04


ほんの少し。ほんの少しだけ。
気が向いたら会話してやっても良いかもしれない。ほんの一言、二言だけのつもりだけれど。

アンドロメダと会話してからというもの、スネイプはそんな事を考えるようになった。
特別な意味などない。気が向かなかったら話す気など無いのだから。
適当に受け答えをするだけなら仲良くしているようには見えないだろうし、それでもルーシーは喜んでくれるだろう。敵寮に組分けられてからというもの、リリーと疎遠になりつつあったが、また前のように話せるようになるかもしれない。

敵寮の人間と仲良くする気などなかったが、リリーだけは別だ。
彼女は幼馴染みだし、学校に入る前からの付き合いだ。だから、彼女の事だけは別なんだ。

けれど、現実はスネイプの思うようにはいかなかった。

「何回も言ってるでしょう! 近寄らないでよ!」

食事の時も勉強する時も移動の時も、スネイプの隣には常にレイがいた。
必然的にルーシーと会う時はいつもレイがいて、笑顔で駆け寄ってきたルーシーにスネイプが何かを言う前にいつもレイが怒鳴り付けて追い払ってしまうのだ。

別に話がしたかったわけではない。ただ、少しくらいなら話しても良いと思えるようになっただけだ。
それでもこう毎回レイに阻まれてしまうのは何か癪だった。
勿論、レイはスネイプの為を思ってやっていてくれるのだから、文句など言えるはずもない。少しくらいなら話しても良いなんて言えば「何故」と問われるだろうし、そうすればスネイプには何も言えなくなってしまう。
何せ、特別な理由など何も無いのだから。

気が付けば、下級生が出来るほど時が過ぎていた。
二年生になったスネイプはレイといる時以外は上級生の先輩と一緒にいることが多くなった。
監督生でもあるルシウス・マルフォイ。彼の家も魔法界では有名な旧家だと同級生が教えてくれた。
ルシウスはやたらとスネイプを気にかけてくれ、クリスマスはマルフォイ家で行われたパーティに招待してくれたし、夏の休暇も遊びに来ないかと声をかけてくれた。

マルフォイはどちらかと言うとベラトリックスやナルシッサと同じような考えの人間で、アンドロメダとは必要以外は話そうとしていなかった。彼女達同様、ルシウスもアンドロメダがシリウスと親しいのが気に食わないようだった。

ルシウスやレイと一緒にいるスネイプにはルーシーやリリーと話す機会など殆どなく、いつの間にか二年生も終わりが近づいていた。

ある日の夜、夕食を終えたスネイプは変身術の教室に忘れ物をしてしまったことを思い出し、一人廊下を歩いていた。一緒に行こうかと申し出てくれたレイの言葉を丁重に断り、久しぶりの一人の時間に何となく擽ったさを覚えながら談話室へ戻る所だった。

「    」
「………?」

何かが聞こえた気がしてスネイプは足を止めた。
一体何処から聞こえてきたのだろうか。耳を澄ませてみれば、どうやら近くの教室から聞こえてくるようだ。

「誰かいるのか?」

教室の戸を開けたスネイプは、そこにいた人物を見てポカンと口を開けた。

「、ドア、しめて」

か細い声がしゃっくり混じりに囁くが、呆然と立ち尽くすスネイプの耳には届かない。

「ひと、きたらやだ……」

しめて、おねがい。
少女の目に浮かんだ涙が今にも零れ落ちそうなのを見て、スネイプは慌てて戸を閉めた。
外に出て閉めれば良かったと気付いたのはその直後で、けれど今更遅いと思い直して一歩ルーシーへと近寄った。
涙とは無縁だと思っていた少女は、窓から覗く月明かりの中で静かに泣いていた。

「………どうした?」

逡巡の後、口から出たのはそんな問いかけだった。

大丈夫か。
何処か痛いのか。
何かあったのか。

そんな言葉をかけてやれない自分を何故か歯痒く思っていると、ぼそぼそと何かが聞こえた。

「何だ?」
「だれにも、いわないで」

泣いている理由を言うのかと思えば、口止めの言葉。スネイプは僅かに眉を寄せた。
リリーの時も思ったが、泣いている人間は面倒だ。泣いたってどうにもならないのに何で泣くのだろうか。
泣いて思う通りになるのなら、スネイプだって泣き喚いていた。泣いたってどうにもならないと思い知ったから泣くことを止めたのだ。
そんなスネイプには、泣いている人間を慰めるなど出来るはずもなかった。

スネイプは踵を返した。ここにいても時間の無駄だと思ったからだ。
扉に向かい、手をかけた所でふと気付く。

そう言えば、今は二人きりだ。

今ここにはレイもルシウスも他の生徒もいない。
スネイプとルーシーがここにいたとしても、誰も知らない。
今この教室を出れば、明日からはまた今までと同じようになるのだろう。

けれど、スネイプの心境は入学したての頃とは違う。
ほんの少しくらいなら、話をしてやっても良いと思っていたのだ。今がチャンスじゃないか。

「――何かあったのか?」
「、へ……?」

教室を出ていくと思っていたのだろう。ルーシーの口から間抜けな声が漏れた。涙に濡れた間抜けな顔がスネイプを見つめている。スネイプは無表情のまま繰り返した。

「何かあったのか、と聞いてる」
「、あ、の……どうして……?」
「何だ」
「だって、その……」

帰らないの?小さな小さな声がスネイプの耳に届いた。

「帰って欲しいのか」
「、や、やだ……!」

慌てて答えたルーシーに僅かに表情を和らげたスネイプは、再びルーシーに歩み寄ると人一人分の距離を空けて腰を下ろした。

「あの……」
「勘違いするな。ほんの少し、気が向いただけだ」

仲良くするつもりなんかない。ただ、何か言いたいことがあるなら聞いてやらないでもない。
そんなような言葉を口早に続ければ、ポカンとしていたルーシーの顔が徐々に和らいでいく。細まった目から、透明な雫が零れ落ちた。

「………こわくて、」
「虐められてるのか」
「ううん……そういうのじゃなくて……でも、これから絶対あるから……こわいの」
「何だそれ」

スネイプは呆れたように鼻を鳴らした。

「起こってもない事で何で泣くんだ」
「だって……」
「『絶対』なんて無いだろ」

きっぱりと言い放ち隣を見れば、こちらを見るルーシーの目が細まる。それだけならば良かったのに、情けなく下がった眉は僅かに寄せられていて、何処か傷付いたように見えた。言葉を間違えてしまったのだと気付いて内心で舌打ちを零すが、言ってしまったものは取り消せない。居た堪れずルーシーの視線から逃げるように顔を背けたスネイプは、自分の膝を見つめたままポツリと呟いた。

「他には」
「え?」
「言いたいことがあるなら全部言え。聞くだけ聞いてやる」
「、でも」
「誰にも知られたくないって事は、リリーやポッターたちにも言ってないんだろ?」
「………うん」

小さな返事は肯定するもので、溜息を零しそうになったスネイプはルーシーに視線を戻さないまま続けた。

「僕よりレイが良いって言うんなら――」
「だめ」
「………まさか、レイにも?」
「………しられたく、ない」

今度こそスネイプは溜息を吐き出した。
双子の妹にすら話せないことを、自分が聞くのか?それは良いのか?そもそも、そこまで深く関わるつもりなんかこれっぽっちも無かったというのに、今更それを言えない空気が漂っている。

「……分かった、じゃあとにかく全部言え」

こうなったら聞いてやろうじゃないか。好きなだけ言えばいい。適当に聞いて、適当に頷いてやればそれで良いだろう。

だと言うのに、ルーシーから返ってきたのはスネイプの神経を逆撫でするようなものだった。

「いいの……? だって、その……わたしのこときらい、でしょ?」

分かってたくせに付き纏ってたのは誰だ。思わずそう返そうとしたスネイプは、必死の思いでそれを飲み込んで首を振った。

「僕は煩い奴が嫌いだ」
「………」
「だから、煩くしないでくれれば良い」
「………いいの?」
「そう言ってる」
「――へへ……ありがと、セヴィ」

漸く笑みを見せたルーシーに、何故か安堵した。