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昼食を終えると、ルーシーたちはすぐに城の外へと出た。
昨日の雨はすっかり上がり、澄み切った空を見上げながら大きく息を吸い込めば、綺麗な空気が肺の中を満たしていくような気がした。

「うわ、地面ぐちゃぐちゃ……」
「仕方ないわよ」

ぬかるみを避け湿った草地を踏みしめながら、四人は『魔法生物飼育学』の授業を受ける為にハグリッドの小屋へと向かった。禁じられた森の端に位置するハグリッドの小屋の周りには、ルーシーたちが少し身を屈めれば隠れてしまえる程大きなかぼちゃが栽培されている。毎年、このかぼちゃたちがハロウィンの日に城を飾るのだ。今年の出来も良さそうだと、かつてハロウィンパーティの夜にかぼちゃを操って遊んでいた頃を思い出してルーシーは微かに頬を緩めた。

ハグリッドの小屋へ向かっていると、赤と金のネクタイ以外の色がちらほらと見えた。その色がグリフィンドール生にとって天敵とも呼べる色だということに気付いてひくりと頬を引き攣らせる。仲の悪さを知っているのだからいっそ隔離してしまえば良いのにと思うが、あの頃そんなことをされていたら間違いなく憤慨していただろうと思うと自分勝手なことは言えない。けれど。

「げ」

斜め前を歩くロンから呻き声が漏れたのが耳に届いてしまえば、せめて彼らは隔離した方が良いのではないかと思うのだ。まさかハリーが父親のそういう面も受け継いでいるなんて思いたくもないが、親友の子が誰かを虐める姿なんて見たくはない。それがスリザリン生だというのなら尚更だ。ロンの隣で顰め面になるハリーの横顔をちらりと見ながら、ルーシーはどうしたものかと頭を掻いた。

「さぁ、急げ。早く来いや!」

ハグリッドは小屋の前に立っていた。

「今日は皆に良いモンがあるぞ! 凄い授業だ! 皆来たか? よーし、ついて来いや!」

緊張しているのか興奮しているのか。どこかぎこちない動きで先を進むハグリッドの背を眺めていると、隣でハーマイオニーがくすくす笑うのが聞こえた。視線を送れば、気付いたハーマイオニーが声を潜めながらハグリッドを指す。

「手と足が一緒に出てるわ」
「あぁ、ほんとだ」

どうやら物凄く緊張しているらしい。その巨大な体躯に似合わず繊細な彼は、きっと初めての授業をどんな風にしようかと必死に考えてくれていたのだろう。生徒がハリーというのなら尚更だ。ぎこちなく歩くかつての友人の背中を見つめながら、ルーシーとハーマイオニーは小刻みに肩を揺らし続けた。

「皆、ここの柵の周りに集まれ!」

放牧場のような拓けた場所に着くとハグリッドが言った。
生徒たちが横いっぱいに広がって柵越しにハグリッドを見つめると、向けられる多くの視線に緊張したのかゴホンと大きな咳払いを一つしたハグリッドは徐に両手を広げて言う。教科書を開け、と。

「どうやって?」

即座に返したのはマルフォイの冷めた声だった。取り澄ましたその物言いに嫌でも父親の姿が重なって見える。

「あぁ?」
「どうやって教科書を開けば良いんです?」

何言ってるんだお前、というような顔をしたハグリッドにドラコが苛立ちを隠しもせずに繰り返す。怪物的な怪物の本――この教科で使用する教科書のタイトルだ。何とも物騒な名を持つ教科書は、用意された時から既に紐でぐるぐる縛られていた。添えられていたメモには「授業まで解かないように」と不安しか抱けない文。ドラコの疑問も尤もだった。
見てみれば他の生徒たちも同じように紐やベルトで縛ってあったり、袋にぴったりと押し込まれていたり。大きなクリップで挟んであるのを見て、ルーシーは何となくこの教科書がどういうものなのかを察した。ハグリッドらし過ぎて泣けてくる。

「お前さんたち、撫ぜりゃー良かったんだ」

呆れたように言いながら、ハグリッドがスペロテープで閉じられたハーマイオニーの教科書をひょいと取り上げる。隣に立つルーシーになど視線もくれずに彼は教科書を縛るテープをビリビリと引き剥がし、途端に大きく口を開いて暴れだした教科書の背表紙を優しく一撫でした。ぶるりと震えた教科書が途端に大人しくなる。おぉ、と漏らした感嘆の声はドラコの演技がかった声に掻き消された。

「あぁ、僕たちって、皆、何て愚かだったんだろう! 撫ぜりゃー良かったんだ! どうして思いつかなかったのかねぇ!」

嫌な奴だ。ひくりと頬を引き攣らせながらルーシーはこみ上げる溜息を飲み込んだ。
かつてルーシー・カトレットとして入学した頃、彼の父であるルシウス・マルフォイは既に五年生だった。このような子どもじみた嫌がらせなどせず、ただ誰も彼をも見下していただけだった。それはそれで腹が立ったが、近寄らなければ良かっただけの話だ。彼と同級生だった先輩方は大層苦労しただろうが、四年も離れていれば目が付けられることもそうない。
けれどその息子は今同い年になっていて、ハーマイオニーとロン曰くやたらハリーにちょっかいを出してくるらしい。うわぁ、面倒臭いと思ってしまうのも無理はないと思う。

「お、俺は、こいつらが愉快な奴らだと思ったんだが……」

マルフォイの皮肉にハグリッドはしどろもどろになりながら教科書を強く握り締めた。呻き声が聞こえたのはおそらく気の所為だと思いたいが、それがハーマイオニーの教科書だと彼は気付いているのだろうか。

「あぁ、恐ろしく愉快ですよ! 僕たちの手を噛み切ろうとする本を持たせるなんて、全くユーモアたっぷりだ!」
「黙れ、マルフォイ」

ハリーの冷めた声に辺りが静まり返った。
二人の仲が良くないということは列車で会った頃から知ってはいたけれど、さすがにここまでだとは思っていなかった。親友と同じ緑色の目が眇められてマルフォイに向けられている。出来ればあまり見たくはなかったかもしれない、なんて身勝手なことを考えてしまった自分を恥じたルーシーは、ハリーから逸らした視線を手の中の教科書へと落とした。
縛っていた紐を解いた途端に暴れだす教科書の背表紙をそっと撫でると、教科書は先程見た時と同じようにぶるりと震えて大人しくなった。隣のハーマイオニーの腕を肘でつつくと、ルーシーの言わんとすることを察したハーマイオニーが即座に手を挙げる。

「先生、教科書開きました!」
「あ、あぁ……えーと、そんじゃ……こんだぁ魔法生物が必要だ。うん、そんじゃ、俺が連れて来るから待っとれよ」

大股で森へと入っていくハグリッドの大きな背中を見送ると、ルーシーとハーマイオニーは揃って安堵の息を漏らし苦笑を浮かべた。