27


クリスマスの朝がきた。
目が覚めるとベッドの足元にはいくつかのプレゼントが負いてある。毎年贈ってくれるレイとダンブルドアに加え、今年はハーマイオニーもお菓子を贈ってくれた。これから朝食だが、目に入ったお菓子を我慢出来るはずもない。一つだけと言い訳をして袋を開けたルーシーは、ショートブレッドを齧りながらフレッドとジョージからの包みを開ける。出てきた悪戯グッズに目を輝かせていると窓をこつんこつんと叩く音がした。レイだ。

「メリー・クリスマス」
『メリー・クリスマス。――こら、朝からお菓子食べるな』
「一個だけだもん」

むぐむぐと口を動かしながら次々にプレゼントの包みを開けていく。休暇前に贈ると宣言したからだろう、カーラからも小さな包みが届いていた。出てきたのは愛らしい猫型のブローチだ。さすがマルフォイと呟くルーシーはレイが難しい顔をしたのに気付かない。

「――あれ、これ誰だろう?」

手のひらより少し大きいサイズのテディベアを掲げて首を傾げる。差出人の名前がない。カードには『メリー・クリスマス』の一言しかなかった。

「これじゃあ誰だか分かんないよ」
「貸してみ」

いつの間にか後ろに立っていたおじさんがひょいとぬいぐるみを取り上げる。くまの鼻を指先でトントンと叩いたおじさんは、やがて嫌そうに顔を歪めて溜息。返されたテディベアに何かあるのかと思って調べたけれど、何もない。

「何なの?」
「何でもない」
「誰からなのか分かったの?」
「さぁな。ちっとも分からんかった」

じゃあ何で嫌な顔したの?――問いかけようとしてルーシーは口を噤んだ。どうせ教えてくれないのだろうと悟ったからだ。

一通りプレゼントを確認し終えた頃には、ハーマイオニーからもらったショートブレッドは半分に減っていた。もう朝ご飯いらない。呟いてレイに軽い拳骨を頂戴したその時、ルーシーはベッドの足元に落ちていたカードに気が付いた。

「誰だろ」
「何て書いてあるんだ?」

覗き込むレイと共にカードを開いて――沈黙。

「………”待っていろ”?」

何これ。首を傾げてカードを裏返す。差出人の名前はない。

「差出人不明で待ってろって言われても……ねぇ、レイ?」

黙ったままのレイを振り返り、ルーシーは息を呑んだ。今までに見た事がないような険しい顔をしていたからだ。
カードを凝視するレイに声をかけられずにいると、伸びてきた手がルーシーの頭をぽんぽんと撫でる。

「それ、俺に預けてくれるか?」
「え……ぁ、うん……はい」

差し出したカードをポケットにしまい、レイが微笑む。いつもの大好きなおじさんの笑顔だけれど、何故だろうか。不安が拭えない。もう行くと言って鷹の姿に変わったレイにルーシーはおそるおそる尋ねた。

「それ、誰だったの?」
「…………間違いだよ。ただの、間違い」

嘘だとすぐに分かったけれど、尋ねる間もなくレイは寒空に飛び立っていってしまった。
一人残されたルーシーはカードが落ちていた場所を見つめ、不安を拭うようにテディベアを抱きしめる。取り上げられなかったという事は、こちらの差出人不明の贈り物は何の問題もないという事なのだろう。

「……誰だったんだろう」

待っていろ、だなんて。迎えに来るとでも言うのだろうか。分からない。
もしかしたら『ルーシー』に宛てたものだったのかもしれない。ハリー達と合流する為に談話室へ向かいながら、ルーシーはそんな事を思った。




翌朝、ルーシーはロンからハリーが昨夜ベッドを抜けだした事を聞かされた。
透明マントという貴重なものが誰かから贈られてきたのだと話してくれるロンに相槌を打ちながら、どこかぼんやりした様子のハリーを眺める。

ニコラス・フラメルの事を調べようと夜中の図書館に行ったけれど、閲覧禁止の棚にも見つからなかった。フィルチに見つかりそうになって適当に逃げ回っていたら辿り着いた部屋で不思議な鏡を見つけた。そこには驚く事にハリーの両親が映っていた――今朝ハリーから聞き出したことをそのままルーシーに語ったロンが首を傾げる。

「変だろ? ハリーのパパとママは死んだはずなのに……」
「うーん……変な鏡じゃないと良いんだけど……何でそんなのが学校にあるんだろうね」
「今夜も行くって言ってたから、僕も連れてってもらうことにしたんだ。ルーシーも行くだろう?」

僕一人じゃ不安だと訴えるロンに、ルーシーは一も二もなく頷いた。

「ルーシーは? 何か良いの贈られてきた?」
「あぁ、差出人不明のプレゼントとカードがきたよ」
「何それ!」

声を上げて笑うロンにルーシーも笑う。冗談だと思ったらしい。それならそれで良いかと反論する事を止め、ルーシーはぼんやりと暖炉の火を見つめるハリーに近寄った。

「ハリー、おはよう」
「うん……おはよう、ルーシー」
「私も一緒に行っていい?」
「うん……いいよ、行こう」

こちらを振り返る事もしないハリーの頬を指でついたが、何の反応もない。それならばと更に強く押せば、さすがに我慢出来なかったのかハリーの手がルーシーの手を払った。

「痛いよ!」
「ごめんごめん。そろそろご飯だよ、行こう?」
「うん……うん、でも、お腹空いてないんだ」

それでも行こうと腕を引けば、観念したように溜息を落としてハリーが立ち上がる。階段を下りて広間へ向かう間も、ハリーはどこか上の空だった。

消灯時間を過ぎた頃、ルーシーはハリー達と共に談話室を抜け出した。初めて見るはずの透明マントはどこか懐かしく、こうしてハリーとマントを被って城を歩き回るのも、初めてではないように思えてくる。不思議だと呟いたその時、ハリーの向こうにいるロンが呻き声を上げた。

「ねぇ、凍えちゃうよ……もう諦めて帰ろう」

寒さに震えながらロンが囁くが、ハリーは頑として聞かない。この辺りなのだと焦れたように返して足早に進んでいく――まるで何かに取り憑かれてしまったかのように歩き続けるハリーに少しばかり不安を覚えつつ、ルーシーは転ばないようにと気を付けながら必死について行った。

「――あった!」

漸く辿り着いた部屋。部屋に入るなりマントをかなぐり捨てて鏡へ走って行くハリーの背中を見つめ、ルーシーは隣で床に座り込んだロンに問いかけた。

「大丈夫?」
「何とか……でも、大丈夫なのかな?」

鏡に齧りつくハリーへと目を向けたロンが不安を露わに囁く。立ち上がったロンと共にハリーの元へ向かえば、うっとりと鏡を見つめていたハリーがルーシー達を振り返り満面の笑みで手招きした。

「早く来て! ほら、見てよ! 沢山いるんだ」

ルーシーとロンはひょいと鏡を覗き込んだ。そして「あれ?」と声を揃える。鏡にはハリーしか映っていなかった。けれど、それを告げてもハリーは「そんなはずない!」と信じない。ルーシーとロンは顔を見合わせた。

「僕、君しか見えないよ」
「私も……これ、何て書いてあるんだろう?」

鏡の枠に刻まれた飾り文字をなぞりながら呟くが、二人には聞こえなかったらしい。ハリーは躍起になってロンに鏡の中にいるはずの家族を見せようとしているし、ロンはそんなハリーに困惑しながら何度も「見えないんだよ」と答えていた。

「ちゃんと見てご覧よ! さぁ、ここに立って――ルーシー、ちょっと退いてくれ」

ハリーに言われて一歩後ろに下がれば、ハリーに勧められるままロンが鏡の前に立つ。どう?そっと問いかけると、鏡を見つめるロンの目がみるみる輝きだした。

「ロン――?」
「僕を見て!」

突然ロンが叫ぶ。驚いてもう一度呼びかけるルーシーの声は聞こえないのだろうか、返事がない。

「僕の家族が君を囲んでるのが見えるかい?」
「ううん、僕一人だ――でも、僕じゃないみたい。もっと年上に見える。僕……僕、首席だ!」
「何だって?」

ハリーが目を丸くした。

「僕、ビルが付けていたようなバッジを付けてる……最優秀寮杯とクィディッチの優勝カップを持ってる……僕、クィディッチのキャプテンもやってるんだ」

凄いや。感嘆の息を漏らしてロンがこちらを振り返る。これ、未来を見せてくれるの?――うっとりした様子で囁くロンにルーシーとハリーは顔を見合わせた。

「そんなはずないよ。僕の家族は死んじゃったもの……ねぇ、ルーシーも見てみてよ」
「え……いや、いいよ……私は、いい」

嫌な予感がする。
ハリーには死んだ家族が見えて、ロンには未来の自分の姿が見えるなんて普通ではない。この鏡が一体何を映すのか分からない以上、見るべきではない――そう思うのに、ハリーはぐいぐいとルーシーの腕を引っ張って鏡の前に立たせた。
天井まで届くような背の高い鏡の枠は金の装飾が施されている。鉤爪状の脚から順に視線を上げていくと、枠の上部にあの飾り文字が見えた。

『すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ はしたわ』

何これ。呟いてルーシーは首を傾げる。何かの暗号だろうか――分からない。

「ルーシー!」
「分かったよ……」

急かされるまま、ルーシーは必死に目を逸らしていた鏡へと目を向けた。限りなく目を細めて見れば、誰かがいるのが薄っすらと見えた。一人ではない。たくさんいる。

「どう? 僕の家族、見える?」
「うーん……」

袖をぐいぐいと引くハリーに、ルーシーは観念して目を開けた。

「、ハリー」
「なあに?」

違う。ハリーじゃない。
これは誰だ。ハリーによく似た、ハリーではない誰か。
知っている。私は、このハリーに似た人を知っている。

どこかで見た事がある――どこで?

「――、」

無意識に口を開いて、けれど何も出てこない。どうしたの?と問いかけるハリーの声に返事をする事も出来ず、ルーシーはただただ鏡を見つめた。

ハリーによく似た誰かがいて、ハンサムな少年がいて、優しく微笑む少年がいて、気弱そうな少年がいて、綺麗な赤毛の少女がいる。とても懐かしくて、けれど誰なのか分からなくてもどかしい。
不意に現れた黒髪の少年がルーシーの隣に立った。鏡の中の自分が嬉しそうに少年に腕を絡める。それに微笑みを向けた少年がこちらを向いて――ぱちり。目が合った。

「っ、」

ズキンと傷んだ頭を押さえて蹲る。

「ルーシー!?」
「どうしたの!?」

驚いたハリーとロンに何とか大丈夫だと答えて、ルーシーは深呼吸を繰り返した。頭が痛い。どうして。何で。ズキズキと痛む頭を押さえながら顔を上げ、もう一度鏡を見た。今度は違う誰かが映っている。

「だれ……?」

これは誰だろうか。ルーシーによく似ているけれど、髪と目の色が違う。ルーシーよりも年上だ。小さな赤ん坊を抱いた彼女の傍らには黒髪の男が立っている。整った顔立ちの男性が彼女の肩を抱いて優しく微笑んだその瞬間、またズキンと頭が痛んだ。

分からなくて。
痛くて。ただ、とても痛くて。

「……も、いいや」

ふらふらと覚束ない足取りで鏡から離れれば、心配そうにこちらを見ていたハリーとロンが再び鏡の前へと立つ。僕の番だ。違う、僕だ。言い合う二人の声が遠くに聞こえた。

痛い。頭が痛い。
部屋の隅に蹲り頭を押さえていると、突然ハリーとロンが走ってきてルーシーの傍にしゃがんだ。透明マントが頭から被せられる。どうしたのかと尋ねようとしたらハリーの手がルーシーの口を覆った。
三人が息を潜めていると、ドアの向こうから小さな影が現れた。フィルチの猫だ。くんくんと鼻をひくつかせたMrs.ノリスは、やがてくるりと向きを変えて去って行った。

「まだ安心は出来ないよ……フィルチのところに行ったかもしれない。行かなくちゃ」

立ち上がったロンがルーシーとハリーの腕を掴む。引っ張られるようにしてルーシー達は部屋を後にした。