06


「リサはずっと日本にいたの?」

車内販売で購入した魔女鍋スポンジケーキを頬張りながら、ハリーは向かいに座る少女に問いかけた。
今年からホグワーツに転入するのだという彼女は、何というか不思議な人だ。ハリーはそう思った。
ハーマイオニーと同じくらいの身長だろうか。座っているから正確なところは分からないが、並んで座る二人を見ると大体それくらいなのだろうと思う。

やや幼い顔つきの彼女は、けれどその顔に浮かべる表情はどれも似つかわしくない程大人びているように見える。
どうしてそう思うのだろう。自分でも不思議で仕方がないが、何故かこのリサ・サクライという女生徒が気になって仕方ない。

「そうだよ」
「じゃあ君、こっちでの事とか何も知らないの?」
「こっちでの事?」

ロンの言葉に首を傾げるその姿も、きょとんと丸くした目も。
より幼く見えるその仕草は彼女の姿に合っているというのに、何故か違和感を拭えない。
何故そんな事を思うのだろうか。難しい顔で腕を組んだハリーは、ふとこちらを見つめる視線に気付いて顔を上げた。

「ハリー・ポッター」

リサがハリーの名を口にする。

「知ってるよ、本で読んだ」
「そう、なんだ……」

あれ? 内心首を傾げつつハリーは苦い笑みを返した。
何だろう、これは。リサに感じていた違和感が更に強くなった気がした。

「じゃあ君の親も魔法使いなの?」
「お母さんがホグワーツに通ってたよ。お父さんはマグルだけど」

何だろう。どうして自分はこんなにも彼女が気になって仕方ないのだろうか。
戸惑いを隠せずにじっと見つめると、不意にこちらを見たリサが微笑む。
あぁ、まただ。ハリーはぎこちない笑みを返し、こっそり溜息を落とした。

「皆の家は? どっちも魔法使いなの?」
「僕はそうだよ」

楽しげなロンはハリーのような違和感を覚えなかったらしい。チラリとハーマイオニーの方を見るが、やはり彼女もロンと同じように笑っている。
どうして自分だけ――? ケーキを食べるフリをしながら顔を俯かせたハリーは、自分抜きで交わされる会話に耳を傾けた。

「私の親はどちらもマグルなの。だから手紙が来た時はビックリしたわ」
「確かに、いきなりふくろうが手紙を運んできたら驚くよね」
「パパもママも凄く驚いてて……でも、凄く喜んでくれたのよ」

家族を話題にした彼らの会話はとても楽しそうで、けれどハリーは拭えない違和感が気になって混ざることが出来ない。何が引っかかっているのかすら分からなくて、それが無性に気になって仕方がなくて。

「――あ、」

そうか。呟いたハリーに視線が集まる。

「どうしたんだ?」

何か忘れた? 首を傾げるロンに何でもないと笑みを返して、ハリーはそっとリサを盗み見た。

あぁ、そうか。分かった。
違和感の正体が漸く分かったことにホッとして、自然と笑みが浮かぶ。

聞いてこなかった。
ハリーを知っていると言ったリサは、ハリーにヴォルデモートの事を一切聞いてこなかったのだ。
まるで意図的にその話題を避けているかのように、彼女はハリーの過去について、あの夜の事件について何も聞いてこない。

「僕――僕の両親も、魔法使いと魔女だった」

無意識に口から出た台詞にハリー自身も驚いた。
話したいと思ったことはなかった。だって何も覚えていないから。他人からどれだけ自分が有名なのかを聞かされても、どうもピンと来ない。当事者である自分だけが置いてけぼりを食らっているような気分になるからだ。

「そうみたいだね」

返ってくるリサの台詞はやはり当たり障りのないもので。
好奇心に負けて尋ねてきたロンとも、色んな本に載っていたと教えてくれたハーマイオニーとも違う。
まるで触れてはいけない話題だと知っているかのように彼女は返事をする。子どもらしさが感じられないそれに、また違和感を覚えた。

「『例のあの人』は今もハリーを狙ってるんだ」

声を潜めながらロンがリサに言った。

「今も……?」
「生きてるんだよ、あの人は。去年も、一昨年もハリーを狙ったんだ!」
「ちょっと、ロン……」
「皆が知ってることだろ」

リサが怯えると思ったのか、窘めるハーマイオニーを躱してロンは再び声を潜めて語りだす。
一昨年の賢者の石を巡る冒険を。去年の秘密の部屋に関する事件を。

「そうだったんだ……」

武勇伝――いくらか脚色されていた――を聞き終えたリサがハリーを見る。

「運が良かったんだよ」

ハリーは咄嗟にそう答えた。
実際、助かったのは運が良かったからだと思っている。けれどそうとは考えない友人たちはハリーを『特別』だと持て囃すのだ。本当は魔法界のことなど何も知らないただの少年だというのに。

「そうだとしても……凄いね」

眩しそうに目を細めるリサの視線が居た堪れない。

「ロンも、ハーマイオニーも」

照れくさそうに笑う親友たちに笑いかけるリサの顔が、泣きそうに見えたのは気の所為だろうか。