困った事になった。ルーシーがカーラから聞いたことをハリーとハーマイオニーにも伝えると、二人とも難しい顔で黙り込んでしまった。勉強の手はすっかり止まってしまっていた。
「つまり、土曜の真夜中にマルフォイも私達を探してるってことよね?」
「たぶんそういうことだと思う」
カーラは言っていた。万が一ドラコが見つかったら……それはつまり、見つかってはいけない時間――真夜中に部屋を抜け出すということだ。意図して言ったのかは分からないが、とにかくドラコがどうするつもりなのかは分かった。
「僕らが見つかったらもちろん駄目だし、マルフォイが見つかっても駄目。だってもう一人のマルフォイがチャーリーからの手紙を先生に見せちゃうから」
三人は図らずも同時に溜息をついた。ハグリッドがドラゴンの卵を手に入れてから散々なことばかりだ。こんな事ならあの日ハグリッドの小屋へ行かなければ良かったとさえ思った。
「どうする?」
「どうもこうもないよ。ハリーとハーマイオニーはノーバートをお願い。私はドラコを探して隠れるから」
「大丈夫なの?」
「ドラコだって自分が罰を受けるのは嫌だろうから、何とか説得してみるよ。スネイプ先生に見つかったら罰を受けるのは私だけだろうけど、もしマクゴナガル先生に見つかったらそうはならないだろうし」
厳格なマクゴナガルのことだ。ハリー達を陥れる為に部屋を抜け出したドラコにもしっかり罰を与えるだろう。それはドラコの望むところではないはずだから、何とかして説得しなければ。
「とにかく、僕らは見つかった時点でおしまいだ。スネイプがマルフォイを見つけても……あぁ、早く終わってほしいよ」
ルーシーとハーマイオニーもしみじみ頷いた。
土曜の夜がやって来た。ルーシーはドラコの動向を見張るため、一足先に談話室を抜け出すことにした。
「ルーシー、本当に気を付けてね」
「分かってる。そっちもね」
「もしスネイプに見つかりそうになったら、ルーシーだけでも逃げてくれ。僕達は透明マントで隠れてるから何とかなるかもしれない」
「分かった。……頑張ろうね」
「うん――だけど大丈夫? ついさっきまで罰則だったんだろう?」
心配そうにしていたハーマイオニーがじとりとルーシーを見る。ルーシーはへらりと笑った。午前中の悪戯を見咎められ、つい先ほどまでスネイプのところで罰則の鍋洗いをしてきたところだった。
「大丈夫、五点しか取られてないよ!」
「威張ることじゃないわよ、もう!」
「そろそろ時間だ……」
ハリーの言葉にルーシーとハーマイオニーは気を引きしめ直した。また後で。固く手を握り合い、ルーシーは談話室をそっと抜け出す。後ろから太った婦人の肖像画が「こんな時間に出かけるの?」と声をかけてきたので慌てて「シーッ!」と言いながら周りを見回した。幸いにも先生達やゴーストはいない。
「お願いだから、今夜は出かけないでね」
太った婦人にそう言ってルーシーは抜け道へと体を滑り込ませた。フィルチは一体いくつの抜け道を知っているのだろうか。足音で気付かれないよう靴を脱いできて良かった。息を殺し、たまに浮遊しているゴーストをやり過ごしてルーシーはホグワーツで一番高い塔――天文台塔へと向かった。
ここまでは順調だった。廊下に並べられた鎧の中で一際大きな鎧の影に身を潜ませること数分、暗がりからこそこそと誰かが人目を忍んでやって来た。ドラコだ。
「ドラコ」
周りに誰もいないことを確認して呼びかけると、びくりと身を竦ませたドラコが目を凝らしてこっちを見る。ルーシーだと気付くと満面の笑みでこちらへやって来た。
「やっぱり来たんだな!」
「シーッ! ちょっとこっち来て!」
「な、何だよ!」
「シーッ! 見つかったらどうするの!」
抵抗するドラコを強引に引っ張って抜け道に隠れると、ルーシーは不機嫌そうなドラコに「マクゴナガル先生が来ちゃう!」と何度も繰り返す。
「それがどうしたって言うんだ? 僕は君達を捕まえる為にここにいるんだ」
「あのマクゴナガル先生が”まぁ、そうなの。偉いわね、スリザリンに百点!”って褒めてくれると思う!? 自分の寮だってお構いなしに減点するんだよ!? ドラコが見つかったら何を言ったって”規則を破ったことは事実でしょう!”って言うよ!」
ぐっと言葉に詰まったドラコが黙り込み、ルーシーはホッと胸を撫で下ろした。どうやら納得してもらえたようだ。
「……何で僕がいるって分かったんだ?」
「カーラに聞いたんだよ」
「カーラに?」
「ドラコを巻き込むなって怒られちゃったよ。チャーリーからの手紙もカーラが持ってる。もしドラコが見つかったら手紙をスネイプ先生に渡して全部私らのせいだって言うってさ」
「そうか……」
カーラに心配かけたことを反省しているのだろう、それきり口を閉じたドラコの隣に座り込んで汗を拭った。ハリーとハーマイオニーは今頃ハグリッドのところへ行っている頃だろうか。
「…………見回りに来るのがスネイプ先生だったら、お前達は退学だからな」
「その時は観念するけど、でもスネイプ先生は今日は見回りしないと思うよ」
「どうして分かるんだ?」
「ついさっきまで罰則だったんだけど、その時にこれから出かけるって言ってたから」
「出かける? これから?」
「注文してた本を取りに行くんだってさ。本当は昼間に行く予定だったけど、私の罰則で時間取られちゃったからって文句言ってたよ」
スネイプは今夜ホグワーツにいない。戻ってきたとしても、手に入れたばかりの本に夢中になっているはずだ。スネイプが見回りをしなければドラコはここから出ることはない。そうしなければ自分まで罰を受けてしまうと思い込んでいるから。マクゴナガルなら間違いなくそうするだろうと確信しているが、正直なところ他の先生達がどうするのかは分からない。一か八かの作戦だったがドラコが信じてくれて良かった。
「ポッター達はいつ来るんだ?」
「さぁ……早く帰って寝たいな」
あくびを噛み殺すルーシーをじとりと見たドラコが壁により掛かる。今回はハリー達を退学にさせられないと悟ったからか、不機嫌さを隠しもしていない。
「君達のせいで余計な時間をくらった」
「ドラコってほんとハリー達のこと好きだよね」
「好きじゃない!」
「シーッ!」
ハッと口を抑えるドラコを尻目に耳を澄ませる。何の音も聞こえない。二人は静かに息を吐き出した。
それからしばらくの間、二人は会話もなく廊下に座り込んでいたが、廊下の向こうからコツコツと靴音が聞こえてくると二人は顔を見合わせて息を潜めた。ランタンの灯りが人物を照らし出す。タータンチェックのガウンを着て頭にヘアネットを被ったマクゴナガルだ。彼女は抜け道のルーシー達に気付くことなく廊下を歩いていった。足音と共にランタンの灯りが遠ざかると、二人は詰めていた息を静かに吐き出した。
「ドラコ、寮に戻ろう。案内するから」
「見つかったらどうするんだよ」
「抜け道を使っていけばたぶん大丈夫だよ。ほら、立って。あ、靴は脱いでね」
「わ、分かったよ」
靴をしっかりと抱きしめ、きょろきょろと周りを見渡すドラコの手を引いてルーシーは歩き出した。嫌がるかと思ったが、背に腹は代えられないと思ったのか意外にもドラコはルーシーの手を振り払おうとはしなかった。
抜け道から抜け道へ。気紛れな階段を下りて、上って、また下りて。途中でピーブズを見つけて慌てて進路を変更し、二人は玄関ホールへと急いだ。
「地下に下りちゃえば大丈夫でしょ」
「あぁ……」
緊張で滲んだ汗を拭いながらドラコが頷く。静かに階段を下り始めたドラコに「おやすみ」と手を振ってルーシーはグリフィンドールの談話室へと急いだ。
お出かけをせずにいてくれた太った婦人の肖像画に合言葉を伝えてルーシーは談話室の中へと入った。ハリー達の姿はまだないが、そう遠くないうちに戻ってくるだろう。
二人が戻ってきた時ルーシーは驚いた。何故かネビルも一緒だったのだ。三人とも顔面蒼白で、ネビルとハーマイオニーは真っ赤な鼻を啜っている。
彼らは見つかってしまったのだ。