教師×生徒 [浮気]


シーツが波打つベッドの上、気怠げな面持ちでブランケットに包まりながら、ルーシーはこちらに背を向けて服を着ている男をぼんやりと眺めていた。
漆黒のローブを身に纏った男は、異常なまでに多いボタンを全て留め終えるとルーシーを振り返り、ベッドに乗り上がった。両肩に乗せられた手に力が篭ると、自然と身体が後ろへと傾いでいく。抵抗することなく、ルーシーは再びベッドへと身を沈めた。

「皺になっちゃいますよ」

日頃、皺一つないローブを身に纏っている男にそう言えば、男は肩口に埋めていた顔をゆっくりと上げてルーシーの頬に唇を寄せた。

「どうとでもなる」
「でしょうね」

男の唇に自らのそれを寄せながら、ルーシーは僅かに口端を上げた。男の首に腕を回すと、当然のように男の腕がルーシーの腰へと絡み付く。

「あーあ、もう時間ですね」
「……そうだな」

壁に掛けられた時計を見ながら呟いた男は、名残惜しむようにそっとルーシーの頬を撫でるとゆっくりと身体を起こした。ベッドから下りていく男を見つめながら、ルーシーは小さく息を吐いてそっと目を閉じた。




「失礼します」

開け放たれた扉の前で一つお辞儀をすると、頭の上から降ってきたのは鼻を鳴らしたスネイプの低い声。

「次からはもっと早く終わらせたまえ。我輩とて、そんなに暇ではないのでね」
「量を減らしてくれさえすれば、すぐに終わるんですけどね」
「どうやら君は何故罰則を受けたのか分かっていないらしい。我輩にそのような口の利き方は赦さん」

冷えきったその声に肩を竦めれば、すぐさま鋭い視線が向けられる。ルーシーはもう一度お辞儀をすると逃げるようにその場を後にした。
気怠い身体を引きずるようにして玄関ホールへと続く長い階段を上りきったルーシーは、丁度職員室へ繋がる廊下から出て来た男子学生を見付けて頬を緩めた。

「アルダ」

声をかければ、アルダと呼ばれた学生はルーシーを見て顔を綻ばせて駆け寄ってきた。

「やぁ、ルーシー。大丈夫かい?」
「うん、大丈夫。そっちも平気? ごめんね、私の所為で罰則になっちゃって……」
「構わないよ。スネイプの奴、自分が独り身だからって妬いてるんだ。僕らが仲良くしてるのが悔しいんだよ」
「あははっ、そうかもね」

アルダの手がルーシーの腰へと回る。

「談話室に戻るだろう?」
「ん、お菓子食べたいな」

顔を寄せてくるアルダの肩に頭を擦り寄せれば、アルダは途端に顔を顰めた。

「アルダ?」
「スネイプの臭いがする」
「え……、」
「ずっとあんな奴の所にいたからだ。アイツ、いっつも薬臭いんだよなぁ」
「……そうだね、今日は念入りに洗わなきゃ」

小さく笑ってみせれば、アルダは「早く談話室に戻ろう」とルーシーの腰を抱いたまま足を踏み出した。

「ここにいると、またアイツに見つかって罰則にさせられちゃうかもしれないだろ」
「――うん、早くお菓子食べたい!」

アルダに腰を抱かれたまま談話室に向いながら、ルーシーはそっと自身の髪を指に絡める。一房掴んでそっと鼻に近付けると、ふわりと鼻腔を擽る香りに静かに微笑んだ。




「では、始めたまえ」

シンとした教室にスネイプの静かな声が広がる。生徒たちは一斉に鍋や材料を用意して調合を始めた。グリフィンドールの席にいたルーシーも用意を終えて調合を始めた。向かいにはアルダの姿があり、時折ふと顔を上げた時に目が合うと、どちらからともなく僅かに微笑む。
生徒達の調合の出来を見る為に教室内を歩き回っているスネイプは、スリザリン生の間を通りながら、時折その調合を褒め、加点してグリフィンドール生の元へとやって来た。

「茹で時間はきっかり五分と申し上げたはずだが? これでは必要なだけの量が採取出来ん。やり直したまえ。グリフィンドール五点減点」

「等間隔に切る事すら出来ないのかね?」

「ほう、調合中に欠伸とは随分と余裕があるのですな。よろしい、授業の終わりに君の薬の成果を見せて頂くとしよう。授業態度の悪さに十点減点」

グリフィンドール生の間を通るたびに何度も出てくる減点という言葉に、ルーシーはこっそり溜息を零した。よくもまぁ、ここまでスラスラと嫌味が出てくるものだと感嘆せずにはいられない。

「Miss.カトレット、それは何かね?」

ルーシーの元にやって来たスネイプがルーシーの手元にあるモノを見て片眉を上げながら尋ねた。ルーシーはスネイプを振り返ってから自分の手元を見下ろし、それから黒板を見て口を開いた。

「今日の薬は『生ける屍の水薬』です」
「それがかね?」

ルーシーの鍋を指して口元を歪めるスネイプに「見えませんか?」と聞き返せば、スネイプは嘲笑うかのようにルーシーを見下ろしてからルーシーの教科書へと手を伸ばした。

「この教科書通りに作る事が出来れば、少なくともそのような代物になる事は無いのですがね」
「教科書の作り方が間違っていたんでしょうね、別の教科書に変えた方が良いかもしれません」
「そう思うかね?」
「思いませんか?」
「グリフィンドール二十点減点。我輩にそのような口の利き方をする事は赦さん」

ぴしゃりと言い放ち、スネイプがルーシーの教科書を閉じて机の上に置く。グリフィンドール生達から小さな溜息のようなものが零れ落ちる中、ルーシーは未だ教科書の上に置かれたスネイプの手を見下ろしていた。鍋と身体との狭い隙間に置かれた教科書に乗せられたスネイプの小指に、誰にも見つからないように自らの指を掠める程度に触れさせると、僅かな面積で触れ合った指先がじんわりと熱を帯びていくのが分かった。

薬品を扱う筋張ったこの手がほんの数日前に自分の身体を滑っていたのだと、ルーシーは小さく息を漏らした。カサカサと荒れていたこの手は、擽ったいと思うと同時に確かな快楽を与えてくれた。
そんなルーシーの思考を読んだかのように、スネイプの長く細い指が本の背表紙を撫でる。ゆっくりと離れていく手を視線で追ったルーシーは、その向こうにあるスネイプの顔を見上げた。こちらを見下ろす二つの漆黒の中に妖しい光を認めたルーシーは、きっと自分も同じ目をしているのだろうとぼんやりと思った。

「最初から作り直したまえ。この教科書通りに、だ」
「何処が間違っていたんでしょうね、私には皆目見当もつきません」
「君がこの六年間、真面目に我輩の授業を受けてきたのであれば、答えはすぐに見つかるはずだ。さっさと始めたまえ」

離れていくスネイプの背を見送ったルーシーは、深呼吸を一つしてから向かいに立つアルダを見た。同じようにスネイプが遠ざかるのを盗み見ていたアルダがルーシーを見て小さく笑う。

「怒られちゃった」
「みたいだね」

新しく調合し直す為に準備をしながら、ルーシーはそっと自身の指に触れた。触れ合った指は未だ熱く感じられ、吐き出した息は自分でも分かる程に甘さを含んでいた。

「各自、この薬についてのレポートを纏めてくること。羊皮紙二巻、来週の月曜までだ」

終業のベルが鳴り、生徒達が教室を出ていく。ノロノロと片付けをしているルーシーを待つアルダに「先に帰ってて良いよ」と告げると、さすがに魔法薬学の教室に留まりたくはないのか、アルダは「談話室で待ってる」と告げてさっさと教室を出て行った。
最後の一人が教室を去り、扉が閉まると同時にルーシーはスネイプに向かって駆け出した。

「まだ廊下に誰か残っているのではないかね?」

相変わらずの教師口調で冷めたように答えるスネイプの胸倉を掴み、自らの唇を押し付ける。すぐに離れた互いの唇から零れた吐息は確かに熱と甘さを含んでいて、ルーシーは小さく微笑んだ。

「先生だってその気のくせに」
「あんな目で見つめられれば、誰だってそうなる」
「先に仕掛けてきたのは先生の方でしょ」

腰に回った腕に力が篭ると同時に、ルーシーは再びスネイプに唇を寄せた。応えるようにゆっくりと降りてきた唇は触れるか触れないかのところでピタリと静止し、吐息混じりの言葉が降ってくる。

「良いのかね? 君の恋人が待っているようだが?」
「先生だって、今日は奥さんが来る日なんでしょ? さっきメモ寄越したじゃん」
「生憎と、アレが来るのは夜なのでね」
「もういい、聞きたくない。早く――」

言い終わる前に唇が降ってくる。机の上に座らされ、舌を絡めながらルーシーはスネイプに強くしがみついた。
これが悪い事だということは百も承知だ。それでも、手を伸ばさずにはいられない。求めずにはいられない。

「、セブルス」

吐息の合間に名を紡げば、それすら飲み込むかのように更に深い口付けが与えられる。角度を変えて何度も触れ合わせた唇は既に感覚を失っていて、まるで自分の心のようだとルーシーは思った。

「ルーシー」

耳元で囁かれる自分の名前は、こんなにも甘い。自分の名前が好きだと思ったことはないが、スネイプに呼ばれるだけで特別なものに思えてしまうのだから不思議だとルーシーは小さく笑った。

「どうした?」
「何でもない、ね、もっと――」

見下ろす漆黒の双眸は怪しい光と共に優しい光をも湛えている。唇を寄せてキスを強請れば、再び甘く蕩けるような口付けが与えられた。




「遅かったね、どうしたの?」

談話室に戻ると、すぐにやって来たアルダが心配そうに尋ねてきた。

「ちょーっと口答えしたら罰則になっちゃった」
「あー……お疲れ様」

苦笑を浮かべながらルーシーの頭を優しく撫でるアルダに微笑を浮かべる。

「ごめんね、疲れちゃったから部屋に戻るね」
「大丈夫かい?」
「ん、平気。また夕食にね」

女子寮へ続く階段を上り、部屋へと戻る。同室の友人達は部屋におらず、ルーシーは自分のベッドに倒れ込むと大きく息を吐き出してそっと目を閉じた。

いつか、この関係は終わってしまうのだろう。それでも、とルーシーは思う。

「………愛してる」

彼の前で口にすることの出来ない言葉を声に出してみると、その陳腐さに自嘲の笑みを浮かべた。

「そんな言葉じゃ足りないの」





もっと深く、もっと強く





「狂ってる」と囁いたルーシーは、唇で弧を描いた。