教師×生徒


”貴方は、セブルス・スネイプという人間をどう思いますか?”

私は『嫌いです』と答える。きっと、ホグワーツ内の殆どの人間が賛同するだろう。
スリザリン寮監、魔法薬学教授、肩書きはいくつかあるけれど、生徒達にセブルス・スネイプはどんな人間かと問えば、陰険、邪悪、スリザリン贔屓、根暗などといった負の感情が篭りまくった返答がもらえるだろうし、かく言う私も、同じような返答をするだろう。

嫌いな人には極力近寄らない。十数年という短い人生の中で学んだ事だ。嫌いな人に近付いたって良い事は無い。遠く離れ、いないものとして振舞うのがベストだ。

しかし、どんなに嫌いでも距離を取れない場合がある。相手が教師だったり、自分より目上の人間だった場合だ。勿論それは、セブルス・スネイプにも言える事で――

「ハッフルパフのカトレットです」

ノックをして扉の向こうにいる人物に自らの名を告げれば、入りたまえという言葉が帰ってきた。扉を開けた先にいるのは先程から散々挙げているセブルス・スネイプその人だ。

「あの……呼ばれていると聞いたのですが……」
「あぁ、次の授業で返却する予定のレポートだ。準備室へ運んでおきたまえ」
「はい」

レポートくらい自分で持って来いよ、なんて口が裂けても言えない。他の寮や他学年の返却の時は先生が自分で持って行くらしいが、何故か私のクラスだけは私が呼び出されて運ばされている。どんな嫌がらせだ。

「時に、Miss.カトレット。今回の君のレポートだが」
「う……」

ギクリと肩を震わせた私を見る事なく、大鍋に視線を落としたまま先生が淡々と続けた。

「あれは、図書館にある『バカでも分かる魔法薬』の丸写しだったように見えたのだが?」
「……えーと………その……」

何で知ってるんだ。『バカでも分かる魔法薬』なんて、タイトルからしてこの人は絶対読まないと思ったのに。

「丸写しをするだけでは頭に入らない事くらい、いい加減分かっているのではないかね?」
「………ハイ」

肩を落として返事をすれば、先生があからさまな溜息をついた。一々嫌な奴だ。

「それで、君はあれを読んで全て理解する事が出来たのかね?」
「……えーと……あはは……」
「成程」

先生が鼻で嘲った。

「つまり、君はバカですら無いという事だな」
「…………」

すっげームカつく……!!拳を震わせるも、何も言い返せない自分が悔しい。

「さっさと運びたまえ」
「………はい」

クラス全員分のレポートを引っ掴んで出て行こうとすると、扉を開けられない事に気付いた。振り返ると、先生は鍋に視線を落としたまま。

「………はぁ……」

思わず溜息を零してレポートを傍に下ろし、扉を開けようとした。

「君は頼るという事をしないのかね?」

取っ手に手をかけた所で先生の声が降ってきた。振り返ろうとすると黒い何かにぶつかった。

「ぶ……」
「何をしているのかね」

上から降ってきた声に顔を上げると、先生が真後ろにいた。驚いて言葉が出てこない。何でいきなりこんな所にいるんだ。ホグワーツ内で姿現しは出来ないんだぞ。

「せ、先生こそ何してるんですか……」

鼻を押さえながら一歩下がるとすぐに扉にぶつかった。もう、さっきから何なんだ。ていうか早く退いてくれ。何か妙に緊張するじゃないか。

「あ、あの……ドア開けたいんですけど………」

邪魔だから早く退いてくださいと心の中で続けると、先生の手が扉に伸びた。扉に手を付いた先生の顔が近付いて来る。

「……………」
「レポートは我輩が持つ。さっさと扉を開けたまえ」

呆然と言われるがままに扉を開けると、レポートを抱えた先生が出て行った。

「さっさと来たまえ」

慌てて先生の後を追って研究室を出た私は、前を歩く先生の後ろ姿を見ながら何だか顔が熱くなるのを感じた。心臓の音が煩い。何だこれ……何だこれ!気持ち悪いって思うのが普通じゃないの!?

「扉を開けてくれるかね」

教室の前で先生が私を振り返る。返事をしながら慌てて扉を開けると、先生が教室の中に入って行った。生徒達の姿はまだ無い。先生の後に続いて教室に入ってから、何で外にいなかったんだと後悔した。

「あ……じゃあ、失礼します」
「待ちたまえ」

教室を出て行こうとすると、先生に呼び止められた。早く出て行きたいんですが。さっきのは間違いだと自分に言い聞かせて、この顔の熱さとか心臓がバクバク煩いのとか、全部全部気の所為だと言い聞かせる為の時間が欲しいんだ。それなのに、先生はそんな私の気持ちを知ってか知らずか、あっさりと爆弾を投下した。

「あれが初めてで間違いないな?」

人のファーストキスを奪っておいて何を言ってるんだ、とか怒る事も出来ず、段々と近付いて来る先生を見つめたまま立ち尽くす事しか出来なかった。




”貴方は、セブルス・スネイプという人間をどう思いますか?”




嫌いです…………多分。