ただでさえ暑い小屋の中は、ルーシー達四人がやってきたことで更に暑くなったように思えた。
「窓を開けてもいい? これじゃ茹だっちゃうよ」
ロンが尋ねたがハグリッドは駄目だと首を振る。その視線がちらりと轟々と燃え上がる暖炉へ向けられたことにルーシーとハリーは気付いた。
「ハグリッド――あれは何?」
炎の真ん中に置かれたやかんの下に何か置いているのだ。黒くて丸い――まるで何かの卵のようだ。
「えーと、あれは……その……」
「もしかしてドラゴンの卵なの?」
「ハグリッド、どこで手に入れたの? すごく高かったろう」
落ち着かない様子でヒゲをいじるハグリッドにルーシーとロンが言う。ハグリッドは観念した様子で話を始めた。
「賭けに勝ったんだ。昨日の晩、村まで行って、ちょっと酒を飲んで、知らない奴とトランプをしてな。はっきり言えば、そいつは厄介払いして喜んでおったな」
「だけど、もし卵が孵ったらどうするつもりなの?」
「それで、ちいと読んどるんだがな」
ハーマイオニーの質問にハグリッドが一冊の本を取り出した。『趣味と実益を兼ねたドラゴンの育て方』――先ほど図書室から借りてきたのだろう。ルーシー達に見られまいと隠していた本だ。
「ちいと古いが何でも書いてある。母龍が息を吹きかけるように卵は火の中に置け。それから……孵ったときにはブランデーと鶏の血を混ぜて三十分ごとにバケツ一杯飲ませろとか。それとここを見てみろや――卵の見分け方……俺のはノルウェー・リッジバックという種類らしい。こいつが珍しいやつでな」
「もしかしてここで飼うつもりなの?」
「ハグリッド、この家は木の家なのよ」
鼻唄まじりでルンルンと嬉しそうに暖炉に薪をくべるハグリッドが、ハーマイオニーの忠告を聞いていたかどうかは定かではない。
新たな問題を抱えてしまう羽目になった四人は、ドラゴンの卵についてどうするべきかを何度となく話し合った。
「アルバスに言ってみるのはどう? そしたらハグリッドだって手放すかもよ」
「出来ないこと言うなよ。ハグリッドを見たろ? あんなに嬉しそうに卵の世話をしてるんだぜ」
「そりゃ私だってドラゴンの卵が孵るの見たいよ。成長したら背中に乗せて欲しいなーとか思ったりしてるけど、でもさすがにあそこで飼うのは無理があるよ」
「ドラゴンって火を吹くんでしょう? あんな木の家なんてあっという間に丸焦げよ。それに法を破って飼ってるなんてこと、誰かに知られたら……」
「あーあ、平穏な生活ってどんなものかなぁ」
どっさり出された宿題と格闘しながらロンがぼやく。日毎に増える宿題にルーシー達は毎日苦戦を強いられていた。
ある朝食の時間、ヘドウィグがハリーに手紙を届けた。ハグリッドからだ。いよいよ孵るぞと書かれた手紙を読んだロンとハリーは薬草学の授業をサボってハグリッドの小屋へ行こうとしたが、ハーマイオニーが許さなかった。
「ドラゴンの卵が孵るところなんて一生に何度も見られると思うかい?」
「授業があるのよ。サボったらまた面倒なことになるわ。それに、もしハグリッドがしていることがバレたら、比べ物にならないくらい大変なことになるのよ」
「黙って!」
ハリーが小声で言った。ドラコがほんの数メートル先で立ち止まり、聞き耳を立てていたのだ。どこまで聞かれてしまったのだろうか。ルーシー達は顔を見合わせたがドラコに声をかけることはしなかった。
当然ながら授業はほとんど身につかなかった。ドラゴンの卵が気になって仕方がなかったからだ。授業の終わりのベルが鳴るやいなや、四人は授業で使っていた移植ごてを放り投げて森のはずれにあるハグリッドの小屋へと急いだ。
「もうすぐ出てくるぞ!」
四人を迎えたハグリッドが興奮した様子で言った。
テーブルの上に置かれた卵は深い亀裂が入り絶えず動いていた。コツン、コツンという音が立つたびに卵に小さな亀裂が入っていくのを五人は固唾を呑んで見守った。
突然キーッと引っ掻くような音がして卵がぱっくり割れた。赤ちゃんドラゴンがテーブルにポイと出てきたが、可愛いとはとても言えない見た目だった。しわだらけの黒いこうもり傘のようだ。痩せた真っ黒な胴体に不似合いな巨大な骨っぽい翼、長い鼻に大きな鼻の穴、コブのような角、オレンジ色の出目金だ。
思っていたよりずっと可愛くないその姿に何と言ったら良いのか分からずにいる四人の視線の先で、赤ちゃんドラゴンがくしゃみを一つ。鼻から火花が散った。
「素晴らしく美しいだろう?」
たった一人、ハグリッドだけは違う感想を抱いたようで、感嘆の息を漏らしながらドラゴンへとそっと手を差し出した。頭を撫でようとしたのだが、赤ちゃんドラゴンは小さくも尖った牙を見せてハグリッドの指に噛み付いた。
「こりゃ凄い、ちゃんとママが分かっとる!」
「ハグリッド、ノルウェー・リッジバックってどれくらいの早さで大きくなるの?」
未だハグリッドの指に噛み付いたままのドラゴンを心配そうに見つめながらハーマイオニーが問いかける。生まれたてでこんなにも狂暴では、大きくなってしまったらどうなるのか――考えるだけで不安だ。溜息をつきながら窓の方へと視線を滑らせたルーシーは息を呑んだ。
「どうしたの?」
「見られた」
「え?」
「ドラコ! 見てた!」
ハリー達の顔が一瞬で青褪める。ハグリッドがドラゴンを隠すように窓の前に立ったが、ドラコはもう城の方へ駆けて行ってしまっていた。嫌な沈黙が小屋に落ちる。
赤ちゃんドラゴンは何も知らずにまた一つ小さなくしゃみをした。
「君達は馬鹿なの?」
夕食が終わり、談話室へ帰ろうとしていたルーシーを呼び止めたカーラの第一声がそれだった。心当たりがありすぎるルーシー達は顔を見合わせると、カーラの腕を引っ捕らえ有無を言わさず空いている教室へと連行した。
「まったく……テスト前に何やってるんだか」
「ドラコ、何か言ってた?」
「だから僕がここにいるんだよ。言っておくけど、僕には何も出来ないからね」
「あいつ、君の他にも話してた?」
「僕だけだよ。僕が知る限りだけど」
ハリー、ロン、ハーマイオニーから安堵にも似た溜息が漏れる。カーラが知らないということは、他にはいないということに違いないからだ。もしスネイプに話していたなら、夕食の時間を待たずに大事になっていたに違いない。
「わざわざ教えに来てくれたの?」
「文句を言ってやりたくてね」
「文句? 何の?」
「ドラコを余計なことに首を突っ込ませた文句だよ。テスト前なのに、君達を退学させられるって喜んで色々計画立ててたよ」
「うわー……ドラコってばほんとハリー達のこと好きだよね」
「やめて」
ハリー、ロンが声を揃えた。
「君は? 先生に言う気か?」
「僕には関係ないよ。興味もないしね」
「おい、嘘だろ。ドラゴンだぞ!?」
信じられないと声を上げるロンにカーラは呆れ顔だ。用件は済んだとばかりに出て行こうとするカーラを呼び止めてルーシーはお礼を口にした。
「ありがとね、教えてくれて」
「止められないし、止める気もないからね。――でも、まぁ頑張って」
ひらりと手を振ってカーラが教室を出て行くとハーマイオニーが安堵の息を漏らす。
「とにかく、マルフォイが――ドラコの方だけど――何か企んでるのが分かって良かったわ。まだ先生に言ってないってことは、タイミングを見計らってるってことよ。気を付けないと」