九月一日。
時計の針が午前十一時を少しばかり過ぎたこの時、セブルス・スネイプは列車の中にいた。
キングズ・クロス駅のとあるホームから乗り込んだ紅色の蒸気機関車は、目的地へ向かって一定の速度を保ちながら進んでいる。
今日から新学期。とある学校に入学するスネイプの胸は、期待と緊張で膨らんでいた。
けれどそれに水を差すのは、列車に乗り始めてからずっと隣で泣いている少女だ。
「リリー、そろそろ泣き止んだらどうだい?」
「ひっく……セ、セブには、分かんないわ……っ」」
しゃっくり混じりに返される言葉は中々に辛辣な言葉。スネイプはグッと眉根を寄せて唇を噛み締めた。
「う、生まれそこないだって……! チュニー、私のこと生まれそこないだって言ったのよ……!」
「言わせとけばいい。僕達は特別なんだ、アイツは自分こそが生まれそこないなのが悔しくて、」
「そ、そんな言い方しないで!」
勢いよく顔を上げた拍子にバサリと跳ねた燃えるような赤い髪がスネイプの視線を奪う。
赤の向こうに見えたのは透明な膜を張った翡翠色の瞳だった。リリーは責めるような視線をスネイプに向けていた。
「私たち、姉妹なのよ!」
「分かってる……分かってるよ、ごめん……」
素直に謝罪の言葉を口にすれば、リリーは小さく頷いてからシャツの袖で涙を拭った。
大丈夫、次に会った時にはちゃんと話せるよ。
そんな言葉でもかけてやれば喜ぶのだろうが、スネイプには自分を毛嫌いする姉と仲良くしたいと願うリリーの気持ちが理解出来ない。こっちも絶交してしまえば良いのに、などと思っているスネイプには大丈夫だなどと口が裂けても言えるはずもなかった。
漸くリリーが泣き止んだことにホッと安堵の息を吐き出せば、今度はこれから向かう学校のことで胸がいっぱいになっていく。興奮を抑えきれずにスネイプは口を開いた。
「とうとうだ! 僕たちはホグワーツに行くんだ!」
つられたのか、涙の痕の残る顔でリリーも少しだけ微笑んだ。
リリー・エヴァンズは腹を立てていた。
涙の痕が残る顔は険しく、コンパートメントを探して廊下を行く足取りも荒かった。その後を、スネイプは同じように不機嫌極まりないといった様子で続いていた。
「まったく、何て嫌な人たちなのかしら!」
数分前、同じコンパートメントで知り合った少年たちを思い出してリリーは益々眉を吊り上げる。後ろでスネイプが舌打ちを零したのすら気付かなかった。
「私、あの子たちと一緒にはいたくないわ」
「僕だってそうさ」
何だって初対面の相手に馬鹿にされなければならないのか。無神経極まりない、鼻持ちならない奴らだとブツブツ呟いていれば、先を進んでいたリリーが漸く足を止めた。
「見て、セブ! ここなら空いてるわ!」
先程の怒りは何処へやら。笑顔で振り返ったリリーに並び、コンパートメントの中を覗き込んだスネイプは再び眉を顰めた。
「でも、中にいるじゃないか」
「しょうがないわよ、誰もいない所なんかきっと無いわ。さっきの所に戻りたくないもの、ここしかないわよ」
言い終えるなりドアに手をかけたリリーは、中から向けられた視線に僅かばかり緊張した面持ちで口を開いた。
「あの………ここ、良いかしら?」
印象を良くしたかったのだろう。笑った顔は引きつっていた。
スネイプはと言えば、リリーのように媚を売るような真似はしたくなかったので、無表情のままこちらを見る二人の少女を見返している。
少女はリリーとスネイプに興味を持ったのかジッと見つめ返しており、もう一人の少女は興味が無いと言わんばかりに窓の外へと視線を向けた。対照的な二人だとスネイプは思った。
やがて、こちらを向いたままの少女が微笑みながら頷いた。
「ありがとう! 私、リリーっていうの。貴方は?」
「ルーシーだよ」
よろしくね、と笑った少女は立ち上がり向かいに座る少女の隣に腰掛けた。
気を遣ってくれたのだろう。リリーとスネイプは少女たちと向かい合う形で席についた。
「こっちはレイ。私たち双子なの」
「本当?」
顔が似ているのか確かめたかったのだろう。そっぽを向いたままの少女へチラチラと視線を向けるリリーだったが、視線に気付いているだろう少女が振り向くことはなかった。
「ごめんね、レイは人見知りするから……」
「ルーシーがおかしいのよ」
苦笑を浮かべたルーシーに、そっぽを向いたままのレイが冷たく言い放つ。リリーが僅かに顔を顰めた。
「貴方は? 何て言うの?」
レイの言葉に肩を竦めたルーシーがスネイプに問いかける。
会話に加わる気もなかったのでレイと同じように窓の外へと目を向けていたスネイプは、チラリとルーシーに視線を戻した。人懐こい笑みを浮かべた少女がこちらを見つめている。
何故だか分からないが、苛々した。
「君には関係ない」
「セブ!」
窘めるようにリリーが声を上げたが、スネイプは鼻を鳴らして再び窓の外へと視線を向けてしまった。
「ごめんなさい、セブルスっていうの」
「いいよ。レイみたいな子、初めて見た!」
何が楽しいのか、ニコニコと笑みを絶やさないままルーシーが笑い立ち上がった。チラリと視線だけを向けていれば、丁度ガタンと揺れた列車に僅かにバランスを崩しながら、ルーシーが近寄ってきた。
「よろしくね、セブルス!」
小さな手が伸びてきたのが見えたが、握手などする気はない。視線を窓の外へと戻そうとしたその時、温かい何かが手に触れた。反射的に顔をそちらに向ければ、遠慮を知らない小さな手がスネイプの手を取って強引に握手を交わしているではないか。
「っ、何……」
「ふふ、よろしくー」
ニコニコと笑いながら、握った手をブンブンと振るルーシー。
呆気に取られていたスネイプはハッと我に返り、その手を思い切り振り払うのだった。