23


不思議な夢だった。
夢の中で自分は今よりももっと年上で、今と同じようにグリフィンドールカラーのネクタイをしめていた。
そんな自分と一緒にいたのは何故かスリザリンを示すカラーのネクタイをしていて、顔がよく見えない。

約束をしたのだ、彼と。
誕生日を祝ってくれると。
あの場所で、朝一番に言ってくれると。

渋々ながらも頷いてくれた彼に、とても嬉しくなって。
あぁ、『私』は彼のことが大好きだったんだと思って。

目が覚めた時、最近では珍しい事に夢の内容を覚えていた。時計を見ればまだ朝の四時過ぎ。奇しくも今日はルーシーの誕生日だ。その事実がとても特別な事に思えて。

もしかしたら『彼』が現れるのではないかと思って。
『彼』ならルーシーの知りたいことを全て教えてくれるのではないかと期待して。

来るか分からない『彼』を待ち続ける間に意識を失ってしまったようだ。何か夢を見ていたような気がするけれど、起きてしまえばもう何も思い出せなかった。驚き目を瞠るスネイプに何か言ったような気もするけれど、完全に目を覚ました時にはもう何も覚えていなかった。
真冬の朝に何て無謀だったのだろう。スネイプが来てくれなかったらどうなっていた事か――ありがとうございますと礼を紡いでルーシーは先程と同じ疑問を口にした。

「先生は、どうしてあそこに?」

返事はない。さっきも、そして今も、スネイプはどこか苦々しげな顔でルーシーから目を逸らしている。
何か言いたくない事情があるのだろうと思って、けれど、今日だけは何故か気になって。

入学した頃から不思議だった。
ホグワーツ城のあちこちで覚える既視感。
ルーシー・カトレットを知っている教師やゴースト達。
誰もがルーシーを見て懐かしそうに目を細め、どこか悲しそうに目を伏せる。

彼だけが違った。
セブルス・スネイプだけが。

「………先生は、仲が良かったんですか?」

私と。否。『彼女』と。
スネイプは答えない。あの時と同じだ。何かに耐えるようにグッと眉根を寄せ、拳を握りしめている。決してこちらを見ようとしないスネイプが何を考えているのか、ルーシーには想像すら出来ない。

教えてくれればいいのに。そう思うのに口にはしない。
きっとスネイプは何も言わないのだろう。言えば少しは楽になれるのかもしれないのに、彼はそうしない。ルーシーはそれを知っている。何故だか分からないけれど、知っている。彼がそういう人間だと知っている。その理由すら分からなくて、胸の奥がモヤモヤするのだ。

他の教師達にはそんな事を思ったりしないのに、スネイプにだけ。
スネイプだけがそのような反応をするからだろうか。分からない。ただ、気になって仕方がない。

セブルス・スネイプという人が、気になって仕方がないのだ。

差し出された紅茶を飲み終えた頃、ずっと黙りこんでいたスネイプが漸く口を開いた。長く息を吐き出して背凭れに身体を預けたスネイプが天井を仰ぎ見る。常ならば見る事の出来ないスネイプ教授の一面にきょとんと目を瞬かせていると、不意にこちらを見たスネイプと目が合う。どきりと鼓動が跳ねた。

「――何が聞きたい」
「、ぇ」

一拍遅れで反応したルーシーを急かすように、スネイプが繰り返す。何が聞きたいのかと。
その言葉の意味を考えて、理解する。ルーシーは目を見開いた。

「い、いん、ですか……?」

だって、今まで教えてくれなかったのに。誰も教えてくれなかったのに。
本当に?と聞き返すとスネイプが不機嫌に眉を寄せた。

「いらないのであれば――」
「い、いる! いりますっ!」

慌てて立ち上がり叫ぶと、座れと視線で訴えられる。すぐさまソファに腰を下ろしてルーシーは逸る気持ちを抑えようと両手で胸を押さえた。
何から聞こう。どこまでなら教えてくれるのだろう。予想だにしない申し出に頭がうまく働かない。早く、早くしないと。スネイプの気が変わってしまう前に――

「せ、先生なんですかっ?」

それはルーシーの意思とは無関係に口から零れ落ちた。
思わず口を押さえて、けれどその疑問も勿論解消したかったから、訂正せずにスネイプを見つめる。

「夢の中で約束していたのは……あの人は、スネイプ先生なんですか?」

よりによってそれを選ぶのか。嫌そうに顔を歪めたスネイプの目がそう訴えているように見えた。
苦い顔でルーシーから目を逸らして何かを思案していたスネイプは、やがて溜息を落とした。イエス。小さな声が返ってきた。

「っ、ほ、本当に!? 本当ですか!?」
「そう言っている」

苦い顔で、決してルーシーを見ないままにスネイプが肯定する。
あぁ、この人だったのか――そう思うと同時に夢の内容を思い出し、ルーシーはもぞもぞと身体を揺らした。

「あ、の……」

これは聞いて良いのだろうか。答えてもらえるだろうか。
「何だ」と聞き返すスネイプに、ルーシーは深く息を吸い込んで口を開いた。

「つ、付き合ってたんですか……?」

窺うようにそっと覗き込むルーシーの視線の先で、スネイプが殊更嫌そうに顔を歪めた。その反応で答えを知ったルーシーは、同時に『彼女』がスネイプに片想いしていた事を知る。何だ、片想いだったのか。呟くとスネイプが嫌そうに呻いた。

「トロフィー室で盾を見たんです。ハリーのお父さんの名前が掘ってあった盾に私と同じ名前がありました。その人と私の関係、教えてくれませんか?」

どこまで話して良いのだろうか。スネイプの思案顔がそう言っている。
考え込んでいるスネイプにルーシーは駄目押しをした。

「おじさんは『覚えている時のルーシー』って言いました!」

あの考えなしめ。スネイプがそう呟いたのは聞こえず、けれどスネイプが不機嫌になったのは容易に分かって。

「教えてくれるんですよね?」

身を乗り出したルーシーを嫌そうに見て、

「――分かった」

スネイプが再び大きな大きな溜息を吐き出した。




「始めに言っておくが、我輩も全てを知っているわけではない」

だから全てを話す事は出来ない。推測を述べた所で何の意味もないのだから。
そう続けたスネイプにルーシーは神妙な顔で頷いてみせた。正直に言えば不満もある。推測でいいから全てを知りたいと思うのは、当事者であるのだから当然の事だ。けれど、それを言ってしまえば何も教えてもらえないような気がして。

頷いたルーシーにスネイプも一つ頷き、言った。

「……君が、『ルーシー・カトレット』だ」

分かっていた事だ。
けれど、改めて断言されると、何ともいえない気持ちになる。嬉しいような、悲しいような、悔しいような――。
俯いて唇を噛みしめるルーシーは気付かない。顔を強ばらせたスネイプが何かに耐えるように強く拳を握りしめている事に。

「じゃあ……じゃあ、どうして……?」

だって私は何も知りません。ルーシーは訴えるようにスネイプを見つめた。
小さい頃の事を覚えている。ずっとおじさんと二人で生きてきたのだ。ルーシーの中には『ルーシー』の記憶は欠片も存在しない。ルーシーが『ルーシー』である事など、不可能なのだ。

生まれ変わりなのかと尋ねた。けれど「違う」と返ってくる。
ならば、何故?どうやって?泣きそうになりながら尋ねたルーシーにスネイプは言った。

「十一年前、彼女は赤ん坊に戻った」

それが君だ、と。
シンとした部屋に暖炉の火が爆ぜる音と時計の秒針が動く音が響く。ルーシーは自分の唇が震えている事に気付いた。

「な、んで……?」
「……詳細は分からない」
「だって、そんなの、どうして」
「推測でしかない。あれが何を思ったのか、何をしようとしたのか――君にしか分からない事だ」

ただ――、そこまで呟いてスネイプが首を振る。

「いや、いい」
「何ですか? 何か分かってる事があるんじゃないんですか?」
「今の君が知るべき事ではない」
「どうして! 私の事なのに!」

叫んで、それでもスネイプがそれ以上何も言うつもりが無いのだと理解してルーシーは口を噤んだ。
『覚えている時の』と言われてもいまいちピンとこなかった。一体どんな関係があるのだろうかと思っていた。彼女がいたのはずっと前なのだから、生まれ変わりとかそういう類のものだと思っていたのに。まさか本人だったなんて。

「――もう一つ、教えてください」

縋るようにスネイプを見る。スネイプはいつもと変わらない感情の篭もらない目でこちらを見ていた。

「前の私は、卒業した後どうなったんですか?」
「、」

目に見えた動揺。掠れた声が「何故?」と問いかけてくる。スネイプが。あのセブルス・スネイプが。こんなにも動揺している。
その事実が恐ろしく思えて。ルーシーは咄嗟に顔を伏せた。

「聞いたんです……ハリーのお父さんが『例のあの人』と戦ってたって……私と――『ルーシー』とすごく仲が良かったって!」

口が止まらない。
スネイプの返事を聞くのが、真実を知るのが怖いのに止まらない。

「ハリーのお父さんがそうだったから、私もそうだと思ってたって! ハリーのお父さんがそうだったように、私も死んでしまったのだと思ったって!」

――違ったんですか?
聞きたくないのに口が勝手に動く。

――私は一緒じゃなかったんですか?
ダメだ。黙れ。もう何も言うな。願いは叶わない。

「私は……っ、友達を見捨てて逃げたんですか……っ!?」