25


今年も始まった。煩わしいだけのお祭り騒ぎ。
いつも以上に喧しいテーブルに目をくれることもなく、教員席に着いたスネイプは黙々と料理を口に運んでいた。

幼馴染のリリーが死んだ日。
憎いジェームズが死んだ日。
闇の帝王が滅んだ日。
彼女が赤ん坊に姿を戻した日。

思い返せばハロウィンは嫌なことばかりだ。そんなことを考えてスネイプは嘆息を漏らす。
二年前に入学してきたハリー・ポッター。彼を狙う闇の帝王のおかげで、去年も一昨年もハロウィンは散々だった記憶がある。もう残ってはいないが、一昨年には頭が三つもある犬に大怪我を負わされた。思い出しても忌々しい。

今年くらいは静かに亡くなってしまった幼馴染を偲ばせてもらいたものだ。問題児ばかりが集う寮のテーブルへと視線を向け、そこでスネイプは初めて気付いた。ルーシーがいない。

「どうやらパーティに出ていないようですね」

まるでスネイプの心を読んだかのように、隣に座るマクゴナガルが言った。ダンブルドアといいマクゴナガルといい、人の心をいとも簡単に読んでくださる。己の閉心術は闇の帝王すら欺く程だと自負しているスネイプだが、ことルーシーに関してだけは上手く働かないらしい。 

「勝手なことばかりするものですな、さすがグリフィンドール生と言うべきでしょうか」
「そのグリフィンドール生は、教師の言うことを無視したマルフォイを庇い大怪我を負いましたよ」

にべもない態度で返されてスネイプは黙り込む。その一件に関してはスネイプに反論の余地はない。
そんなスネイプに、マクゴナガルはくすりと勝者の笑みを浮かべた。それがまた面白くない。スネイプはワインの入ったゴブレットを一気に呷った。

「そう言えばセブルス、ちゃんと薬は飲ませたんですか?」
「昼過ぎに」

そうですか。呟いてマクゴナガルがホッと安堵の息を漏らす。スネイプはチラリとリーマスの方へ視線を向けた。
人狼という業を持つあの男が教師だなんて世も末だ。聞く人がいれば「お前が言うな」とでも言いそうだが、そんなことはどうだって良い。

「我輩はしかと忠告申し上げました。あんなものを呼び寄せるべきではなかった」
「校長がお決めになったことですよ」

マクゴナガルの声は有無を言わせない響きがあった。鼻を鳴らし、再び満ちたワインを口へと運ぶ。
満月まであと数日。面倒なことが起きなければ良いのだが。

嫌な予感ほど的中してしまうことを、スネイプは嫌というほど知っていた。




シリウス・ブラックがホグワーツ城に侵入した。
グリフィンドールの談話室入り口を守る太った婦人の肖像画は切り裂かれ、見るも無残なものになっている。

「リサが中にいるんです!」

生徒たちを押し退けてやって来たハリーが叫ぶ。こんなにも必死に友人を心配するこの少年は知らないのだ。リサ・サクライなどという人間がこの世に存在しないことを。その正体を知った時、この少年は酷く傷付くのだろう。かつて、リリーやジェームズがそうだったように。スネイプが、そうだったように。

ハリー達に大広間に戻るように告げたダンブルドアは、ポケットから羊皮紙の切れっ端を取り出した。そんなものを何故持っているのか、などという疑問は持たない。持っていた時期はとうの昔に過ぎた。ダンブルドアが杖を振ると羊皮紙にじわじわと文字が記されていく。手近の窓を開けると、待っていましたとばかりにフォークスが飛び込んできた。一体この老人はどこまで見透かしているのだろうか。

「リサに届けておくれ」

フォークスの脚に手紙を括りつけると、フォークスは綺麗な声で一鳴きして夜空に飛び立っていった。

「さて、先生方。ブラックと太った婦人を探さねばならん。慎重に頼みましたぞ」

集まった教師たちが頷いて散り散りになっていく。スネイプもシリウス・ブラックを探しに行こうと踵を返し、けれどすぐにダンブルドアに呼び止められた。

「セブルス、君はもう少し残っていておくれ」

嫌な予感がする。探るようにダンブルドアを見つめるが、ダンブルドアは微笑むだけで何も言わない。杖を手に足早に去っていく教師たちを見送り終えた頃、切り裂かれた肖像画の向こう側から小さな声が聞こえてきた。

「あれ……開かない?」
「おぉ、リサ。そこにいるんじゃな?」
「ダンブルドア先生? あの、手紙が……えっと、どうしたんだろ………何か、開かな、くて……!」

肖像画の向こうで戸を押し開けようと奮闘するルーシーの声が聞こえるが、主を失くした肖像画はビクともしない。

「太った婦人が負傷してしまっての。入り口が塞がれてしまったんじゃよ」
「負傷? レディが? 何でそんな――」
「シリウス・ブラックに切り裂かれてしまったんじゃ」

向こうでルーシーが息を飲んだ。白々しい。心の内で吐き捨ててスネイプはじとりとダンブルドアを睨む。見事に予感的中だ。嬉しくない。

「あの、私はどうすれば……?」
「ひとまず、無事が確認出来て良かった。これから迎えを寄越すから部屋で待っているが良い。今夜は大広間で寝てもらおうかの」
「はぁ……分かりました。じゃあ、部屋で待ってます」

完全に声が聞こえなくなるとダンブルドアがスネイプを振り返った。相変わらずのスネイプからの視線を受け、今度は苦笑を浮かべて言う。ルーシーを迎えに行っておくれ、と。

「………我輩である必要が?」
「勿論、君にしか頼めないことじゃ」

白々しい。先程ルーシーに対して吐き捨てたそれを、今度はダンブルドアに向けて吐き捨てる。あくまで心の内で、だけれど。スネイプの心の声まで読んだかのように微笑むダンブルドアは、自分も広間に行くと告げてさっさと行ってしまった。
一人取り残されたスネイプは切り裂かれた肖像画を睨み付けたが、そうしていてもこの戸が開くことはない。舌打ちを零して箒を呼び寄せて跨ると、先程フォークスが出て行った窓から外へと飛び出した。

ルーシーの部屋はすぐに分かった。
女子塔の中で唯一灯りがついた部屋の窓へ近寄ると、驚いた顔のルーシーが窓を開け放つ。驚きに染まる顔を徐々に歪めていき、最後には笑っているような困っているような何とも言えない顔になっていた。

「大変だね、先生も」
「そう思うのなら余計な面倒をかけるな」

一歩退いたルーシーに促されて部屋の中に降り立った。部屋の中は生活感がまるで無い。必要最低限の物以外は全てトランクにでも入れているのだろう、ベッドのブランケットが歪んでいなければ、そこがルーシーのベッドであることさえ分からない程だ。
何とも味気ない。あの頃のルーシーだったなら、この部屋はもっと沢山の物で溢れていただろうに。
一体、自分の見ていたルーシーは誰だったのだろうか。どちらが本当なのか分からなくて焦燥感に駆られる。こんなこと、考えたくもないというのに。

「さっさと行くぞ」

乗れ。跨った箒の後ろを顎で指せば、一瞬。ほんの一瞬だけ難しい顔をしたルーシーがスネイプの後ろに移動した。床を蹴って数十センチ浮き上がり、確かに後ろに乗っていることを確認する。横座りのルーシーと目が合ったが、すぐに逸れてしまった。どちらが先に逸らしたのかは分からない。

「あの頃だってしなかったのに」

今更二人乗りだなんて。そう呟くルーシーの声に顔を顰め、スネイプは窓の外へと飛び立った。冷たい夜風が頬を撫でていくと、頭の芯まですっと冷えていったように思えて知らず詰めていた息を吐き出す。気付かない内に緊張していたのだろうか。

「何故パーティに出なかった?」
「どうして?」
「お前がパーティに出ていれば、こんな事をせずに済んだはずだ」
「あぁ……そうだね、うん。ごめんね、嫌だったね」

心が篭っているのかいないのか。分かり辛い返事にスネイプは鼻を鳴らした。

「シリウスは見つかった?」
「私が今、何をしているのか分からないのか?」
「閉じ込められたお姫様の救出でしょ」
「誰が姫だ」

性悪の魔女だろう。吐き捨てるとルーシーが声を上げて笑う。そうだね、だなんて。腹いせにスピードを上げれば、驚いたルーシーが慌てた様子でスネイプにしがみ付いた。腹に回る細い腕に全身を強張らせ、何とか「くっつくな」と声を絞り出すことに成功するが返ってくるのは「無茶言わないでよ」という尤もなもので。

どうしようもない。何て愚かなのだと自身を嘲ってみても、回された腕に速くなる鼓動をどうすることも出来ない。背中に感じる温もりなんて微々たるものでしかないのに、まるで陽の光を浴びているかのように熱い。箒の柄を掴む手が汗ばんでいることに気付き、そんな自分にまた自嘲する。
一体どうしろと言うのだ。縋るような思いで呟いたそれは、どうやら後ろにも届いてしまったらしい。腹に回る腕に緊張が走ったのが分かった。

「忘れちゃえば、良かったんだよ」

絞り出したような声が聞こえてきてスネイプは冷笑した。そんなこと、出来ればとっくの昔にしている。