ちっとも面白くない。
ネビルの祖母の格好をさせられたスネイプをじとりと睨みながら、ルーシーは苛立ちを隠すこともせず舌打ちをした。
グリフィンドールとスリザリンの仲が悪いことは知っている。昔っからそうだった。グリフィンドール生に厳しいスネイプが嫌われていることも知っている。そんなことはどうだって良い。
けれど、やはり面白くない。
彼を好きだと言う人間など自分だけで良いと思うのに、彼を馬鹿にされると腹が立って仕方がない。
腹を抱えて笑うハリー達を見て溜息を落としたルーシーは、続いて前に出たパーバティ・パチルの思考を読んだボガートがミイラに変身するのをぼんやりと眺めた。シェーマス・フィネガン、ディーン・トーマスと続き、今度はロンが前に出た。二メートル程もある大蜘蛛に変身すると、クラスの大半が悲鳴を上げて後退った。間近で見ることのない蜘蛛の顔は何とも不気味で、鋏をガチャガチャと動かすのを見るだけで背筋が寒くなる。
「リディクラス!」
恐怖を吹き払うかのようにロンが大声で叫んだ。蜘蛛を支える全ての脚が消え、胴体のみとなった大蜘蛛がゴロゴロと教室を転がり出す。悲鳴を上げる生徒達の間を転がり回った蜘蛛は、ハリーの足元の辺りで漸く動きを止めた。ハリーが杖を構えたその時――
「こっちだ!」
急に叫んだリーマスがハリーの前に進み出てきた。バチン。鞭で打ったような音が鳴り響き、リーマスの前に銀白色の玉が浮かぶ。
「リディクラス!」
リーマスが呪文を唱えると、銀白色の玉は風船へと姿を変えて再び教室中を飛び回り始めた。空気が抜けきるまで生徒達の間を飛び回り、まるで狙っていたかのようにルーシーの足元にぽとりと落ちる。
バチン。再び音が鳴った。
「きゃ……!」
叫んだのは誰だっただろうか。それを確認する暇もないままボガートは霞のようなものへと変わり消え去った。
「あ、あれ……?」
「どうなったの?」
誰かの囁き声が聞こえる。杖を握りしめたままルーシーはボガートが消え去った場所を睨むように見つめた。全ての音が遮断されてしまったかのように聞こえない。代わりに聞こえてくるのはどくどくと煩い心臓の音のみだ。杖を握る手に汗が滲む。
大丈夫。
大丈夫。
これは、ただのボガートだ。
何度も自分に言い聞かせながら深呼吸をすると、漸く周りの音が戻ってきた。クラス中の視線を感じながら徐ろに杖をしまい、リーマスににっこりと微笑んでみせる。
「すみません、倒しちゃったみたいです」
「そのようだ。――良く、やった」
足された褒め言葉にはぎこちなさが残っていたが、リーマスも落ち着きを取り戻したのだろう。パンパンと手を叩いてクラスの視線を自分に戻すと、ボガートと対峙した生徒たちとハーマイオニー、ハリーに点数をくれた。
「でも、僕、何もしませんでした」
「ハリー、君とハーマイオニーは授業の最初に、私の質問に正しく答えてくれた」
納得いかないという顔のハリーににこりと微笑むと、リーマスは生徒達を見回して宿題を言い渡し、授業の終わりを宣言した。
ハリー達と職員室を後にしようとしたルーシーをリーマスが呼び止めた。何かしらのアクションがあるだろうと思ってはいたが、まさかこんなに大っぴらにされるとは思わなかったルーシーは、驚きながらもハリー達と別れてその場に留まった。リーマス自身、もう少し上手くやれば良かったと思ったのだろうか苦い顔で頭を掻いている。
「すまない、呼び止めてしまって……」
「ご用件は?」
早くしなければ他の教師が帰ってきてしまう。余計な面倒事は御免だと告げれば、顔を強張らせたままのリーマスがボガートのいた箪笥へと視線を向けた。
「君、君の、ボガートは――」
「さぁ、何だったかな。よく見てなかったから分からないや」
「あれは! あれは、だって……」
拳を握りしめたリーマスがルーシーを凝視する。答えを求めるその視線にわざとらしく溜息をついてみせるが、あまり効果はないようだ。それならば、とルーシーはリーマスに向き直る。そして言うのだ。彼を傷付ける台詞を。
「君には関係無いよ」
「、」
「ハリーのボガートがヴォルデモートになると思ったのかな、あの子にやらせなかったのは良い判断だったと思うよ。けど、君のボガートはどうだろうね。あれじゃあ気付いてくださいって言ってるようなもんじゃない?」
答えずに拳を握りしめるリーマスに、ルーシーは薄く笑みを浮かべた。昔から何度も見ていたスネイプの笑い方だ、似せることなど造作もない。
「大丈夫? あの子を守る前に追い出されちゃうよ」
「っ、僕は――」
リーマスが反論しかけたその時、職員室の戸が開いた。変身術の授業を終えて戻ってきたマクゴナガルが驚いたように目を丸くし、リーマスとルーシーを順に見て僅かに眉を下げた。
「どうかしたのですか?」
「、何でも、ありません。ちょっと……」
「授業のことで質問があったので残ってただけです。ルーピン先生、ありがとうございました」
恭しく頭を下げ、リーマスの横を通り過ぎる。
「疑われてるのは、私だけじゃないよ」
通りすがりに囁いた声にリーマスがどんな顔をしたのかなんて、そんなの見なくても分かる。
きっと自分と同じ顔をしているのだろう。
唇を噛みしめながら職員室を出たルーシーは、人目を避けるようにして談話室へと戻っていった。