ドラコとルーシーが医務室に運び込まれて以来、スネイプは何度も医務室を訪れていた。
二人へ与える薬を持ってきた――そう言っては医務室を訪れるスネイプを、校医であるマダム・ポンフリーは「ありがとう」と迎えてくれる。おそらく知っているのだろう、スネイプが医務室を訪れる本当の理由を。
「ドラコ、具合はどうかね?」
「すみません、先生……まだ腕が上がらなくて………痛ッ、」
これ見よがしに痛がってみせるドラコの腕には、真っ白な包帯がぐるぐると巻き付けられている。ヒッポグリフはとても恐ろしい生き物だった、そんな生き物を授業で扱ったハグリッドも教師としてどうかと思う――大袈裟に弱ってみせながら言葉を紡ぐドラコは、さすがスリザリン生と言うべきか。
背後で呆れたように溜息を漏らすポンフリーに気付いていながらも、スネイプは無理をするな、完治するまでゆっくり休みなさいと良き寮監を演じてみせる。人を欺くことに関してはスネイプの方が遥かに格上だ。スリザリンの寮監らしき言動でドラコの入院を許可するスネイプの思惑に、ポンフリーは気付いているのだろうか。
ドラコのベッドを離れたスネイプは少し離れたベッドへと足を向ける。嫌だ。迷惑極まりない。そんな体を装ってカーテンを潜ると、ベッドには苦しげに浅く荒い呼吸を繰り返す少女が眠っていた。無意識に伸びた手が額に張り付いた髪を払う。少女の瞼がゆっくりと押し上げられていき、中から覗いた二つの目がスネイプを捉えた。
「薬だ」
努めて素っ気なく言い放ち、スネイプはルーシーに見えるようにゴブレットを掲げてみせる。自力で起き上がることが出来ないことは承知済みだ。サイドテーブルに薬を置いて起き上がらせてやると、少女が痛みに呻き声をあげる。それを無視してゴブレットを突き出せば、文句を言わずに受け取った少女は苦味に顔を顰めながら一気に飲み干した。
「今日で五日目になる。そんなに我輩の仕事を増やしたいのかね?」
「まさか」
空になったゴブレットをスネイプに差し出してルーシーが苦く笑う。そんなルーシーをじとりと睨み付けてスネイプはベッドに横になるのを手伝ってやる。本当なら触れることすらしたくないのだと、迷惑極まりないのだという表情を浮かべながら。
「無理やり子どもに戻した所為かも……」
独り言のように呟くルーシーに思わず舌打ちが漏れた。そんなの、聞きたくもない。
「無駄な悪足掻きなどせず、大人しくアズカバンにでも入れられれば良かったのだ」
「私は一体何の罪で捕まるんだろうね」
吐き捨てると、間髪入れずに苛立ちを含んだ声が返ってくる。
「あいつの子どもを産もうとしたことは罪になるの?」
「黙れ」
聞きたくもない。当時のルーシーならまだしも、今こうしてスネイプの目の前にいるのは三年生の頃のルーシーだ。
幸せな時を共に過ごしていた頃のルーシーだ。自分たちを否定する言葉なんて、聞きたくもない。
関係ない。目の前にいる少女は、何でもない。
自分にはルーシーがいる。自分の中であの頃のまま生き続けているのだ。
そうやって自分に言い聞かせても、目の前にいる少女の全てがスネイプの心を揺らがせる。
関係などない。あるはずがない。それなのに、どうしたって無視しきれない。痛みなど、感じたくもないのに。
「………薬、ありがとう」
痛みに顔を顰めながらルーシーがもぞもぞと寝返りを打つ。こちらに向けられた小さな背にすら傷を負っていることを少女は知らない。知ろうとしていない。それがまた腹立たしくて、悔しくて、悲しい。
押し寄せる感情を振り払うようにマントをばさりと翻し、スネイプはルーシーのベッドを後にした。
背を向けたかつての恋人が必死に涙を堪えていることになど、気付けるはずもない。
ドラコとルーシーが退院したのは次の週の木曜日だった。
魔法薬学の授業に遅れてやって来たルーシーに謝罪させ――当然ながらドラコには何も言わなかった――、授業を再開する。当たり前のようにハリーの隣に荷物を置くルーシーを尻目に、スネイプはスリザリンの席を回っては上手く出来た生徒に加点していった。
大丈夫? 大丈夫だよ。そんなやり取りをする声が聞こえてきて吐き気すら覚えてしまう。
どうして。何故。一体どうしたらハリーに笑いかけることが出来るのか。
ジェームズ・ポッターと同じ顔をしたハリーに。
リリー・エヴァンズと同じ目をしたハリーに。
「心配してくれてありがとう」
そう言って笑うルーシーの顔など、見れるはずもなかった。
ロンの隣に鍋を据えたドラコの意図を正しく理解し、腹いせ混じりにロンやハリーにドラコを手伝うように指示する。
親友だった彼女と同じ目が恨めしげに見上げてくることに少しばかり苦いものを覚えたが、それでもその顔は大嫌いな男と瓜二つだと思うと手加減など出来るはずもない。
「ポッター、マルフォイのイチジクを剥いてあげたまえ」
「………はい、先生」
悔しげな顔に溜飲を下げたスネイプはふいと顔を背けて今度はグリフィンドール生たちの間を回り始める。勿論、減点する為だ。
ルーシーの方を見ることは出来なかった。
授業の終盤、一通り教室を回り終えたスネイプの耳に飛び込んできたのは、とても愉しげなドラコの声。
「ポッター、君、知らないのか?」
視線を向けないまま耳を傾けていると、ドラコの嘲るような声がハリーに紡ぐ。
「僕なら、自分でブラックを追い詰めるけどね」
何気ない様子で振り向けば、ドラコがニタリと顔を歪めてハリーに笑いかけていた。
お前は何も知らないのか。可哀相に。何も教えてもらえないなんて。ハリーの神経を逆撫でするような声で続けるドラコを、ルーシーが顰め面で睨み付けているのが見えた。
何故。裏切ったくせに。
自分だってシリウス・ブラックと同じのくせに。
「材料は全て加えたはずだ。この薬は服用する前に煮込まねばならぬ」
煮ている間に片付けをすること、ネビル・ロングボトムの作った薬を試すことを告げてスネイプは教卓へと戻っていった。
聞こえない。
「ハリーに余計なこと言わないで」
聞こえない。
「あの子を危険な目に遭わせたら、許さないから」
聞こえるはずがない。違う。
そんなこと、あの女が言うはずがないのだから。