「どう思う?」
夜、ベッドに潜りながらルーシーはレイに尋ねた。「何が?」と毛繕いしながらレイが聞き返してくる。
「分かってるくせに。レイはどうしてあそこにいたの?」
「偶然だよ。試合が終わって、おめでとうって言いに行こうとしたらハリーと二人で箒乗って飛んでるから。後を追いかけてったらあんな事になってるしよ」
「先生たちの話聞いたでしょ? 石のこと話してた」
「そもそも賢者の石のことをどこで聞いたんだ?」
「ハグリッドがニコラス・フラメルの名前を教えてくれたんだよ。しまったって顔してたけど」
レイの溜息が部屋に落ちる。
「それで?」
「ハーマイオニーが持ってた大きな本に載ってた。賢者の石を作った人だって」
「それで?」
「ハリーたちはスネイプ先生が石を狙ってるって思ってる。前の試合の時にハリーの箒が振り回されたでしょ? それの犯人を先生だって思ってるから……」
「お前は?」
「まさか!」
ルーシーは勢いよく起き上がった。レイのどことなく不満そうな顔を見ながら首を振る。
「違うよ。絶対違う」
「どうして? 嫌な奴だろ、あいつ」
「でも違う。性格が良いとは思わないけど、でも……悪い人じゃない」
「どうして分かるんだ? お前はあいつのこと何も知らないだろ」
「そりゃ、全然知らないけど……でも、違うよ。あの人はハリーを殺したりしない」
たとえスネイプが賢者の石を狙っていたのだとしても。それでもハリーを殺そうとしたことだけは絶対に違うとルーシーは思う。すぐに減点するし、ハリーを標的にして嫌がらせをするけど、それだけだ。ダンブルドアや他の教師の目がなかったとしても、きっとスネイプはハリーを殺したりはしないとルーシーは確信していた。
「……じゃあ、賢者の石のことはどうなんだ? あいつが狙ってないと思うのか?」
「うーん……違うと思うけど……何か理由があって欲しがってる可能性はあるよね。クィレル先生を脅してたし……もし先生が欲しがってるわけじゃないとしたら、そうしたらクィレル先生が狙ってるってことになるでしょう?」
あのクィレルが永遠の命を欲しがるだろうか? ――分からない。分からないことだらけだと溜息をつきながらルーシーはベッドに寝転んだ。
「ねぇ、レイ。レイは分かってるの?」
「何が?」
「賢者の石のこと。何がどうなってるの?」
「さぁな」
「もう!」
「俺はお前が無事ならそれで良いんだよ」
そう言ったきり羽に顔を埋めてしまうレイを眺め、そっと目を閉じる。
「……私は、みんな無事でいてほしいよ」
自分だけが助かりたいとは思えない。ハリーやロンやハーマイオニー――友人や大切な人達が傷つき苦しんでいるとして、自分だけが無事でいるなんて逆に苦しいではないか。一緒に傷ついて苦しんで、そうして一緒に助かりたい。レイがそれを望まないとしても。
うつらうつらとするルーシーの耳に誰かの声が届いた。泣いているのだろうか。掠れた小さな声なのに叫んでいるようにも聞こえる。悲痛な声だった。一体誰に向けたものなのだろう。苦しげな、喘ぐような、何もかもを諦めてしまったかのような、そんな声で紡がれる謝罪の言葉。
「いいよ、怒ってないよ。だから泣かないで」
泣かないで。苦しまないで。傷つかないで。大丈夫。大丈夫だから。
物音を立てずに床に降り立ったレイは、静かな寝息を立てるルーシーを見下ろした。一体何の夢を見ているのか。彼女の寝言で察することが出来てしまうのが嫌だとレイは思った。知りたくなどないのに。
「…………どうして、お前はそうなんだ」
いっそ恨んでくれていたらいいのに。スネイプのことも、何もかも。こんな事になってしまった己の境遇を恨んで、そうしてレイに命じてくれたら良いのに。何もかも壊してくれと。そうすればルーシーもレイもずっとずっと楽なのに。
けれどとレイは思う。そんなだから、ルーシーは彼女達と同じなのだと。レイが望むようにはしてくれない。唯一であり絶対であるルーシーだけの無事を願うレイの望みを叶えてはくれない――だからこそルーシー・カトレットはレイにとって特別なのだ。
ルーシーは望んでいないのだ。レイがルーシーの代わりにスネイプを恨み憎むことを。レイがルーシーの代わりに何もかもを壊すことを。彼女はただひたすらに大切な人達を助けることを望み続けている。
「ほんと……育て方を間違ったかもなぁ」
苦笑とともに愛しい主の頬をそっと撫でて、レイは窓から飛び立っていった。
復活祭の休みがやってきた。試験の日が少しずつ近付き始めてきたせいで、この頃には宿題の量が随分と増えていた。ハーマイオニーが試験勉強に取り組み始めてからというもの、ルーシー達も図書室に入り浸ることが増えたが、司書のマダム・ピンスが厳しく監視しているので図書室では話すことすらままならないのである。観念して勉強するしかないのだが、好きでもない勉強をするのに集中力がそう続くものでもない。図書室に入り浸る時間こそ増えたけれど、勉強した内容が頭に入っているのかは微妙なところである。
今日も午後から図書室で勉強する約束をしているので、昼食を急いで食べたルーシーは一足先に大広間を抜け出して廊下のあちこちに花の飾り付けをして回った。気分転換が必要なのだ。
図書室へ続く廊下の壁に色とりどりの花を飾りつけていた時、図書室の方からカーラがやってくるのが見えた。
「君とポッターって凄いんだな」
「…………え?」
予想外の言葉に戸惑っていると、すぐそばまでやってきたカーラがつい先ほど飾り付けたばかりの花を手に取って言う。
「この間の試合。凄かった」
「……お、おう……ありがとう……?」
「僕が褒めるなんておかしい?」
「いや、あの……えぇー……? いや、嬉しいんだよ? ただ、びっくりして……」
戸惑いから抜け出せずにいるルーシーに花を突っ返したカーラが壁に寄りかかる。隣に倣うと「でも」カーラが言った。
「試合の後しばらく先生は機嫌が悪かったし、ドラコも機嫌が悪かった。ついでに談話室の空気も最悪だったよ」
「えー……それ私らのせい?」
「違うと思う? スネイプ先生が審判やるなんて珍しいって、上級生たちは喜んでたんだよ。グリフィンドールが無様に負けてくれるだろうって。なのに実際は五分くらいで終わっちゃっただろう?」
「めちゃくちゃ頑張ったんだよ!?」
「分かってるよ。ペナルティ・シュートだって何本かあったのに、点差はほとんど変わらなかった。だから凄いんだなって思ったんだ。あっという間にスニッチを取って試合を終わらせたポッターも、点差を開かせなかった君や他の選手たちも」
ルーシーは横目でカーラを盗み見たが、怒っているようには見えない。むしろ言葉通り本当に感心しているようだ。突然褒められた時には裏があるのではないかと思ってしまったが、ただ本当に試合の感想を言っているだけなのだろう。
「ありがと!」
「どういたしまして。まぁ、全然面白くはないんだけどね。それより、こういう悪戯はやめたんじゃなかったの?」
ルーシーが通ってきた廊下の壁に飾られた花たちを指してカーラが呆れたように言う。ルーシーは大きく頷いて胸を張った。
「スネイプ先生がね、片付けをフィルチさんがするのはおかしいって言ってたからやめてたんだよ。でもね、ほら! この花、時間が経つと消えるんだよ! ひとりでに! だから片付けいらないの! 凄いでしょう!」
今回は花を壁に飾り付けているだけだから通行の邪魔にはならないし、時間が経てばひとりでに消えてくれるのだからフィルチの手を煩わせる必要もない。消えるまでに廊下を通った人達が色とりどりに飾り付けられた花たちを見て和むだけだ。
「…………良かったね」
スネイプが言っていたことはそういう事ではなかったと思うのだけれど、とカーラが考えていることをルーシーは知らない。素晴らしい魔法を教えてくれたレイに感謝するばかりだ。
「カーラはテスト勉強? お昼食べてないの?」
「これから行くよ。キリがいいところまでやってたから――そういえば、図書室で珍しい人を見たよ」
「え?」
「森番。あの大きな……仲良かっただろう?」
「ハグリッド? 何でまた図書室に」
「さぁ?」
カーラが肩を竦めたその時、後ろからハリーたちがやってきた。廊下に飾り付けられた花たちを見てハーマイオニーが顔を顰めている。
「ルーシー、またやったのね?」
「この花勝手に消えるから! 片付けの手間いらないし、ばら撒いてもないよ! 壁に飾っただけ!」
「まったく……急いで食べてどこか行っちゃうから、絶対悪戯仕掛けてると思ったのよ」
呆れながらもそこまで強く言わない辺り、ハーマイオニーの中でこれはセーフということなのだろう。カーラに向けて親指を立てると苦笑を返された。
「もしかしてマルフォイを巻き込んだの?」
「カーラは図書室から出てきたとこだよ。ずっと勉強してたんだってさ」
「テストが近いんだもの。ほら、私達も早くやらないと」
「はーい。カーラ、じゃあまたね」
「ん」
ひらりと手を振ったカーラが去っていく。背中を見ていたロンが呟いた。
「もう一人のマルフォイもあれくらいならなぁ」
「そういえばハリーのこと褒めてたよ」
「えっ?」
「この間のクィディッチの試合、凄かったってさ。私も褒められちった。あと他の選手のみんなのことも」
「うわー……ますますマルフォイぽくない」
「だって本当に凄かったもの!」
「最短記録だ! あぁ、思い出しただけで……あ、だめだ。嫌なことも思い出した」
試合後のスネイプとクィレルの密会のことを思い出したのだろう。肩を落としたロンが「でも」呟いた。
「クィレルには驚いたな。すぐに奪われちゃうんじゃないかとヒヤヒヤしたけど」
「その代わりスネイプの機嫌はずっと悪いままだよ」
「この間の授業でもたっぷり減点されたものね……」
「クィディッチで勝ってからますます減点されるようになったもんね。テストの時は減点されないといいけど」
「やめてくれよ」
ロンとハリーがうんざりしたように言った。