18


あぁ、またこの夢だ。真っ暗な空間に一人ぽつんと立ち尽くしてルーシーは思った。
やがて小さく仄かな灯りが前方に現れる。柔らかく暖かな光は闇を押しのけるようにしてその大きさを増していき、そして映し出すのだ。あの頃の楽しかった想い出を。
泣きたくなる程に優しく温かい光の中で映る、どこまでも平凡でどこまでも幸せだった日常。

――どうして助けてくれなかったの?

一緒に悪戯を仕掛けて笑い合った後に。
揃いのパジャマを着て同じベッドに潜り込み、沢山お喋りをした後に。
母と三人、笑顔で食卓を囲んだ後に。
いつもの空き教室で手を繋ぎ、唇を触れ合わせた後に。

彼らは最後にそう問いかけてくる。いつだって同じだ、変わらない。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。いつだってそう謝罪の言葉を連ね、ルーシーは足元から落ちる感覚に襲われる。光はあっという間に見えなくなり、どこまでも深い奈落の底に落とされながらただただ思う。

次こそは失敗しないから。
必ず護るから。
その為なら何だってしてみせるから。

だから、どうか――どうか死なないで。




びくりと身体を大きく震わせてルーシーは目を覚ました。どくどくと耳の奥で煩く鳴る鼓動の音に呼吸が速くなる。
いつもと同じだというのに、落ちていくあの感覚はいつまで経っても慣れそうにない。深く深呼吸をして上体を起こそうとすると、背中に激痛が走った。思わず呻き声を上げて強く目を瞑る。
あぁ、そうだ。ヒッポグリフの爪にやられたんだった。痛みを逃がすように何度も深呼吸を繰り返し、少しばかり痛みが引いてきたところで漸く溜息を一つ落とす。死ぬほど痛いとはこういうことだろうか。

医務室は暗く静かだった。どこからか入り込んだすきま風がベッドの周りに引かれたカーテンの裾を靡かせているのが見える。喉が渇いたなと思ったその時、遠くから聞こえてくる誰かの足音。深夜の見回りだろうか。瞼を下ろして徐々に鮮明になっていく足音に耳を澄ませていると、音が突然ぴたりと止んだ。医務室の前だ。
戸が開閉する音がして、再び足音が鳴りだす。真っ直ぐにこちらに向かってきたそれは、カーテンの向こうで再びぴたりと止んだ。そっと瞼を開くと薄いカーテンの向こうに微かに黒い人影が見える。

「………だれ?」
「起こしたか」

カーテンを開ける音と共に聞こえた声に、ルーシーは微かに目を見開いた。ほんの僅か顔を動かしてみると見えるその人物の姿に「どうして」と掠れた声が洩れる。

「そろそろ痛み止めが切れる」

感情の篭らない声が淡々と告げる。
ベッド脇に設置されたサイドテーブルの上にゴブレットを置いたスネイプは、テーブルの上に備えてあったランプに灯りを点した。暗闇に慣れた目には仄かな灯りでさえ辛い。僅かに目を細めたルーシーに気付いたらしいスネイプがさり気なくランプを遠ざけてくれたが、礼を言おうと口を開きかけたことに気付くと遮るようにしてゴブレットを突き出してきた。

「飲め」

それ以外の言動は許さないとばかりに目の前に差し出されたゴブレットを見つめ、ルーシーはわざとらしく溜息をついてみせる。

「動けないの」
「手間をかけさせおって」

吐き捨てたスネイプがゴブレットをテーブルに戻した。
伸びてきた手がルーシーの身体の下へと潜り込んで起き上がらせてくれる。傷に響かないように気を遣ってくれてはいるのだろうが、それでも痛いものは痛い。思わず呻き声を上げれば「我慢しろ」と素っ気ない言葉をかけられた。
何とかして薬を飲み干してベッドに潜り込む。口の中に残る薬の苦味に顔を顰めていると、ゴブレットを片付けてランプの灯りを消したスネイプが傍らに立ってこちらを見下ろした。

「――何故あの子を助けた」
「……ま、何となくね」
「ルシウスの子だからか?」
「”あの子”だったら助けなかっただろうって?」

答えないスネイプにルーシーは薄らと笑みを浮かべた。馬鹿馬鹿しい。こんな問答、何もかもが無意味だ。

「背中、誰かに見られちゃった?」
「………我輩とマダム・ポンフリー以外は見ていない」
「そう、良かった」

呟いてルーシーは目を閉じた。違う。本当はちっとも良くない。
ハリーたちには見られたくなかった。それは何? と聞かれたら答えることが出来ないから――けれどそれよりも。
何よりも、スネイプに見られたくなかった。強く目を瞑ったルーシーが痛みに耐えているのだと考えたのだろう、スネイプは「じきに薬が効く」と言いながらルーシーの額に張り付いた前髪を払ってくれた。

「………つめたい」

額に触れた指先の感想をぽつりと漏らせば、じっと自身の指先を見下ろしたスネイプは徐にマントを翻してルーシーに背を向けた。

「寝ろ」

去っていく背中を見つめながらルーシーは声に出さず唇を動かす。

”――行かないで”

こっちを向いて、傍にいて。いなくならないで。
口に出せないそれらを呑み込んでルーシーはそっと目を閉じた。

触れた指先が微かに震えていたことに、気付かないわけにはいかなかった。