらせられるわよ」
「それはそうだけどさぁ……勉強嫌いな私にはキツイものがあるというか……」

薬草学は実技がある分、机に座って大人しく講義を聞くだけの魔法史よりはよほどマシだと思う。思うが、こうして宿題の時に机と向き合わなければならないのだから、結局は地獄なのだ。
そんなことを言ってたら学校に通う意味がない。リリーにも言われた事であるし、ルーシー自身も分かってはいるが、やはり苦手なものは苦手なのだ。レポートなど上手く書けなくたって死にはしないではないかと思ってしまうのは、いけないことなのだろうか。

「ダメよ!!」
「やっぱり!?」

ルーシーの心を読んだのかと思うくらい絶妙なタイミングで声を荒らげたリリーに、ルーシーはびくりと身体を震わせた。けれど、リリーの視線はルーシーには向いていない。

「どうしたの?」

リリーの視線を追った先にいたのは、スリザリンのネクタイを締めた生徒たちだった。上級生であろう彼らは、数人がかりでハッフルパフの下級生を取り囲んでいた。

「うわっ、やな奴ら!」
「止めなきゃ! あの子たちが危ないわ!」

走り出すリリーに続いてルーシーも走り出す。バタバタという足音に気付いて振り返ったスリザリン生たちは、ルーシーとリリーを見て――正確には、二人のネクタイを見て――ニヤリと口元を歪めた。

「丁度いい、アイツらで試してみるか?」
「悪くないな」
「その子たちに酷いことしないで!!」

杖を手にしたスリザリン生たちに毅然と立ち向かうリリーの手には既に杖が握られている。慌ててルーシーも杖を取り出すと、スリザリン生の一人がニタニタ笑いながら杖を振った。

「、ぇ」

唐突に放たれた呪文に思わず声を漏らしたのはリリーだったか、それともルーシー自身だったか。
こちらに向かってくる光に反応できずにいる二人の前に、突如小さな影が現れた。

バチッ!

大きな音と共に光が消える。咄嗟に目を瞑っていたルーシーは、足元に何かが落ちたことに気が付いて目を開けた。

「………靴?」

黒こげになったこれは一体、誰の靴だろうか。

「信じ、られない……闇の魔法だわ……」

隣のリリーが靴を見つめながら呆然と呟く。黒こげになった靴は、もう使い物にならないくらいにボロボロだ。

「先輩方、僕の大切な友人に手を出さないでくれませんか?」

聞き覚えのある声に振り向けば、杖を手にしたジェームズとシリウスが好戦的な笑みを浮かべながらこちらに向かってくる所だった。その後ろから二人を追いかけてくるリーマスとピーターの姿が見える。

「ポッター……!」
「ブラック! また邪魔をする気か!」
「アンタら、他にやることねぇのか? バカの一つ覚えみてぇに後輩イビリばっかしやがって」
「リリー!! 無事かい!? 怪我は!?」

残り数メートルを駆けて縮めたジェームズは、呆然とするリリーを頭の先から足の先までじっくりと見回し、ホッと安堵の息を漏らした。それからルーシーへと視線を向け、怪我はない?尋ねる。

「分かりやす過ぎる対応の差に泣きそうだよジェームズ君」
「やだな、ちゃんと心配はしてるさ」

軽く見回してルーシーにも怪我がないことを確認すると、ジェームズは二人を庇うように前に立ってプラプラと杖を振った。

「さて先輩。どうします?」
「ぐ……っ、」
「まさか、忘れたとは言わせませんよ? 先週、僕らに突っかかって見事に返り討ちにされたことを」
「何ですって?」

リリーが顰め面でジェームズとスリザリン生たちとを見る。

「ポッター。貴方、一体何をしているの?」
「誤解だよリリー! アイツらが突っかかってきただけさ! 僕らは襲われたから自己防衛しただけだよ!」
「気安く名前で呼ばないでって言ってるでしょう!」

正当防衛を主張するジェームズの横に並んだシリウスが、隣で肩を落とす親友を呆れた目で見遣り、ルーシーへと視線を向ける。

「おい、ルーシー。さっさとエヴァンズを連れてけよ。煩くて仕方ねぇ」
「シリウス! 僕とエヴァンズとの時間を邪魔しないでくれ!」
「邪魔してんのは俺じゃなくてアイツらだろ」

くい、と顎で指せば、不貞腐れた顔のジェームズがスリザリン生たちを睨む。

「ダメよ! 廊下で魔法を使うことは禁止されてるのよ!」
「杖持って何言ってんだか」
「私たちは正当防衛よ!」
「俺たちだってそうだろ?」
「これ以上の喧嘩はいらないわ! ――あ、マクゴナガル先生!! こっちです!」

遠くに見つけた寮監の名を呼んで手を触れば、明らかに焦った様子のスリザリン生たちは「覚えてろ!」などとベタな捨て台詞を吐き捨てて去って行った。

「あぁ……せっかくの見せ場が」
「見せ場ですって? 貴方、もしあの人たちの呪文が当たっていたらどうなっていたと思ってるの?」
「もしあの人たちの呪文が君たちに当たってたとしたら、ほら。僕の靴みたいになってたよ」

黒こげの靴をひょいと拾い上げてジェームズが笑う。間に合ってよかった、だなんて暢気なことを口にするジェームズに、けれどリリーが笑みを零すことはなく、益々眉を吊り上げていった。

「冗談じゃないわ! あんな危ない魔法を使うだなんて!」
「僕らじゃないさ! 僕らはあんなものに頼ったりしない。なぁ、シリウス?」

ジェームズの言葉を受けてシリウスが抑揚に頷けば、リリーは顰め面のまま杖をしまった。

「ルーシー、行きましょう!」
「え? あ、うん――あ、ありがとね! 助かった!」

ジェームズとシリウスに手を振りながら、ルーシーはリリーに引き摺られるようにその場を後にした。

「リリーもあとでお礼言った方がいいよ? 一応私らを助けてくれたんだし……」
「分かってるわよ! けど、嫌なの! あんな魔法を平気で使えちゃう人たちも、そんな人たちと平気で喧嘩するあの人たちも!」

危ないじゃない! 何考えてるのよ!ブチブチと文句を零すリリーに表情を緩め、ルーシーは肩からずり落ちそうになった鞄をかけ直す。

「スリザリンって嫌な人たちばっかりよ! 今朝の新聞だって、死喰い人のことが載っていたわ! みんなみんな、スリザリンだった人たちなのよ!」
「でも、スリザリンの全員がそうなるわけじゃないし……セヴィだってスリザリンだけど、友達でしょう?」

ピタリ。リリーの足が止まり、ルーシーも足を止めた。

「………セブだって、もしかしたら――」
「そんなこと言わないで。セヴィはリリーの友達でしょう?」
「でも、セブと一緒にいる人たちが嫌なの! この間、闇の魔法を使おうとしていたのを見たわ!」
「セヴィはそんなことしないよ」
「そんなの、分からないじゃない……もう四年生だもの、最近は話をすることだって減ったし……ルーシーだって不安にならないの? レイはスリザリンなのよ?」

翡翠色の目が揺れる。泣きそうに歪められた顔は、不安を露にルーシーを見つめていた。

「私のこと、マグル生まれだって嗤ってるかもしれない……『穢れた血』って言うかも――」
「セヴィはそんなことしない! リリーにそんなこと言ったりしないよ! 絶対しない!!」

断言するルーシーを不安げに見つめていたリリーが、ほんの僅かに笑む。不安は消えないのだろう。
友達と思っているのは自分だけかもしれない。陰で悪口を言っているかもしれない。
信じきることが出来ない自分が悔しくて、悩んでしまうことが申し訳ないと思っているのだろう。

「大丈夫だよ」

確かな証拠は何もない。
それでも、スネイプを信じたいと思うのだ。
好きだと態度で示してくれるスネイプの笑顔を。優しく触れる温かい手を。

「大丈夫」

言い聞かせるように言を重ねたルーシーに、リリーは漸くいつものように笑うのだった。