図書室は試験勉強をする生徒達で溢れていた。五年生と七年生はそれぞれ大切な試験があるらしく、その集中力は他の学年の生徒達の比ではない。ハーマイオニーが何人もいるようだと言ったのはロンだが、ルーシーもハリーも同意見だった。
「今日すっごく天気が良いんだ。こんなに良いのは何ヶ月ぶりだろう?」
本の背表紙を流し見ながらロンがぼやく。そうだねぇ。相槌を打ちながらルーシーは『薬草ときのこ千種』の教科書を開いたがなかなか気分が乗らない。窓の外を見ると空は澄み切っていて、太陽が主張を始めていた。夏の気配が近づいている。
「――あ」
「どうしたの?」
同じく教科書を捲りながらハリーが聞き返してくる。ルーシーは先ほどカーラから聞いたことをハリー達に話した。
「カーラがね、ハグリッドを見たんだってさ」
「ハグリッド?」
「図書室で?」
「そう。まだいるんじゃないかな――ハグリッド!」
本棚の向こうに大きな毛むくじゃらを見つけて声を上げると、ハーマイオニーがすかさずルーシーに肘打ちをしてきた。マダム・ピンスが向こうから鋭い視線を向けていたのだ。ぺこりと頭を下げて立ち上がり、バツが悪そうにもじもじしているハグリッドに手招きすると観念したようにこちらへやってきた。
「驚いたな、図書館で何してるんだい?」
「ん、いや――ちっと見てるだけ」
誤魔化す声は上擦っているし、背中に何かの本を隠しているようだ。ルーシー達は顔を見合わせた。
「お前さん達は何をしてるんだ? まさか、ニコラス・フラメルをまだ探しとるんじゃないだろうな」
「そんなのとっくの昔に分かったさ」
ロンは得意げだ。
「それだけじゃない。あの犬が何を守っているかも知ってるよ。『賢者のい――』」
「シーッ!」
ハグリッドが慌てた様子で周りを見回した。
「そのことは大声で言い触らしちゃいかん。まったくお前さん達どうかしちまったんじゃないか」
「丁度良かった。ハグリッドに聞きたいことがあるんだけど、フラッフィー以外にあの『石』を守ってるのは何なの?」
「シーッ! ここでそんなことをしゃべりまくられちゃ困る。いいか、後で小屋に来てくれや。ただし教えるなんて約束はできねぇぞ、生徒が知ってるはずはねぇんだから。俺がしゃべったと思われるだろうが」
「じゃあ、後で行くよ」
ハリーが答えるとハグリッドは背中の本を隠したまま図書室を出て行った。
「ハグリッドったら背中に何を隠してたのかしら?」
「本だったよね?」
「もしかしたら石と関係があるのかも」
「僕、ハグリッドがどの本棚のところにいたか見てくる」
勉強から逃げるように立ち上がったロンがハグリッドが出てきた本棚へと足早に向かう。数分ほどで戻ってきたロンの手には何冊もの本が抱えられていた。
「ドラゴンだよ!」
ロンが声を潜めて言った。
「ハグリッドはドラゴンの本を探してたんだ。ほら、見てごらん」
「初めてハグリッドに会った時、ずっと前からドラゴンを飼いたいと思ってたって、そう言ってたよ」
机に並べられたいくつものドラゴンに関する書物を眺めながらハリーが言う。『イギリスとアイルランドのドラゴンの種類』、『ドラゴンの飼い方――卵から焦熱地獄まで』と書かれた本をパラパラと捲りながらルーシーは口を開いた。
「でもドラゴンって飼っちゃいけないんだよね?」
「そうだよ。家の裏庭でドラゴンを飼ってたら、どうしたってマグルが気付くだろう? それに、ドラゴンを手懐けるのは無理なんだ。狂暴だからね。チャーリーがルーマニアで野生のドラゴンにやられた火傷を見せてやりたいよ」
「それにドラゴンの卵だって簡単に手に入らないよね? それなのに本なんて借りてどうするんだろ?」
「行こうよ、ハグリッドのところに」
「駄目よ! まずは勉強しないと。ちゃんと今日の予定があるんだから」
ぴしゃりと言って教科書を開くハーマイオニーを尻目に、ルーシーたちは顔を見合わせて溜息をついた。
それから一時間後、ルーシー達はハグリッドの小屋へと向かっていた。ハーマイオニーが一時間ほどで勉強を切り上げてくれたからだ。
「だって貴方達のやる気がないんだもの。気になることを先に終わらせて、それから勉強しましょう」
ハグリッドの小屋にやって来た四人は驚いた。この天気だというのにカーテンが全て閉まっていたのだ。留守なのかと思いながらも戸を叩いてみれば、中からハグリッドの声が返事をした。
招き入れられた小屋の中は窒息しそうなほど暑い。こんなに暑い日だというのに暖炉には轟々と炎が上がっている。
「それで、お前さん達何が聞きたいんだったな?」
「うん。フラッフィー以外に『賢者の石』を守っているのは何か、ハグリッドに教えてもらえたらなと思って」
「もちろんそんな事は出来ん。第一、俺自身が知らん。第二にお前さん達は知りすぎておる。『石』がここにあるのにはそれなりのわけがあるんだ。グリンゴッツから盗まれそうになってなぁ……もう既にそれも気付いておるだろうが……大体、フラッフィーの事も一体どうしてお前さん達に知られちまったのか分からん」
「ねぇ、ハグリッド。私達に言いたくないだけでしょう。でも絶対知ってるのよね。だって、ここで起きてることで貴方の知らないことなんかないんですもの」
ハーマイオニーが優しい声でおだてると、ハグリッドのヒゲがぴくぴくと動き、もじゃもじゃのヒゲの中でにこりと笑ったのが分かった。
「私達『石』が盗まれないように誰がどうやって守りを固めたのかなって考えてるだけなのよ。ダンブルドアが信頼して助けを借りるのは誰かしらね。ハグリッド以外に」
「まぁ……それくらいなら言っても構わんだろう」
すっかりいい気分になったハグリッドが胸を反らして言う。ルーシー達は良くやったとハーマイオニーに目配せをした。
「俺からフラッフィーを借りて、何人かの先生が魔法の罠をかけた。スプラウト先生、フリットウィック先生、マクゴナガル先生……それからクィレル先生。もちろんダンブルドア先生もちょっと細工したし……待てよ、誰か忘れておる。――そうそう、スネイプ先生」
「スネイプだって?」
「あぁ、そうだ。まだあの事にこだわっておるのか? スネイプは『石』を守る方の手助けをしたんだ。盗もうとするはずがない」
ハグリッドの話を聞きながら、ルーシーは腕を組み考え込んだ。
スネイプはクィレルからフラッフィーの出し抜き方を聞き出そうとしていた。それから、ルーシーは聞きそびれてしまったが、ハリーが言うには「クィレルの怪しげなまやかし」についても話していたらしい。
ハロウィンの夜、スネイプはフラッフィーの廊下にいた。ルーシーが行かなければ彼はどうしていたのだろうか。ハリー達の言うように『石』を盗もうとしていたのだろうか?
グリフィンドールやハリーを目の敵にしていて減点ばかりするスネイプだが、それでもルーシーにはスネイプが悪者だとはどうしても思えなかった。
だってスネイプはルーシーをあの廊下に置き去りにはしなかった。目撃者であるルーシーがフラッフィーに殺された方が都合が良かったかもしれないのに。それに誕生日のことだってあるし、『ルーシー』がスネイプに片想いをしていたことだって。ルーシーはスネイプが悪者であってほしくないのだ。
けれど、もし本当にスネイプが悪者ではなかったとしたら? そうするとフラッフィーの出し抜き方を探していたのはスネイプではなくクィレルということになり、スネイプはクィレルがどこまで罠を破る手はずを整えていたのかを探っていたということになる。そんな馬鹿な。ルーシーは溜息をついた。あのクィレル先生が一人でそんな大それたことを考えるとは思えなかった。
「ねぇ、ハグリッドだけがフラッフィーを大人しくさせられるんだよね? 誰にも教えたりはしないよね? たとえ先生にだって」
「俺とダンブルドア先生以外は誰一人として知らん」
ハグリッドは胸を張ってそう答えたが、ルーシーの不安はちっとも消えなかった。