教師×生徒


「せんせ、せんせ」

何かを企んでいるような顔で、彼女が呼びかける。
赤と金色のネクタイをした彼女は、私が監督する寮とは敵対する寮に属する7年生だった。

「何だ」
「あのね、外、星がキレイなんです。一緒に見に行きません?」
「……この状況を見てそれを言うのかね」

デスクには羊皮紙が山積みされていて、これら全てに瞳を遠さなければならないのだと思うと気が遠くなる。大体、教師一人で全学年×四寮分の授業を見ろという事自体難しいのだ、と苛々しながら考える。出来の悪いレポートを見るだけで苛々するのだから、私の機嫌が治るのはまだまだ当分先になるだろう。

ソファにゆったりと腰を下ろし、ホットココアを飲んでいる彼女――リサはそんな私に星を見に行こうと言う。

ふざけるな、と普段なら言う所だが、生憎、彼女はそんな言葉では引き下がらない頑固者だ。加えて自分の恋人ともあれば、こちらが多少甘やかしてしまう事は致し方無い。

「だーーって、本当にキレイなんですよ? 見たらビックリ! 心が洗われて仕事も捗りますよー」

嘘をつくな、と心の中で零す。大量に山積みされているレポート達は早く採点しければどんどん溜まっていく一方だ。明日の授業で他の学年のレポートを提出させるからそれまでに終わらせねば――!

「――ね、先生! 気分転換しましょう!」

いつの間にか背後に立っていたリサが両肩に手を置いて、まるで休日の父親に何処かに連れて行けと強請るように誘う。確かに歳は離れているが、さすがに父親に見られていたらこんな関係にはなっていないだろう。

だが、そうしていられると仕事に集中出来ない。
一つ溜息を落とし、手の中にあるレポートをデスクに放って重い腰を上げる。

「やったー!」

仕事の邪魔をしたのだから、と少しくらい睨んでやろうかと思ったが、嬉しそうなその表情を見たら出来なくなってしまった。つくづく、甘いと思う。こんな自分を他の生徒達が見たらどう思うだろうか、と考えて自嘲した。どうだって良いのだ。結局は、この可愛らしい恋人が喜んでくれるのなら、それで良い。




部屋を出て、校庭に向かうのかと思いきや、彼女は私の腕を引っ張って階段を上り始めた。

「何処へ行く気だ」
「勿論、天文台ですよー」

星を見るんだから、天文台に決まってるでしょう?と自身満々に彼女が言う。間違いではないが、湖の畔で草の上に寝転がって見るのかと思っていた自分の方が夢を見ているようで少し恥ずかしくなった。

天文台に着くと、彼女はホラ!と両手を広げて満面の笑みを浮かべた。

「すっごくキレイでしょう!?」

雲が無い所為か、いつもより星が多く見えた。素直に綺麗だと思った。満天の星なんて何度も見た事があるはずなのに、それでも綺麗だと思ってしまったのは、隣にこの少女がいるからかもしれない――そう考えて、柄にも無くロマンチックな事を考えている自分に呆れた。

「ね、ね、心洗われました?」

星を見上げたままフフッ、と楽しそうに笑って尋ねてくる彼女に、小さく苦笑して頷いてみせた。それでも、そんな自分もたまには悪くないかもしれない。

「――そうだな、ほんの少しくらいは」
「んじゃ、私のレポート採点してもきっとイライラしませんね!」
「それが狙いか」
「キレイな星空を見せたかったのもホントだもーーん」

悪びれた様子など無く、彼女は笑う。その純粋な笑顔にどれだけ救われているかなど、彼女は知らない。この先もきっと、知らないのだろう。

知らないままでいてくれて良い。

ただ、そうやって笑っていて欲しい

出来れば、すぐ隣で――

「今年は卒業だから、いーーっぱい先生の所に遊びに行きますね!」
「いつだって沢山来ているではないか」
「嬉しいくせにー」
「さぁな」
「そこは嘘でも嬉しいって言うんですよー」

分かってないなぁ、と、相変わらず星空を見上げたまま彼女が笑う 。

「……卒業しても沢山来い」

小さく呟くと、彼女が勢い良くこちらを見た。けれど、星空を見つめたまま私は彼女を見る事はしなかったし、繰り返す事もしなかった。

「………後悔しても知りませんからね」
「今更だろう」

そこで漸く星空から彼女へと視線を移動させると、少しだけ赤くなった顔で彼女が恨めしげにこちらを睨んでいた。

「何だ」
「先生って、いーーっつも不意打ちでそーゆー事言うから慣れないです」
「なら、慣れるまでいれば良い」
「望む所ですよ! 離れてなんかやりませんからねっ!!」

言葉と共に、彼女が突進して来た。難無くそれを受け止め、しっかりと抱きしめる。

「――取り敢えず、レポートは甘くしないぞ」
「げ」

その分お前自身を甘やかしてやる、と、心の中で呟き、額にキスを落とした。