宴が終わると、生徒たちはそれぞれの寮へと戻り始めた。広間の外へと向かう生徒たちの波に逆らって教員席へ向かうルーシーを呼び止めたのは、いつの間にか広間に来ていたハリーだった。
「いつ来たの?」
「組み分けが終わった後だよ。君、グリフィンドールになったんだ!」
「あぁ……うん、よろしくね」
「よろしく!」
満面の笑みを浮かべるハリーに、自分はちゃんと笑い返せているのだろうか。
ハリー、ロン、ハーマイオニーと連れ立って教員席へと向かうと、気付いた教師たちからの視線が突き刺さる。
「おめでとう、ハグリッド!」
ハーマイオニーが上げた声に振り向いたハグリッドもまた、ルーシーに気付くと顔を強ばらせた。けれどすぐにハリーたちに向き合い笑顔を浮かべる。上手く隠しきれない所が如何にも彼らしい。
「リサ」
穏やかな声に振り返ると、小さな木箱を持ったダンブルドアが優しく微笑みながらそこにいた。その傍らにはマクゴナガルとポンフリーの姿もある。苦々しげな顔をした教師たちの視線に混じるリーマスとスネイプの視線にそっと目を伏せたルーシーは、微かに震える手をぎゅっと握り締めるとわざとらしいほどにっこり笑った。
「お久しぶりです」
「えぇ、本当に……」
何と言ったら良いか分からない。マクゴナガルの顔がそう言っていた。
無理もない。自分がマクゴナガルの立場だったら同じように言葉に詰まってしまうだろう。
「覚えて、いるんですね」
「はい……覚えてます――全部」
おそらくそれが聞きたかったのだろう。小さな声で付け足したそれに、ポンフリーとマクゴナガルが息を呑んだ。
「君の杖じゃ」
「ありがとうございます」
受け取った木箱を開けると、ずっと昔にダイアゴン横丁で購入したルーシーの杖が姿を見せた。
「ハンノキ、12.5センチ。芯はドラゴンの心臓の琴線で、驚くほどしなる――昨日のことみたい」
オリバンダーの店で手に入れた、世界でたった一つしかないルーシーだけの杖。そっと杖へ手を伸ばすと、まるで呼応するかのようにじわり、じわりと杖が熱を帯びた。
あの頃は、ただ楽しかった。
ホグワーツに入学するのが待ち遠しくて、毎日アリアと色んな話をした。ホグワーツ特急でリリーとスネイプに出会って、それで――。
ちらりとスネイプへ視線を向けると、真っ直ぐにこちらを見つめる感情の読めない真っ黒な目とかち合う。目が合っても動揺しない彼は、なるほど、列車の中でハリーたちに聞いた通りだ。スリザリンを異様に贔屓して、グリフィンドール生を――特にハリーを――目の敵にしている。今年からはそこにルーシーの名も連ねることになるのだろう。
「吸魂鬼が現れたコンパートメントに君もいたそうじゃの」
「はい、でも大丈夫です。チョコレートをもらいました」
ダンブルドアの青い目が真っ直ぐにルーシーを見つめている。
分かっている。ダンブルドアの言いたいことはそれじゃない。
「先生は……私が吸魂鬼に影響されると思いますか?」
小さな小さな問いかけにダンブルドアはその青い目を僅かに見開き、やがて静かに目を伏せた。真っ白な髭を撫で付ける手は記憶の中のそれより細く皺が増えたようにも思える。それだけの年月が経ったのだと思うと、無性に泣きたくなった。
あの頃、何度も遠い未来に想いを馳せた。
自分さえ耐えれば、彼らの未来は明るいものになっているだろうと、そう信じていた。ルーシーの裏切りに傷付いた彼らは、長い年月を経た頃には幸せを手に入れているはずだと。
なのに、どうだ。
思い描いた未来は今ここに無い。
ジェームズは死に、リリーも死に、ピーターも死んだ。
シリウスは裏切り者としてアズカバンに収監され、脱獄した今、親友の息子であるハリーを狙っているという。
リーマスは孤独に押し潰されそうになりながら、この長い年月を生きてきた。彼を絶対に独りにしないと、彼らと誓い合ったのに。
そして、スネイプは。
「私は、何の為に……」
それ以上は言葉にならなかった。
駄目だ。泣くな。気付かれてはならないのだから。
こみ上げる涙を飲み下して、ツンと痛む鼻で大きく息を吸い込んで。
ルーシーはにっこりと微笑み恭しく頭を下げた。
「これから、よろしくお願いします」
どうか、今度こそ――そう願いながら。