気が付くとルーシーはベッドに寝かされていた。ベッドの周りにはカーテンが引かれている。グリフィンドール寮の自分の部屋ではない。起き上がってここがどこなのか確認しようとしたけれど、頭が痛み出したのでルーシーは起き上がることを諦めた。目を閉じて痛みが消えるのをじっと待つ。自分はどうなったのだろう――ルーシーは気を失う前のことを必死に思い出そうとした。
ハリー達と別々に四階の廊下へ向かい、フラッフィーを抜けた。スプラウトの罠にかかったところをスネイプに助けられ、マクゴナガルのチェスの所でロンとハーマイオニーに会った……先に進んだところでダンブルドアと合流して、それで最後の部屋に辿り着いたらハリーとクィレルが――
「ハリー!」
ルーシーは跳ね起きた。頭が酷く痛んだが構わなかった。
「ハリー! ハリー! どこ!?」
「まあまあ、何です? 静かになさい」
カーテンの向こうから顰め面のマダム・ポンフリーが現れた。どうやらここは医務室のようだ。ハリーについて彼女に尋ねると、カーテンを開け放ったポンフリーが向こうに寝ているハリーの姿を見せてくれた。
「ここにいますよ。まだ目を覚ましていないのだけど」
「ハリー……よかった……」
安心してベッドに倒れ込む。頭が割れるように痛い。呻くルーシーにポンフリーが薬を差し出してくる。
「さぁ、お飲みなさいな」
「あたま、いたい」
「飲むと楽になりますよ」
起き上がるのを手伝ってもらい、一気に薬を飲み干す。苦いかと思ったが、意外にも口当たりは爽やかだった。確かに頭痛も和らいだように思える。
「ハリーは大丈夫なんですか? 目を覚ましますよね?」
「えぇ、大丈夫ですよ。じきに目を覚ますでしょう」
「良かった……」
ベッドに寝転がると睡魔はすぐにやってきた。まだ寝たくないのに。どうなったのかちゃんと思い出したいのに。抗うことが出来ずルーシーの意識は微睡んでいく。どこかで誰かの声がする。誰の声だろう。いつも聞いていた気がする……。
目が覚めるとすぐに誰かの声が聞こえてきた。
「漸く起きたのか」
「、ネイプ……せん……?」
呆れ顔のスネイプが本を閉じて手を伸ばしてくる。額に触れた手はひんやりしていて、少しだけカサついていた。すぐに離れていったそれを何故だか残念に思っていると「熱は下がったようだな」とスネイプが呟く。
「ねつ……私が?」
「極度の緊張と疲労からきたのだろう。……気を失う前のことを覚えているか?」
どこか緊張した様子の声に首を傾げながらルーシーは記憶を辿った。クィレルとハリーを見つけて、それで――
「あれ?」
ルーシーは首を傾げた。何も思い出せない。着いてすぐに倒れてしまったのだろうか。
「部屋に入って、ハリーとクィレルがいて……それで……?」
「無理に思い出そうとしなくていい。また頭が痛むぞ」
「はい……先生、クィレル先生は? 『石』はどうなったんですか?」
「クィレルは死んだ」
ひゅっと喉が鳴った。死んだ。クィレルが。
「闇の帝王が奴に寄生していたのだ。闇の帝王は逃げ去ったが、クィレルの体を置いていった……寄生された時点で助かる見込みはなかった」
だから泣くなとでも言うようにスネイプの手がルーシーの目を覆う。鼻の奥がツンとするのを感じながらルーシーは震える唇を噛みしめた。
「……ヴォルデモート、は……さいしょから、そのつもりで……?」
「……おそらくな」
「ひどい……」
なんて酷い。利用するだけ利用して自分は見捨てて逃げるなんて。クィレルはヴォルデモートの為に全てを擲ったのに。
「『石』は校長が破壊した。闇の帝王の復活は食い止められたが、方法は他にもあると言っていた」
「じゃあ……じゃあ、ハリーはまだ安全じゃないんですね……」
「自分から首を突っ込まなければ、今年よりは安全に暮らせるだろう」
鼻を鳴らしたスネイプの手が離れていく。ルーシーは涙の残る顔でくしゃりと笑った。
「ありがとうございます、ずっと助けてくれて……ちょっとだけ疑ってごめんなさい」
嫌そうな顔をしたスネイプは、立ち上がるといつもの調子で口を開いた。
「明日は今年最後のクィディッチの試合だ。君もポッターもこの調子では出場は難しいだろう。今年の寮杯も我がスリザリンのものとなる」
「えっ! 明日が試合!? 私出ます!」
「駄目ですよ」
薬を持ってやって来たポンフリーがぴしゃりと言った。
「明日は大事を取って休んでもらいます。もちろん観戦も駄目ですよ」
「そんな! 私もう大丈夫です! すっごく元気! 何なら今からだって練習に行けます!!」
叫んだ直後ズキズキと頭が痛み出す。我慢したが目敏く気付いたスネイプがくつりと笑った。
「さぁ、飲んで。そして寝てなさい」
「でも」
「完全に治るまで貴方は病人です。そしてここは病室。さぁ、飲んで」
ルーシーは観念するしかなかった。
クィディッチの試合でレイブンクローにこてんぱんに負けたとロンが教えてくれたのは二日後のことだった。漸く面会謝絶が解けたのでハーマイオニーと一緒に面会に来てくれたのだ。
二人はハリーとクィレル、そして『石』のことを知りたがっていたが、ハリーが目を覚めるまで待つと決めたようだった。ほんの数分ほどで面会時間は終了してしまい、ルーシーはベッドに寝転がり頭痛と戦いながらハリーが目を覚ますのを待った。
誰かの話し声でルーシーはふと目を覚ました。うたた寝していたようだ。聞こえてくる声はハリーのもので、すぐに飛び起きようとしたルーシーは話し相手がダンブルドアだと分かるとそのまま狸寝入りをすることにした。邪魔をしてはいけないと思ったし、自分がいては聞けない会話があるかもしれないと考えたからだ。
ハリーとダンブルドアは長い間話し込んでいた。ニコラス・フラメルと話し合って『石』を砕いたこと、フラメル夫妻が死んでしまうこと、石がなくてもヴォルデモートが復活する手段があること、ハリーの母の愛情によってヴォルデモートやクィレルがハリーに触れなくなったこと。透明マントをハリーに送ったのがダンブルドアだと聞こえてきた時にはルーシーはハリーと一緒に声を上げそうになった。
ハリーを嫌っていたスネイプが、過去にハリーの父親から命を救われた借りを返すためにハリーを守っていたこと……スネイプらしいとルーシーは少しだけ笑った。
「先生、最後に一つだけ……僕はどうやって鏡の中から『石』を取り出したんでしょう?」
「おぉ、これは聞いてくれて嬉しいのう。例の鏡を使うのはわしのアイディアの中でも一段と素晴らしいものでな……つまり『石』を見つけたい者だけが――よいか、見つけたい者であって使いたい者ではないぞ――それを手に入れることが出来る。わしの脳みそは、時々自分でも驚くことを考えつくものよ」
ハリーとの面会を終えたダンブルドアは医務室を出ていくかと思いきや、ルーシーのベッドへとやって来た。カーテンの中へ入ってきたダンブルドアが「ルーシー」確信を持った響きで呼びかけてくる。
「おはよう、ルーシー」
「気付いてたの」
「ハリーがあれだけ大きな声を出していたのでな。気分はどうかね?」
「まだちょっと頭が痛いけど……他は大丈夫。アルバス、ハリーを助けてくれてありがとう」
「あの時のことを覚えておるかい?」
ダンブルドアはスネイプと同じことをルーシーに質問した。
「あんまり……ただ、クィレル先生の顔が……スネイプ先生の罠にやられたの?」
「いいや、さっき君も聞いていたじゃろう。ハリーを守る母上の愛情によって、ああなったのじゃ」
「じゃあハリーに触れないってそういう……」
焼け爛れたクィレルの顔を思い出してルーシーは顔を歪めた。
なんて可哀想な人だったのだろう。ヴォルデモートに寄生され、ひたすらに『石』とハリーを狙い続けて……それなのに最初から捨て駒だったなんて。
「クィレル先生は……そうまでして、どうしてヴォルデモートに?」
「ルーシー、人の心とは時にとても脆くなってしまうものじゃ。クィレルが何故ヴォルデモートに魅せられたか、それは本人にしか分からんことじゃ」
諭されルーシーは俯いた。まだダンブルドアには言わなくてはならないことがある。
「アルバス、ごめんなさい」
「何か謝らなければならないことをしたのかね?」
「『石』を取りに行ったこと……さっきの鏡の話……クィレルはどうやったって『石』を手に入れることは出来なかった。そうでしょう? 私達が行かなければこんな事にはならなかったのに……」
「いいや、それは違うよルーシー」
ダンブルドアの声は優しかった。
「もちろんわしはクィレルの裏にヴォルデモートがいると気付いておった。だが本当に頭の後ろにくっついているとは考えてもおらんかった。狡猾な奴のことじゃ、もしかしたらどうにかして『石』を手に入れていたかもしれん」
その可能性はとても低かっただろうとルーシーは思ったけれど、アルバスの優しさに甘えてただ微笑んだ。