カーラからドラコが何か企んでいると聞いてからというもの、ルーシー達は暇さえあればハグリッドの小屋を訪れては説得を試みた。「外に放してあげよう」「自由にしてあげたら」――だがハグリッドはちっとも聞く耳を保たなかった。
「ノーバートはこんなにちっちゃいんだ。死んじまう」
「ハグリッドはああ言ってたけど、一週間で三倍くらいでかくなってるんだ。全然死ぬ気がしないよ」
ハリーの言う通り、あんなに小さかったドラゴン――ノーバートと名付けられた――はすぐに大きくなっていった。鼻の穴からはしょっちゅう煙が出ていて、今にも大きな炎を吐き出しそうだと思った。
「こんにちは、エルマ」
ハグリッドの小屋を出て森の中へ少し入っていくと、そこはハグリッドが世話をしているヒッポグリフの群れ達の棲家だ。少し前、どうしてか怒っている声が聞こえてこっそり森の中へ入った時に見つけたのだ。ハグリッドがドラゴンの世話ばかりで森番の仕事を疎かにしていることを怒っていたヒッポグリフ達に、代わりに食事を用意してやって以来ルーシーは出来る限りここを訪れている。
『こんにちは、ルーシー。ハグリッドは相変わらずなのね』
「ノーバートって名前つけてたよ」
『あぁ……まさかこの森で飼う気ではないでしょうね』
「何とか説得してみるよ」
保管小屋から持ってきた餌を餌入れへと移しながらルーシーは言った。普段は放し飼いされているヒッポグリフ達だが、森の中で餌が満足に取れない日だってある。そんな時のために普段はハグリッドが彼らの餌を十分な水と共に用意してやり、毛繕いなども手伝ってやっているらしいが、ここ最近は姿を見せていないらしい。ルーシーが初めてここを訪れた時には餌入れは空っぽだったし、水入れも乾ききった泥がこびりついていた。いつもは綺麗な水が入っていただろうに。
ハグリッドがドラゴンを飼う弊害がここにもあったなと、毛繕いしたばかりのエルマの背中を撫でながらルーシーは苦笑を浮かべた。
とうとうハグリッドがドラゴンを手放すことを決意したのは、それから数日後のことだった。ルーマニアでドラゴンの研究をしているロンの兄、チャーリーに預けることに同意してくれたのだ。ハグリッドの気が変わらない内にと急いでチャーリーに手紙を送ったルーシー達は、彼から返事が来るのを心待ちにしていた。
一日、また一日――その間にもノーバートはどんどん成長していく。食事の量もどんどん増えていき、ハグリッド一人では大変だからと四人の中で一番ドラゴンに詳しいロンが手伝いに行くようになった。
水曜日の夜、寮生達がすっかり寝静まり、談話室にはルーシーとハリー、ハーマイオニーの三人だけが残っていた。壁の掛け時計が零時を告げた時、肖像画の扉が突然開いてロンがどこからともなく現れた。ハリーの透明マントを脱いだのだ。ノーバートは死んだネズミを木箱に何杯も食べるようにまで成長していて、帰ってきたロンはいつも疲れ切っていた。しかしこの日はそれだけではなかった。
「噛まれちゃったよ」
血だらけのハンカチに包んだ手を見せながらロンが言う。
「うわ……大丈夫なの?」
「一週間は羽根ペンを持てないぜ。まったく、あんな恐ろしい生き物は今まで見たことない。なのにハグリッドの言うことを聞いてたら、ふわふわしたちっちゃな子うさぎかと思っちゃうよ。奴が僕の手を噛んだっていうのに、ハグリッドは僕が怖がらせたからだって叱るんだ。僕が帰る時には子守唄を歌ってやってたよ」
盲目的な愛情とでもいうのだろうか。疲れ切った様子でロンがソファに座り込んだその時、コツコツと窓を叩く音がした。ヘドウィグだ。
「チャーリーの返事を持ってきたんだ!」
手紙にはノーバートを引き取ってくれること、友人が引き取りに来てくれること、土曜日の真夜中に一番高い塔で受け渡しをしたいということが書かれていた。
「どう思う?」
「透明マントがある」
ルーシーの問いかけにハリーが答えた。
「出来なくはないよ。僕ともう一人とノーバートくらいなら隠せるんじゃないかな?」
「やろう。さっさとノーバートをルーマニアに送ってやらなきゃ身が持たないよ」
ぐるぐるに巻かれた手を掲げながらロンが溜息をついた。
翌朝、ロンの手は二倍くらいの大きさに腫れ上がっていた。どうやらノーバートの牙には毒があったようだ。ドラゴンのことがバレるのを恐れたロンは医務室へ行くのを躊躇っていたが、昼過ぎにはそんなことを言っていられないほどに傷口が変色し始めていた。
「マルフォイが来た」
その日の授業が終わって医務室へ駆け込んだ――静かにしなさいとマダム・ポンフリーに怒られた――ルーシー達に、ロンが声を潜めて言った。
「あいつ、僕の本を借りたいってマダム・ポンフリーに言って入ってきやがった。僕のことを笑いに来たんだよ。何に噛まれたか言いつけるって僕を脅すんだ。僕は犬に噛まれたって言ったんだけど、たぶんマダム・ポンフリーは信じてないと思う……クィディッチの時、殴ったりしなけりゃ良かった。だから仕返しにこんな仕打ちをするんだ」
「ドラコ一人で来たの? カーラ達は?」
「一人だったよ」
「土曜日の真夜中で全て終わるわよ」
ハーマイオニーが優しく声をかけたが、ロンは落ち着くどころか一気に青褪め、ぶわりと汗を掻き始めた。
「ロン?」
「あぁ、どうしよう……大変だ……今思い出した……チャーリーの手紙をあの本に挟んだままだ。僕たちがノーバートを処分しようとしてることがマルフォイにバレちゃう!」
ルーシー達は何も声をかけられなかった。三人が口を開く前にマダム・ポンフリーがやって来て、ロンはもう寝なければならないと三人を医務室から追い出してしまったからだ。
「どうしよう……」
「今更計画は変えられないよ。チャーリーにふくろう便を送る暇はないし、ノーバートを何とかする最後のチャンスだし。危険でもやってみなくちゃ。それに、こっちには透明マントがあるってあいつは知らないだろ」
夕食の間、ドラコは隣のカーラにこそこそと何かを話していた。きっと手紙のことを話していたのだろう。時々こちらを見ては意地の悪い笑みを浮かべていたので、ルーシー達は気が気ではなかった。
食事を終えたカーラが席を立つのを見計らってルーシーも席を立った。ドラコは一足先に広間を出ていた。もしかしたら土曜日の計画を練ったりするのかもしれない。
「カーラ!」
振り返ったカーラは呆れた顔をしていた。
「ちょっと来て!」
呆れ返るカーラの腕を引っ張って空いている教室に駆け込み、ルーシーはドラコについて尋ねた。やはり彼はチャーリーからの手紙を見つけていたのだ。そのことを話してくれた時のドラコはまるで誕生日プレゼントをもらったみたいに喜んでいたらしい。
「本当に隠す気ある?」
「ははは……」
「笑い事じゃないよ。何の関係もない僕でさえ心配になってきたじゃないか」
「手伝ってくれる?」
「絶対やだよ」
溜息をついたカーラが二つ折りの紙をポケットから取り出した。チャーリーからの手紙だ。
「あ、それ!」
「僕が預かった。言っておくけど、君達を助けるつもりはないからね。万が一ドラコが見つかったら、僕はこれをスネイプ先生に渡して君達がしようとしてたことを話すから」
「カーラ!」
「君達だってあの森番に巻き込まれたんじゃないの? それともまさか君達がドラゴンの卵を持ってきたの?」
「まさか! ハグリッドが賭けで手に入れたんだよ!」
「じゃあそう言えば良かったじゃないか。今からでも遅くないだろ? 先生に言って何とかしてもらえば良いのに、どうしてそうしないんだ?」
「だって……ハグリッドが困るから……」
「それで君達が困ってるんだから世話がないよ」
何も言い返せずにいるルーシーの前でチャリーからの手紙をポケットにしまったカーラがドアへと向かう。
「退学になりたいわけじゃないんだろう? さっさと先生に言って自分達だけでも助かる方法を取った方がいいよ。僕はどっちでも構わないけどね」
「カーラの意地悪ー!」
「自業自得だろ。じゃあね」
教室に一人残されたルーシーはその場に立ち尽くすしかなかった。