ハリーとハーマイオニーはすっかり落ち込んでいた。ネビルは泣きながら男子塔へと去り、薄暗く静かな談話室には三人だけが残っている。
「何があったの? 何でネビルが……?」
「それが……」
今にも泣き出しそうなハーマイオニーに代わり、ハリーが話してくれた。無事にノーバートをチャーリーの友人に預けたこと、見送った喜びで塔の天辺に透明マントを忘れたまま階段を下りてしまい、そこでフィルチに捕まってしまったこと。
「マルフォイの奴、ネビルに僕らを捕まえるって言ってたんだ。それでネビルは僕らに気を付けてって言うために探し回ってて……」
ルーシーは天を仰いで顔を覆った。何と不憫なことだろうか。こんな時間に真っ暗な廊下をたった一人で歩き回ることがどれだけ怖いかルーシーは知っている。誰にも見つからないように気を配りながら目的の人物を探すことがどんなに大変なのかも。
「……ネビルに蛙チョコあげよう」
何の慰めにもならないだろうけれど。
「マクゴナガル先生が五十点減点だって……」
「しかも一人……」
「つまり百五十点なくなったってこと?」
力なく頷くハリーとハーマイオニー。ルーシーは三人がこんなにも落ち込んでいる理由を理解して少しだけ笑った。
「何だ、良かったじゃん」
「は?」
「だって減点だけなんでしょう? 退学って言われたの?」
「それは……言われてないけど……」
「でも、でも百五十点なのよ? わ、私達のせいで寮の点数が……」
涙を浮かべるハーマイオニーの背中を撫でながらルーシーは苦笑した。
「そりゃ、他の皆は文句言うだろうけどさ。でも誰も退学にならずに済んだから良かったじゃん」
「ルーシー……」
「ノーバートはルーマニアに送った。ハグリッドは罪に問われない。私らも誰も退学にならない――そう考えたら点数減ったことくらい、何てことないと思わない?」
顔を見合わせたハリーとハーマイオニーがぎこちなく笑う。二人の頭をぐっしゃぐっしゃと撫でながらルーシーはからりと笑った。
「それに私だってトータルでは五十点近く引かれてるからね! 一度に引かれたかそうじゃないかの違いだよ! まだクィディッチの試合だってあるし、出来るところまで取り戻そう!」
「うん……うん、そうだね」
「ありがとう、ルーシー」
泣きそうな顔で笑ったハリーとハーマイオニーは、それでもやはりすぐには元気が出なかった。翌日になってグリフィンドールの点数が一気に減っていることに気付いた生徒達が、犯人がハリー達だと知って怒り狂っていたからだ。顔を合わせても挨拶もしてくれず、クィディッチの練習でもハリーは「シーカー」としか呼んでもらえない。学校一の有名人であるハリーほどではないものの、ハーマイオニーとネビルにも風当たりは厳しかった。
「噂なんてすぐ消えるよ」
「そうだよ。それにすぐテストだろう? 皆それどころじゃないって」
ルーシーとロンは二人を励ましたけれど、二人の表情は晴れなかった。
試験を一週間後に控えた水曜日の午後、ハリー達の待つ図書室へ向かっていたルーシーはドラコに呼び止められた。カーラと並ぶドラコは得意げな顔をしている。ハリーが悪者になってからというもの、授業で見かけるたびに彼は嬉しそうだった。
「嬉しそうだね、ドラコ」
「礼を言っておこうと思って。君のおかげで今年もスリザリンが優勝杯をもらえるから」
じとりとドラコを睨んで隣のカーラへと視線を移す。肩を竦めたカーラが紙をルーシーに差し出した。チャーリーからの手紙だ。
「返す。必要なくなったから」
「どーも。あーあ、こんな事ならドラコも巻き添えにすれば良かったなー」
「そしたら君も捕まってただろう? スリザリンは五十点。グリフィンドールは二百点だ。ついでにあの森番のこともバレるよ」
「だよねぇ……」
項垂れるルーシーとは対照にドラコの顔は晴れやかだ。退学にならなかったのだから良かったと思っているが、優勝杯がもらえなくて残念なのも確かなのだ。ドラコが嬉しそうだから余計に悔しい。
二人と別れて図書室へ行くと、図書室の中は勉強する生徒達でいっぱいだった。ハーマイオニー達のいる机へ行くと、暗い顔をしたハリーが休憩だと言って立ち上がり出て行った。
「珍しいね。ハリーどうしたの?」
「仕方ないさ。あちこちでヒソヒソ話してるんだ」
ロンの言う通りだった。耳を澄ませてみると、あちこちでハリーのことを悪く言う声が聞こえてくる。ここ数年ずっとスリザリンが優勝杯を手に入れているので、レイブンクローとハッフルパフの生徒達もスリザリン以外が優勝することを望んでいたのだ。ハリーはすっかり悪者だった。
ハーマイオニーは勉強に没頭することでヒソヒソ話を聞かないようにしていたが、その表情はやはり暗い。どうしたものかと考えながら、ルーシーも試験勉強を始めた。
ハーマイオニーがロンとルーシーに天文学のテストを始めて暫くした頃、ハリーが切羽詰まった様子で戻ってきた。てっきりもう戻らないと思ったのにと驚くルーシー達にハリーは言った。
「スネイプだ! クィレルが降参してしまった!」
「何だって!?」
教室からクィレルの啜り泣く声が聞こえたこと。誰かと話しているようだったが、相手の姿も声も分からなかったこと。クィレルは抵抗していたが、とうとう観念して頷いてしまったこと。
「それじゃ、スネイプはとうとうやったんだ! クィレルの仕掛け破る方法を教えたとすれば……」
「でもまだフラッフィーがいるわ」
「もしかしたら、スネイプはハグリッドに聞かなくてもフラッフィーを突破する方法を見つけたかもしれないな……これだけの本がありゃ、どっかに三頭犬を突破する方法だって書いてあるよ。どうする?」
「ダンブルドアの所へ行くのよ。ずっと前からそうしなくちゃいけなかったのよ。自分達だけで何とかしようとしたら、今度こそ退学になるわ」
「だけど証拠は何もないんだ!」
冷静に意見を述べたハーマイオニーにハリーが食って掛かる。
「クィレルは怖気づいて僕達を助けてくれない。スネイプはハロウィンの時トロールがどうやって入ってきたのか知らないって言い張るだろうし、あの時四階に行かなかったってスネイプが言えばそれでおしまいさ……皆どっちの言うことを信じると思う?」
「あー……あのさ、」
早口にまくし立てるハリーに気圧されながら、ルーシーはおずおずと手を挙げた。三人の視線がルーシーに集まる。
「何だよ、どうしたんだ?」
「あー……あー、その……言ってなかったことがあってね」
「何なの?」
「その……実は、ハロウィンの時に会ったんだよね」
「誰に?」
「スネイプ先生に……フラッフィーの所で」
ハーマイオニーが息を呑み、ロンとハリーが身を乗り出した。
「何ですぐに言わないんだよ!」
「いや……あの、それが……あー……」
六つの目に凝視されながらルーシーはハロウィンの時のことを三人に話して聞かせた。ハーマイオニーを探して城を走り回っていたこと、偶然フラッフィーの廊下にスネイプが入っていくのを見かけたこと、危険だと知らせるために追いかけたこと、スネイプがルーシーのせいで脚を怪我したこと――。
「スネイプはハロウィンの時にフラッフィーの廊下に行っていた! それならトロールを入れたのもスネイプだよ!」
「でもルーシーが来たから何も出来ずに戻るしかなかったんだ! ……でもルーシー、何でそれ教えてくれなかったんだい?」
「誰にも言うなって言われたの。私のせいで怪我したようなもんだったから何となく逆らえなくてさ……黙っててごめん」
「スネイプはその時にフラッフィーを見て、あいつをどうにかしなきゃ『石』を手に入れられないって思ったんだ」
「ルーシーに怪我がなくて良かったけど、でも大丈夫だったの? その後も罰則とかでスネイプ先生と二人になってるでしょう? あの廊下のこと何か言われなかった?」
「あぁ、どうして危険と知ってたのかって聞かれたよ。勘だって答えたら凄い睨まれて……あの時は焦ったなぁ……」
話題を逸らすことが出来て本当に良かった。逸らすための話題も酷いものであったが、最終的には一点の減点で済んだのだ。良しということにしよう。