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クリスマス休暇が終わると、ホグワーツは再び生徒達で溢れ返った。
ハリーに透明マントが贈られた事、夜中に何度も城を歩き回った事を話すとハーマイオニーは驚き呆れ返ったが、どうせ抜け出すならニコラス・フラメルの事をもっと真剣に探してくれれば良かったのにと残念がった。

「夢?」
「そうなんだ」

ある日の朝、談話室に下りてきたハリーの顔が疲れきっている事にルーシーは気付いた。目の下にある薄い隈に眠れないのかと問えば、おかしな夢を見るのだとハリーは言う。

「僕のパパとママが殺された時の……緑色の閃光がチカチカしてて、ただ……不思議なんだけど、もう一人いた気がするんだ」
「どういう事?」
「僕もよく覚えてないんだけど……誰かが叫んでる気がしたんだ。声は聞こえなくて、誰かも分からない……ただ、パパでもママでもなかった……ねぇ、ロン。何か知ってる?」
「うーん……分からないな、詳しく聞いたわけじゃないし……僕が知ってるのは『例のあの人』が君を殺し損ねて消えたって事だけで……」
「そっか……」

肩を落とすハリーの背中をぽんぽんと叩いてやると、無理して作ったような笑みが返ってきた。

「夢も気になるけど……私達はニコラス・フラメルを調べなきゃ」

十分間の休み時間中にルーシー達は必死で本を漁った。クィディッチの練習も再び始まったので、ルーシーとハリーはロンやハーマイオニーより更に時間が少なかった。
ウッドのしごきは前よりも厳しくなった。雪が雨に変わり、果てしなく降り続いてもウッドの意気込みが湿りつく事はないらしい。

「ウッドは殆ど狂ってるよ」

疲れきったフレッドの声に異を唱える者はいなかった。
選手達は誰もが疲れきっていた。けれど、ハリーだけは他の選手と違ってウッドを味方した。確かに箒に乗る事も練習をする事も楽しいけれど、こう雨の日ばかり続いてはやり辛い。晴れてさえいてくれれば、ルーシーだって喜んで練習するというのに。

「ハリーは嫌じゃないの?」

疲れ果てて談話室に戻りながら尋ねれば、同じようにヘトヘトに疲れ果てた様子のハリーが「僕だって雨は嫌だよ」と苦笑する。

「でも、見なくて済むから……」
「あぁ……そっか、そうだね」

考えてみれば、練習が無い時だって隈を作っていたハリーだ。夢を見ないくらい熟睡出来るのはハリーにとって喜ばしい事なのだろう。誰だって、自分の両親が殺される場面など夢に見たくない。

一際激しい雨が降ったある日、泥だらけになって練習しているルーシー達の元にウッドが報せを持ってきた。翌週行われる予定のグリフィンドール対ハッフルパフの試合で、何とスネイプが審判をすると言うのだ。

「ダメだ!!」
「僕だって抗議したさ!」

声を揃えたフレッドとジョージにウッドが怒鳴り返す。

「けど、どうしようもない……とにかく、スネイプに難癖付けられる前に終わらせるんだ!」
「――だってさ。大変だね、シーカー」

顔を引き攣らせるハリーの肩に手を置いてルーシーは満面の笑みを浮かべた。

「これは相当愛されてるね」
「怒るよ」

じとりと睨みつけてくるハリーに声を上げて笑い、ルーシーとハリーは城へと帰って行った。
談話室へ戻ると暖炉の傍に座ったロンとハーマイオニーがチェスをしている。「やった!」と声を上げたルーシーは急いで暖炉の前へ行き、冷えきった手をかざす。

「痒くなるわよ」

難しい顔でチェス盤を睨みつけながらハーマイオニーが言った。大丈夫だよ。そう答えた直後、指先や手の甲がピリピリするような、じんじんするような。あ、痒い。呟いたら呆れ顔のハーマイオニーが「だから言ったじゃない」と笑った。

「勝てそう?」

痒くなってしまった手を揉みながら問いかければ、返事の代わりにハーマイオニーが唸る。向かいに座るロンがちらりとルーシーを見てにっこり笑った。
とても優秀なハーマイオニーだけれど、チェスだけはどうやってもロンに勝てないのだ。

「誰にだって出来る事と出来ない事があるよ」
「まだ負けてないわ!」

叫んだハーマイオニーは、たっぷり時間をかけてチェス盤を睨みつけた後、悔しくて堪らないといった様子で負けを認めた。ロンがこっそりガッツポーズをする。ルーシーとハリーは顔を見合わせて笑った。ハーマイオニーは何か一つくらい負けた方がいいよ。ハリーがそう言っていたのを思い出す。

「――あ、そうだ。ハリー、言わなくていいの?」
「え? 何が――あ! そうだった!」
「何なんだい?」

首を傾げるロンとハーマイオニーに顔を寄せ、ハリーは言った。
次の試合の審判がスネイプになった――次の瞬間、ロンが青褪め、ハーマイオニーが息を呑んだ。

「試合に出ちゃダメよ!」
「病気だって言えよ!」
「脚を折った事にすれば……!」
「いっそ本当に折ってしまえ!」

矢継ぎ早に叫ぶ二人――特にロンだ――は、自分達がどれだけ恐ろしい事を言っているのか理解しているのだろうか。

「出来ないよ。シーカーの補欠はいないんだ。僕が出ないとグリフィンドールはプレイ出来なくなっちゃう」
「ルーシーがやれば良いじゃないか! チェイサーは補欠がいるんだから!」

名案だとばかりにロンが目を輝かせる。ハーマイオニーも、ハリーが出るよりは安全だろうとでも考えているのだろうか。難しい顔をしたけれど反対はしなかった。

「まぁ、それでも良いんだけど……でも、いいの?」
「何が?」
「スネイプ達にハリーが逃げたと思われるけど」
「嫌だよ!!」

即座にハリーが叫ぶ。「僕が出る!」続いた言葉にロンとハーマイオニーが反対したけれど、ハリーの意見は変わらなかった。でも、だって――不安を露わに言い募る二人にルーシーが笑う。

「大丈夫だって。すぐにスニッチ取っちゃえば良いんだから」
「それが出来たら苦労しないよ!」
「スニッチがいつ現れるかも分からないのに!」

叫ぶ二人を何とか宥め落ち着かせたその時、談話室にネビルが転がり込んできた。両足をぴったりと閉じた状態で立ち上がる事も出来ないネビルが息を切らしている。ずっとこの状態でぴょんぴょん両足飛びをしてきたのだろうか。

「『足縛りの呪い』を誰にかけられたの?」

サッと立ち上がったハーマイオニーが呪文を解除しながらネビルに問いかけた。今にも泣きそうな顔のネビルが小さな声で教えてくれる。マルフォイ。ハリーとロンが顔を顰めた。

「図書館の外で会ったんだ。誰かに試してみたかったって……」
「マクゴナガル先生のところに行きなさいよ! マルフォイがやったって報告するのよ!」
「これ以上、面倒は嫌だよ……」
「ネビル、マルフォイに立ち向かわなきゃダメだ」

落ち込むネビルにロンが言った。

「あいつは平気で皆をバカにしてる。だからと言って、屈服して奴をつけ上がらせて良いわけじゃない」
「僕が勇気がなくてグリフィンドールにふさわしくないなんて、言わなくても分かってるよ。マルフォイがさっきそう言ったから」
「ねぇ、ネビル。一応聞いておくけど、それ、どっちのマルフォイ?」

ネビルの前にしゃがみ込んでルーシーは尋ねた。にこにこ笑うルーシーに不安を覚えたのか、僅かに肩を震わせたネビルが小さな声でドラコだと教えてくれる。

「そっか、ありがと」

お礼を言って立ち上がるのを手伝っていると、ポケットから蛙チョコを取り出したハリーがネビルに差し出した。

「マルフォイが十人束になったって君には及ばないよ。組み分け帽子に選ばれて君はグリフィンドールに入ったんだろう? マルフォイはどうだい? 腐れスリザリンに入れられたよ」
「ありがとう……カードあげるよ。集めてるんだろう?」

取り出したカードをハリーの手に残し、ネビルはとぼとぼと男子塔へと行ってしまった。肩を落とすネビルの背中を見送ったルーシー達が顔を見合わせる。考えている事は一つだ。ドラコ・マルフォイに目にもの見せてやる。

「またダンブルドアのカードだ」

ネビルから渡されたカードに目を落としたハリーが呟いた。ホグワーツ特急の中で初めて見たカードだと呟いたハリーが何気なくカードを裏返して――そして、息を呑む。

「ハリー?」
「見つけたぞ! フラメルを見つけた!」

ルーシーは即座にカードを覗き込んだ。図らずも同時に覗き込んできたハーマイオニーの頭とぶつかってしまったが、痛がっている場合ではない。

「『一九四五年に闇の魔法使いグリンデルバルドを破った事、ドラゴンの血液の中に種類の利用法の発見をした事、パートナーであるニコラス・フラメルとの錬金術の共同研究などで有名』……僕、これを見たんだ!」
「ちょっと待ってて!」

突然叫んだハーマイオニーが物凄い勢いで女子塔へ続く階段を駆け上がっていく。姿が見えなくなった頃に聞こえた悲鳴は転びでもしたのだろう。数分もせずに戻ってきたハーマイオニーの腕には大きな本が抱えられていた。

「でかっ! 何それ!」

あまりの大きさに叫んだルーシーを無視し、ハーマイオニーがテーブルの上に本を広げる。ここじゃない、ここでもない――パラパラとページを捲り続けていたハーマイオニーは、やがて「あった!」と叫んで開いたページを叩いた。

「『ニコラス・フラメルは賢者の石の創造に成功した唯一の者!』」
「何それ?」

ルーシー、ハリー、ロンの声が揃う。大発見だと輝いていたハーマイオニーの目がすっと細められた。不満気な顔にしまったと顔を見合わせ、ルーシーが咳払いを一つ。

「あー……それで? その賢者の石ってどういうものなの?」
「貴方達、少しでも良いから本を読むべきよ。絶対」

鼻を鳴らしたハーマイオニーが気を取り直して説明を始めた。
賢者の石とはいかなる金属をも黄金に変える力を持っていて、不老不死となる『命の水』の源でもある――いかにも胡散臭そうな代物だと思うが、それをフラメルと共に創ったのがダンブルドアだと言われてしまえば信じる他ない。

「すごい。フラメルは六百歳を超えてるんですって」
「どうりで。『魔法界における最近の進歩に関する研究』に載ってないわけだ」
「とにかく! あの犬はこの賢者の石を護ってるのよ! フラメルがダンブルドアに頼んだんだわ。だって二人は友達だし……きっと、フラメルは誰かが狙ってるのを知ってたのよ。だからグリンゴッツから石を移して欲しかったんだわ」
「命を創る石、死なないようにする石――スネイプが狙うのも無理ないよ。誰だって欲しいもの」

熱く語り合う三人にルーシーは困ったように頬を掻いた。
どうやら、すっかりスネイプが犯人だと決めつけているようだ。

「何だかなぁ……」

心中は複雑だ。『ルーシー』がスネイプを好きだったという事実、つい先日のスネイプの部屋での事。もしハリー達の言う通り、スネイプが石を狙う犯人だったとしたら――考えるのも嫌だ。

「そんなに悪い人じゃないと思うんだけどなぁ」

無意識に漏らしたルーシーをハリー達が一斉に振り返った。信じられないと三人の顔に書いてある。

「君、どうかしちゃったんじゃないのか?」
「大丈夫?」
「雨に打たれすぎたのよ、きっと」

早く着替えて休んだ方が良いわ。真剣な顔で訴えるハーマイオニーに反論を諦めたルーシーは、促されるまま女子塔へと戻って行った。