組分けの儀式は最悪だった。
尤もそれはスネイプにとってであって、リリーからしてみればどうだったのかは分からない。
「君はスリザリンに入ったほうがいい」
列車の中でそう言ったというのに、彼女はスリザリンではなくグリフィンドールに組分けられた。
それもこれも、全てあの女の所為だ――スネイプはそう思い込んだ。
遠く離れたグリフィンドール寮のテーブルに座るリリーと、その隣で楽しそうに笑う少女、ルーシー・カトレット。
本当ならリリーはスネイプと同じスリザリンのテーブルにいて、隣に座って笑っていたはずだった。
列車の中でルーシーに出会わなければ良かった。スネイプは不機嫌を露にルーシーを睨むが、遠くにいるルーシーはそれに気付く様子もない。
ふと、スネイプの視界の端に黒髪の眼鏡の少年が写り込んだ。スネイプの目が益々細くなる。
元はと言えば、全てあいつらの所為だ。スネイプはそう思った。
最初にいたコンパートメントの中で知り合った二人の少年。彼らは名をジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックと名乗った。くしゃくしゃの黒髪に丸眼鏡のジェームズに、腹立たしいほどに顔立ちの良い長身のシリウス。彼らがリリーとスネイプを揶揄った所為であのコンパートメントを出ることになり、ルーシーのいるコンパートメントへと移動する羽目になったのだ。
しかも、何が楽しいのかルーシーはやたらとスネイプに話しかけてくる。
一緒にいた双子の妹だとかいう少女はこちらに興味を示さなかったようで放っておいてくれたのに、ルーシーはやたら構ってくる。無視したってお構いなしだからタチが悪い。
そもそも人見知りの妹がいるのだから、人見知りな人間が親しくもない人間に近づかれてどう思うかなんて知っているだろうに、彼女はそんな事も分からないらしい。スネイプの中のルーシーの評価は限りなく低かった。
素っ気ない態度を取ればリリーが「セブ!」と窘めてくる。駅に到着するまでの時間は地獄だった。
ホグワーツ魔法魔術学校――その名の通り魔法使いや魔女が通う学校であり、スネイプたちが入学した学校の名前でもある。
魔女の母親とマグル(魔法使いでも魔女でもない人間をそう呼ぶ)の父親を持つスネイプは、いわゆる混血と呼ばれる魔法使いだった。幼馴染みのリリーは両親共にマグルで、何故かリリーだけが魔女だった。何故そんな事が起こるのか分からないが、きっとリリーの遠い祖先に魔法族の人間が混ざっていたのだろうとスネイプは考えている。
成長するにつれて体内に宿る魔力は増していき、それをコントロールする為に学校に入学する。全寮制のこの学校は四つの寮に分かれていて、スネイプが属するスリザリンとリリーが属するグリフィンドールの他にレイブンクローとハッフルパフがある。
「何でよりによってグリフィンドールに……」
スネイプは溜息を漏らした。
困ったことに、スネイプが属するスリザリンとリリーが属するグリフィンドールの仲は悪い。とにかく悪い。互いに嫌悪している所為でいざこざが絶えないのだと、同じ寮に決まった同級生が教えてくれた。彼の両親は共に魔法族の人間で、スネイプよりもこの魔法に満ちた世界について熟知しているらしい。悔しさを覚えないではないが、知らないのは事実だからとスネイプは彼から得られる限りの情報を得るつもりだ。
ふと、スネイプは隣に座る人物を横目に見た。
レイ・カトレット。ルーシーの双子の妹だ。
姉とは違い、彼女はスリザリンに組分けられてしまったのだ。よりによって、仲の悪い寮に。
視線に気づいたのか、顔を上げたレイがスネイプを見る。まじまじと顔を見たのは初めてだ。双子ということもあり、ルーシーと似ているように思えた。
「………何?」
怪訝な顔のレイが見つめてくる。
「いや……」
スネイプは言葉を濁した。別に用など無かったからだ。
けれど、同じ寮生になってしまったのだ。波風は立たせたくはない。
「あー……良かったのか?」
「?」
「離れただろう、その……」
「あぁ……うん、別にいいわ」
レイの視線がグリフィンドールのテーブルへと向けられ、スネイプも自然とそちらを見た。
ルーシーとリリーは近くに座る同級生や上級生たちと楽しく笑い合っている。多少の会話はあるものの、まだ何処かぎこちなさの残るこちらとは大違いだ。
「あの輪に入りたいと思わないもの」
興味を失ったかのようにレイの視線が手元の料理へと戻る。
ルーシーも言っていたが、どうやらレイは自分に似ているらしい。スネイプは思った。
「僕も、」
「え?」
「僕もそう思う。煩いのは苦手だ」
煩い空間にいるのも嫌だ。自分とは関係ない所で好き勝手にやっていて欲しい。関わらないでくれ。人見知りというより人嫌いに近いそれは、どうやらレイに伝わったらしい。驚いたようにこちらを見ているレイの目が僅かに和らいだように見えた。
「そう」
出会ってから数時間、初めてレイの感情の篭った声を聞いた気がした。
「セブルス!」
何処かから聞こえた声にスネイプは思い切り顔を顰めた。
早く寮に戻ろう。自然と足が速くなるが、こちらに駆けてくる彼女は逃してはくれないらしい。あっという間に追いつかれ、隣に並んだ彼女がいつもの笑みを浮かべる。
「こんにちは! 何処に行くの?」
「君に答える必要はない」
「私、セブルスと仲良くなりたいの」
「僕はなりたくない」
「どうして? セブルス、」
ピタリと立ち止まると、ルーシーもその場に立ち止まる。
首を傾げながらこちらを見上げてくるルーシーの顔は、一週間前に仲良くなったレイと似ているが、似ていない。表情が違うだけでこんなにも違って見えるのかとスネイプは鼻を鳴らした。
「気安く僕の名前を呼ぶな」
「え、どうして?」
「どうしても」
仲良くなる気はない。お前なんか嫌いだ。
そんな想いを篭めて睨み付ければ、何を勘違いしたのかルーシーは大きく頷いた。
「分かった、自分の名前嫌いなんでしょう?」
「は? 何言っ――」
「じゃあ、今日からセヴィって呼ぶ!」
「――ちょっと待、」
「おーい、ルーシー!」
遠くから聞こえたルーシーを呼ぶ声がスネイプの声を掻き消した。
「はーい!」
手を振ってそれに応えたルーシーはにっこり笑ってスネイプに手を振る。
「じゃあまたね、セヴィ!」
「だからっ、」
「今度はもっといっぱい話そうね!ばいばーい」
軽快な足取りで友人たちの元へ行ってしまったルーシーの背を睨み付け、スネイプは心のうちで悪態をつくことしか出来なかった。