ルーシーへの想いを自覚してしまってから一年。それはあっという間だったようにスネイプは思う。
長かった夏休みが終わって、キングズ・クロス駅からホグワーツ特急に乗り込んだスネイプは、例年通りリリーと同じコンパートメントにいた。けれど、すぐにやって来たジェームズ、シリウスと口論になり、杖を出しかけたことでリリーに怒られた挙句、タイミング良く現れたレイによって少し離れたコンパートメントへと引きずられてしまった。そこには同じ寮の友人たちが座っていて、誰もがリリーとの関係を窘めるものだから、スネイプはリリーの元へ戻ることも出来ずにそこに座るしかなかった。
レイが現れた時、その後ろに見つけた小さな姿に挨拶をすることすら出来なかった。
勿論、二人だけではないのだから必要以上に近付くことは憚られたが、それでも「久しぶり」くらい言っても良かったのではないかと思う。ルーシーが声をかける暇すら与えずにスネイプを引きずっていったレイは、もしかしたらそれが目的だったのかもしれないが。
「いくら幼馴染みだからって、無理して一緒にいることはないわよ」
隣に座ったレイは言う。
スリザリンとグリフィンドールは仲が悪いのだから。二人だって、反りが合わないことがあるでしょう? それなのに無理して一緒にいる必要なんてない。学校に着いてしまえば、寮の違う二人はずっと離れて過ごすのだから。
「あぁ……分かってるさ」
スネイプとて、あのままジェームズやシリウスと一緒にいたかったわけではない。
ただ、会いたかっただけだ。ルーシーと一緒にいて、ほんの少しばかり話が出来ればそれで良かった。
リリーも一緒にいたのだから、リリーの顔を立てる為に会話をすると見せかけることだって出来たはずだ。
誰かの目を気にすることなく、堂々と話をすることが出来るチャンスだった。
”新学期、会えるの楽しみにしてるね”
夏休み中に手紙を寄越してくれたルーシーに、自分も同じだと送った気持ちは嘘ではない。
ひと月以上も離れていたのだ。会いたいと思って何が悪い。
好きだと自覚してしまったのだから、止めることなど出来るはずもないのだ。仕方ない。そう、これは仕方ないことだ。だって、好きになってしまったのだから。
この一年間、週に何度か姿を消す自分を不審に思うレイに先生に用事がある、などと嘘をつくことに対してそう言い訳をしてきた。好きになってしまったものは仕方ない。けれど、正直に話せるはずもない。だって、相手はルーシー。レイの双子の姉で、グリフィンドール生なのだから。
「セブルス? 聞いてる?」
「あぁ……聞いてるよ」
双子だというのに殆ど似ていないレイにルーシーを重ねて見ることは出来ない。それは喜ぶべきことなのだろうか。スネイプの心中は複雑だ。
「それでね、あの子ったらダメだって言われてるのに家で魔法を使うのよ。ママが仕事に行っている時に使った所為で、魔法省から通達がきたんだから!」
信じられないでしょう!?声を荒らげるレイに、アイツらしいな。スネイプは無意識に呟いた。
大方、本当に通達がくるか試してみたかった、とかそんな理由だろう。手紙で教えなかったのは、教えたら怒られるからとでも考えたのだろうか。
知らず表情を緩めていたスネイプは、隣で息を呑むレイに気づくことはなかった。
四年生になってから、恋愛に関する話題が増えてきたようにルーシーは思う。
先程まで話していた同級生のサリーだって、レイブンクローの誰々がカッコイイだとか言っていた。
「きっとさ、ジェームズの所為だと思うんだよね」
「何が?」
隣でレポートを書いていたリリーが首を傾げた。羊皮紙三十センチ分という宿題を出されたのはほんの数時間前だというのに、もう半分を終えている。ルーシーは今だ数行しか書けていない自分の羊皮紙を見下ろし、溜息を零して羽根ペンをインク壺へと戻した。やる気が出ない。
「あっちこちで誰が好きだとか誰がカッコイイだとか……きっとジェームズが場所を考えないでリリーにアタックしてるからだよ」
「私が望んだことじゃないわ」
渋面で呻いたリリーは、談話室の隅でコソコソと何かを企んでいるらしいジェームズたちへと視線を向けて鼻を鳴らした。大方、またくだらない悪戯でも仕掛けようとしているのだろう。
「今度は何するんだろうねぇ」
「ルーシー、貴方まさか加わる気じゃないわよね?」
違うわよね? そうよね?
顰め面で問い詰めてくるリリーに慌てて首を振って、ルーシーは溜息を零した。
入学してから四年。毎回ではないものの、ジェームズたちと一緒になって悪戯を仕掛けていたルーシーは、ここ最近になって殊更にリリーの監視が厳しくなっていることに辟易していた。
寮の点数がどうの、先生たちがどうのと叱ってくれる存在がいるのは幸せなことだけれど、ほんの少しくらい大目に見てくれても良いのではないだろうかと思ってしまう自分がいる。
学校を卒業して大人になってしまえば、悪戯を仕掛ける機会など殆どなくなってしまうのだ。ならば、学生である今のうちに思う存分楽しんでおきたいと思う、悪戯っ子の気持ちをほんの少しばかり理解して欲しい。
「まったく……あの人たちったら、悪戯を仕掛けてキャーキャー騒がれることに味を占めてるんだわ!」
騒ぐ子たちも騒ぐ子たちよ!優等生思考のリリーの怒りは鎮まらない。
ルーシーと一緒になって何度も注意されているジェームズたちといえば、シリウスは適当に聞き流し、リーマスは笑顔で躱し、ピーターはそんな二人の後ろに隠れて聞こえないフリだ。矢面に立っているジェームズといえば、リリーに叱られることが嬉しいのだろう、ニコニコ笑いながら逆にリリーへの愛を囁く始末だ。
整った顔立ちの彼らには、ここ最近になってやたらと女子からの熱い視線が向けられている。人と違うことをする彼らを素敵だと思っている女子は意外にも多く、特にシリウスに至ってはファンクラブなんてものが出来始めているらしい。この間教えてくれた子も、実は会員になったというのだから驚きだ。
「どこが良いんだか!」
「まぁ……好みは人それぞれだよね」
ルーシーとて、グリフィンドール生からは頗る不人気なスネイプと交際しているのだ。人のことは言えない。スネイプと敵対するジェームズやシリウスたちを嫌うことはしないが、彼らが人気である理由はルーシーにはいまいち理解出来ない。顔立ちが整っていることは分かる。背だって高いし、シリウスやジェームズの家は名家だ。家柄というものも人気の理由の一つなのだろう。
けれど、とルーシーは思う。
四人がかりで――厳密にはジェームズとシリウスが手を出すので二人がかりだが――スネイプ一人を攻撃するというやり方は、ルーシーには賛成出来るものではない。攻撃される相手がスネイプだということも賛成出来ない理由の一つであるのだが、そこら辺に対して彼女たちはどう考えているのだろうか。盲目的に想うのもどうかと思う。少なからず嫌われる要素のあるスネイプを想うルーシーが言えたことではないのだけれど。
ふと時計を見れば、約束の時間までもう時間がない。
「私、ちょっと散歩してくるね」
「随分と余裕ね。まだ全然書けてないのに」
「帰って来たら頑張るよー」
羊皮紙やペンを鞄にしまい込んだルーシーは、行ってきますとリリーに手を振って談話室を後にした。
いつもの教室に着いた頃にはスネイプは既に来ていて、ルーシーを見てほんの僅かばかり表情を緩めてくれる。ルーシーだけが見ることの出来る、スネイプの優しい表情だ。
「帳消しされちゃうんだよね」
「何が?」
首を捻るスネイプに何でもないと笑い返して、隣に腰を下ろす。
お付き合いというものを始めてから、二人の間にあった微妙な距離は消えている。寄り添うようにくっついて座ると、触れた箇所から感じる温もりに自然と頬が緩んでいくのだ。
「セヴィはカッコイイですねぇ」
「何だそれ」
呆れたような声は、それでも確かに優しさがある。
「お前くらいだ、そんなこと言うの」
「良いんだよ、私だけで。他の人は知らなくていいの」
自分一人が知っていればいい。スネイプの素敵なところなんて他の誰にも知られたくはない。
想い人の悪口を聞くのはいい気分ではないが、彼を誉めそやす女がいたりしたらきっと許せないだろうこともルーシーはちゃんと分かっている。
「逆もそうであって欲しいけどな」
「逆?」
そう。頷いてスネイプの手がルーシーの手を握る。身長差こそあれど、細身のスネイプだ。それでも手の大きさは明らかに違う。日に日に男の手になっていくそれが、ルーシーは大好きだった。
「ルーシーのいいところは、僕だけが知ってればいい」
「私、いいところある?」
「探せばあるんじゃないか?」
「あっ、ひどーい!」
早く見つけてよね!笑いながら怒るルーシーに、スネイプも笑って。
週に一度の約束。ほんの僅かな時間しかこうして触れ合うことは出来ないけれど、幸せだと思った。
「なぁ、ルーシー」
「うん?」
「怖いって言ってただろ」
「、うん……」
眉を下げて小さく頷いたルーシーを慰めるかのように、空いている方の手がルーシーの頭を撫でる。顔を上げれば、この時間にしか見ることの出来ないスネイプの優しい顔がそこにあった。
「護るから」
「、え……?」
「僕が、護るから」
だから、大丈夫だ。お前は笑ってればいい。
何の確証もないそれは、けれどルーシーの不安を一瞬で取り除き、幸せで満たしてくれる。
「ありがとう」
大好き。はにかんだルーシーの頬に、スネイプはそっとキスをしてくれた。