翌日の放課後、クィディッチの練習の為に競技場に向かう途中でルーシーが唐突に言った。
「よし、じゃあ対決しよう」
「は?」
思わず声を上げてハリーは隣を歩くルーシーを見る。
「対決。しよう、私と」
自分を指して笑うルーシーを見てハリーはぱちぱちと目を瞬いた。向こうでウッドが早く来いと叫んでいる。あ、急ごう。足を速めたルーシーにつられるようにハリーも駆け出した。
「いいの? ルーシーだってチェイサーの練習あるのに……」
「だって、ハリーがすぐにスニッチ取ってくれるんでしょ?」
だから大丈夫だよ。そう言って笑うルーシーをまた見つめて、それからハリーはくしゃりと笑った。望むところだ。返した言葉にルーシーがニシシと笑って、二人はウッドの元へ急ぐ。
「遅いぞ!」
「ねぇ、ウッド。私とハリーでシーカーの練習したいんだけど」
虚を突かれたウッドがルーシーを見てハリーを見て。もう一度ルーシーを見た。
「スネイプ先生はグリフィンドールにとって不利な審判をするだろうから、一秒でも早くハリーにスニッチを取ってもらわなきゃ」
「そりゃ、そうだけど……でも、大丈夫なのか?」
ルーシーでハリーの相手が務まるのか――ウッドの表情がそう言っている。ハリーでも分かったのだからルーシーも分かったのだろう。勝利を望むキャプテンに、ルーシーは胸を張って答えた。
「たぶん!」
「…………」
「まったく相手にならないかもしんないけどさ、やってみないと分かんないでしょ? ね、お願い!」
両手を合わせて拝むように頼み込むルーシーに倣い、ハリーもウッドに頼み込んだ。ハリー自身に練習を望まれてしまえば断り切れないのだろう、ウッドは溜息混じりに頷いた。
「……まぁ、良いけど――でも、それじゃルーシーが練習出来ないだろ。次の試合に向けて新たなフォーメーションを考えたんだ」
「練習もちゃんとやるよ。でも、何が何でもハリーには早くスニッチを取ってもらわなきゃ」
「――分かった。それじゃあ二人共、頑張ってくれよ」
これ以上何を言っても無駄だと悟ったらしいウッドが、ハリーとルーシーの肩に手を置いた。頑張れという言葉の調子よりも、肩に置かれた手の方が遥かにウッドの気持ちを表している。痛い。それでもハリーとルーシーは大きく頷いてみせた。信頼には応えなければ。
満足気に頷きを返したウッドがポケットからスニッチを取り出してハリーへと託す。手のひらにころんと転がったスニッチを見てルーシーとハリーは顔を見合わせた。
「用意はいい?」
「いつでもいいよ」
ルーシーの相槌を受けてハリーがスニッチを空へ放つ。金色の小さなスニッチはルーシーとハリーの周りをうろちょろと飛んだ後、すぐに見えなくなった。
「負けたら罰ゲームね」
「えっ!」
何それ聞いてない! 叫ぶハリーに笑い、箒に跨ったルーシーが地を蹴る。
「さー、ゲームスタートー!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! ずるい!」
慌てて箒に跨ったハリーも空中へ飛び上がり、二人はそれぞれスニッチを探し始めた。
グリフィンドール対ハッフルパフの試合の日がやってきた。
更衣室まで一緒にやってきたロンとハーマイオニーに見送られながら中に入ると、途端にハリーから溜息が漏れ出る。首を傾げると「ほんと羨ましいよ」とハリーが力なく笑った。
「緊張してるの? 前にも試合出たじゃん」
「そりゃするよ。だって審判がスネイプだよ? 嫌な予感しかしないよ……生きて帰れると良いんだけど」
「大げさだって」
ルーシーは笑いはしたが、日頃あれだけ標的にされて減点されていれば無理もないかと肩を竦めて伸びをした。病的なほどにクィディッチに取り憑かれたウッドのおかげで連日ずっと練習三昧だったのだ。疲労だって少なからず残っているが、負けてやる気は毛頭ない。スネイプがズルをする前にスニッチを取ってしまえば良いのだが、気紛れなスニッチを予測することは難しい。ハリーを疑うつもりはないが、少しでも彼の気が楽になるように点を稼がなければ。
「ポッター、プレッシャーをかけるつもりはないが、この試合こそとにかく早くスニッチを捕まえてほしいんだ。スネイプにハッフルパフを贔屓する余裕を与えずに試合を終わらせてくれ」
何がプレッシャーをかけるつもりはない、だ。めちゃくちゃかけてるじゃないかと呟いたのは誰だったか。表情を強張らせたまま重々しく頷くハリーに、溜息とともに首を振ったアンジェリーナがルーシーの肩を叩く。緊張を解してやってくれということだろう。頷いたルーシーはハリーの肩を叩いてにっこり笑った。
「ハリー、私に勝っておいて他の奴に負けたら容赦しないからね」
「ルーシー! 追い打ちかけてどうするの!」
「ハリー! 大丈夫! 大丈夫だから!」
叫ぶアンジェリーナ。ケイティがハリーの肩を掴んで必死に励ましているが、あれでは逆効果ではないだろうか。フレッドとジョージが声を上げて笑った。
「よーし、もうすぐ始まるぞ」
「観客もほとんど入ってきてる――こりゃ驚いた、ダンブルドアまで見に来てるぞ」
「えっ?」
競技場へ続くドアを少しだけ開けて覗き込んだフレッドに、ハリーが慌てて駆け寄る。目的の人物を見つけられたのだろう。ホッと表情を和らげたハリーがルーシーを振り返って笑った。
ハリーとは裏腹にスネイプは渋面だった。ダンブルドアがこの場にいることへの怒りか、それとも別のものか――ハリーに言わせれば「僕を殺せないから腹を立てているんだ」ということなのだろう。
クィディッチの試合の流れは、競技場にいた大半の者たちの予想通りだった。ジョージがブラッジャーを打てば、審判の方へ打ったという理由でハッフルパフへペナルティ・シュートが与えられ、ルーシーがシュートを決めれば今度は何の理由もなしにハッフルパフへペナルティ・シュートが与えられた。何度も吹き鳴らされる笛の音に舌打ちをすれば、審判に逆らったとまたペナルティ・シュート。ルーシーたちも負けじと点数を稼いでいくが、グリフィンドールとハッフルパフの点数は拮抗していた。
それはケイティにパスを送った直後だった。不意に沸き立つスタンド。グラウンド中の視線がシーカーへと注がれる中、紅の閃光のように素早く急降下したハリーが金色のスニッチをしっかりと掴んだ。割れんばかりの大歓声がグラウンドに広がる。憎々しげに顔を歪めたスネイプが試合終了の笛を吹いた。
「ハリー!!」
グリフィンドールの選手たちが一斉にハリーに飛びつく。一番最初に飛びついていったルーシーは他の選手達に押し潰されそうになったが構わなかった。満面に笑みを浮かべるハリーと一緒にスタンドにいるハーマイオニーに大きく手を振る。隣のロンとネビルが何故か髪の毛がボサボサで鼻血も出している。
「どうしたんだと思う?」
「さぁ……?」
困惑する二人の背後から声をかけられた。振り返ればダンブルドアが微笑んでいた。
「よくやった。君たちがあの鏡のことをくよくよ考えず、一所懸命にやってきたのは偉い……すばらしい」
ルーシーとハリーはまた満面に笑みを浮かべた。
箒を戻すために箒置き場へとやってきたルーシーとハリーは、まだ興奮が冷めないまま先程の試合について話していた。スネイプが何度もペナルティ・シュートをハッフルパフに与えていたことで愚痴を言い合い、何度も点数を奪い返したルーシーやアンジェリーナ、ケイティをハリーが褒め称える。ルーシーもハリーがスニッチをすぐに見つけたことを手放しで褒め称えた。
「先生の方に飛んでいったから、ぶつかるつもりかと思ったよ」
「そんなことしたらペナルティ・シュートじゃ足りないよ! でも本当にすぐに捕まえられて良かったよ。スネイプに目にもの見せてやった! ――あれ?」
「どうしたの?」
「あれ……スネイプだよね?」
ハリーの指す方をルーシーも見た。城の正面の階段をフードを被った人物が急ぎ足で降りてくるところだった。明らかに人目を避けている様子で、禁じられた森の方へと足早に歩いていく人物の歩き方は独特で、ひょこひょこと片足を庇っているようだった。ルーシーとハリーは顔を見合わせ、戻したばかりの箒を手にして跨った。
木が深々と繁る禁じられた森の上空をルーシーとハリーはすーっと静かに飛んだ。円を描きながら徐々に高度を下げ、ハリーが一際高いブナの木に降りていく。ルーシーも手頃な木にそっと降りた。足元から誰かの話し声が聞こえてくる。
「このことは二人だけの問題にしようと思いましてね」
スネイプの声だ。ルーシーは耳をそばだてた。
「生徒諸君に賢者の石のことを知られてはまずい」
スネイプとクィレルに注意しながらルーシーはハリーの方を見た。ハリーは身を乗り出して二人の話をもっとよく聞こうとしていた。
「あのハグリッドの野獣をどう出し抜くか、もう分かったのかね」
「で、でもセブルス……私は……」
「クィレル、我輩を敵に回したくなかったら――」
「ど、どういうことなのか、私には」
「吾輩が何を言いたいか、よく分かってるはずだ」
不意にルーシーの隣に一羽の鷹が降り立った。レイだ。驚いた拍子に微かに漏れ出た声を隠すかのように少し離れた所でフクロウがホーッと鳴いた。スネイプたちに気付かれなくて良かったと胸を撫で下ろしながらじとりとレイを見るが、レイは知らんぷりでスネイプたちを見下ろしている。
「いいでしょう。それでは、近々またお話をすることになりますな。もう一度よく考えて、どちらに忠誠を尽くすのか決めておいていただきましょう」
話は終わりだとばかりにスネイプが再びフードを深く被った。足早に去っていくスネイプを見送っているとレイがルーシーの服を嘴で咥えて引っ張っていた。戻ろうということなのだろう。ハリーを見ると丁度こちらを見たハリーが頷きを一つ。二人は来た時と同じようにそっと飛び上がり箒置き場へと戻っていった。
「見た?」
「見た。聞いた?」
「聞いた」
言葉少なに確認しあい、城へと向かう。クィディッチで勝った時の高揚感はすっかりなくなってしまった。真剣な表情で何かを考えているらしいハリーは、城への道中「レイいつからいたの?」と問いかけてきたけだけだった。
城に到着するとロンとハーマイオニーが玄関ホールで待っていた。何も知らない二人は未だクィディッチで勝利した高揚感の最中にいて、遅く戻ってきたルーシーとハリーを見つけて笑顔で声をかけてきた。
「僕らの勝ちだ! それに僕はマルフォイの目に青あざを作ってやったし、ネビルなんかクラッブとゴイルにたった一人で立ち向かったんだぜ。まだ気を失ってるけど、大丈夫だってマダム・ポンフリーが言ってた。スリザリンに目にものを見せてやったぜ! みんな談話室で待ってるんだ。パーティをやってるんだよ。フレッドとジョージがケーキやら何やらキッチンから失敬してきたんだ」
「それどころじゃない」
ハリーが声を潜めて二人に言った。
「どこか誰もいない部屋を探そう。大変な話があるんだ」
四人は誰もいないことを確認して近くの部屋に入った。スネイプとクィレルとのやり取りをハリーが二人に聞かせている間、ルーシーは我関せずといった様子で毛繕いをしているレイをじとりと見ていた。
「僕らは正しかった。賢者の石だったんだ。それを手に入れるのを手伝えって、スネイプがクィレルを脅していたんだ。スネイプはフラッフィーを出し抜く方法を知ってるかって聞いてた……それとクィレルの”怪しげなまやかし”のことも何か話してた。フラッフィー以外にもなにか別なものが石を守ってるんだと思う。きっと人を惑わすような魔法がいっぱいかけてあるんだよ。クィレルが闇の魔術に対抗する呪文をかけて、スネイプがそれを破らなくちゃいけないのかもしれない」
「それじゃ賢者の石が安全なのはクィレルがスネイプに抵抗してる間だけということになるわ」
ハーマイオニーが不安そうな顔で警告した。
「それじゃ三日と保たないな。石はすぐなくなっちまうよ」
ロンの言葉に反論する者はいなかった。