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次の部屋は一際広い部屋だった。部屋の中央には大柄のトロールが倒れていて、スネイプとルーシーが近寄っても目を覚ます気配はない。

「これ、ハリー達が……?」
「まさか。クィレルだろう」

幸運なことにルーシー達が横を素通りしてもトロールは目を覚まさなかった。次の扉に向かいながら、ルーシーはある事に気が付いた。

「これがクィレルの罠ですよね? じゃあやっぱりハロウィンの時のトロールも……」
「同じものを用意するなど、疑ってくれと言っているようなものだ」
「クィレル先生は何がしたかったんですかね……」
「……」
「どうしてヴォルデモートの為にこんな事してるんだろう……力が欲しかったのか、それとも――」
「君が考える事ではない」

スネイプがぴしゃりと言った。

「クィレル自身の問題だ。君が考えたところでどうにもならん」
「でも」
「奴はあちら側に行ってしまった――それだけが事実だ。たとえどんな事情があろうともその事実は消えない。奴の罪も消えはしない」

黙り込んだまま二人は次の部屋へ移動した。そこは小さな部屋だった。中央のテーブルに異なる形の瓶が七つ並んでいる。

「これ、先生が?」
「論理を用いたパズルだ。ポッターが解けるとは思えん……ここでグレンジャーと別れたのだろう」

二人が中央のテーブルへ行くと、突然前後の扉が炎で塞がれた。驚くルーシーを無視して一番小さな瓶を取ったスネイプが中身を飲み干して振り返る。

「我輩は先へ行く。君はこちらの瓶を飲み干して戻りたまえ」
「え!? い、嫌です! 私にも――」
「生憎と薬は一口分しかないのでね。飲みきってしまった」
「じゃあもう一回入り直します! その一番小さな瓶のを飲めば良いんですよね!?」
「もちろん毎回変わるとも」
「そんな!」

先へ進もうとするスネイプにしがみついて引き止めていると、不意に後ろからダンブルドアの声が聞こえてきた。

「セブルス、出来ればこの部屋の魔法を解除してほしいのだが」

炎の向こう、戸口にダンブルドアの姿があった。

「先生! アルバスが中に入れないですよ! 解除しないと!」

低く唸ったスネイプが渋々と魔法を解除する。炎が消え去るとダンブルドアがサッと部屋の中へ入ってきた。

「良かった! 帰ってきてくれたんだね」
「ハリーはこの先じゃな?」

頷くとダンブルドアが足早に次の扉へと向かう。スネイプはルーシーをこの場に置いて行きたがったが、頑として聞き入れようとしないルーシーに観念して扉へと歩き出した。

ダンブルドアが扉を開けた途端、それまでの静けさが嘘だったかのように誰かの悲鳴と叫び声が響いた。思わず耳を抑えながら中を覗き込むと、そこには奇妙な光景が広がっていた。
顔が焼け爛れたクィレルが悲鳴を上げ、その頭の後ろにくっついたもう一つの顔がハリーを殺せと叫んでいる。ハリーは何故か必死にクィレルの腕にしがみついていて、クィレルはハリーを引き剥がそうと躍起になっていた。

「ハリー!」
「カトレット! 戻れ!」

スネイプの制止を振り切ってルーシーはクィレルに駆け寄った。クィレルをハリーから引き離さなければと思ったのだ。

「クィレル先生! もうやめて!」

叫ぶがクィレルは悲鳴を上げるばかりで聞こえていないようだった。ハリーから引き離そうと必死に引っ張っていたルーシーは、クィレルの頭の後ろについたもう一つの顔が自分を凝視していることに気付いた。

「ヴォルデモート……貴方が……?」
「また来たのか、ルーシー」
「え?」

ヴォルデモートは今何と言った? ルーシーの名前を呼ばなかっただろうか?
蝋のように白い顔、ギラギラと血走った目、蛇のように裂けた鼻孔……恐ろしいと思うのに、何故だろうか。どこか懐かしい。

「お願い、もうやめて。クィレル先生から出て行って……ハリーを狙わないで!」
「懲りない奴だ。何も覚えておらぬくせに」
「前の私なんか関係ない! 私は自分の意思でここにいるの!」
「そして自分の意思で俺様の元へ戻るのだ。たとえ記憶を消そうが変わらない……俺様のものだ」

一体ヴォルデモートは何を言っているのだろう。聞き返そうとしたその時、クィレルの体が勢いよく倒れ込んできた。ハリーが気を失って倒れたことで力の均衡を失ってしまったのだ。クィレルの悲鳴がか細くなっていく。抜け出そうと顔を上げると、すぐ目の前にヴォルデモートの顔があった。

「あ」
「待っていろ……必ず取り戻す」

突然ヴォルデモートの顔が霞となって消えた。そこにはクィレルの後頭部があるだけだ。呆然とするルーシーをスネイプが引っ張り出してくれた。

「カトレット」
「いま……じゃあ、あの時のカードは」
「カトレット!」

頬に衝撃を受けてルーシーはハッと我に返った。焦燥を浮べたスネイプの顔がそこにある。瞬きを一つ、二つ。ルーシーはハリーの名を紡いだ。

「ハリーは……?」
「気を失っているだけだ」

クィレルの上に倒れ込むハリーの顔はぞっとするほど血の気が引いている。あ。ルーシーは知らぬうちに声を発した。脳裏に不思議な光景が浮かぶ。薄暗い部屋だ。開け放たれた扉のところに誰かが倒れている。稲光が『彼』を照らした。くしゃくしゃの黒髪、丸い眼鏡、生気のない瞳――。

「あああぁ……」
「カトレット?」

スネイプの呼びかけはルーシーに届かなかった。

「や、だ……やだ、やだ」
「カトレット、しっかりしろ!」
「やだ! やだ! ――ジェームズ!」

自分が何を言っているのかルーシーには分からなかった。

「やめて! お願い助けて! 殺さないで!」

頭が割れるように痛い。誰かの声がする。彼は何と言っているのだろうか。聞こえない。見えない。何も……。ルーシーの意識はそこでぷつりと途切れた。