隣を歩くルーシーをちらりと横目で見て、カーラはこっそり溜息を零した。
何だ、いつも通りじゃないか。心の内で呟いて前を向く。
”ありがとう”
そう言って笑ったルーシーが、泣くのではないかと思った。動揺を内に秘めていつも通りを装ってはみたけれど、それは正しかったのか分からない。ただ、今こうして隣を歩くルーシーはもうすっかりいつも通りだから、正解とまではいかなくとも間違いではなかったのだろうと思う。
「あぁ、そうか」
ルーシーが泣きそうだった理由を思い出して足を止める。つられて足を止めたルーシーが首を傾げてカーラを見た。
「短い間だったけど……元気で」
努めて優しい声をかけた。けれどルーシーはぽかんと口を開けて更に首を傾げるだけ。間抜け面と思いながらも、これで最後だからと無言のまま口を閉じさせて首の向きも元に戻してやる。
「ん? ん? ごめん、何の話?」
「隠さなくて良いよ。だって、マクゴナガル先生に連れてかれた後にあんな風に走り回って……つまり、そういう事なんだろう?」
「そういう……? ――あっ」
ハッと何かに気付いたような顔をしたルーシーがまた吹き出す。廊下に響く笑い声に顔を顰めていると、馬鹿笑いを続けていたルーシーがニカッと笑った。
「退学じゃないよ!」
「…………そうなの?」
聞き返した声は残念だという響きを多分に含んでいる。何それ!とルーシーが笑い、カーラは「えー……」と呻く。
「てっきり退学してくれるんだとばかり」
「何それ! 卒業まで一緒だよ! 一緒!」
「えー……」
卒業まで七年間。ずっと一緒。これが。
思わず顔を顰めたカーラの顔は、きっと嫌だという想いを存分に表わしてくれている事だろう。だというのに、ルーシーの笑顔は曇らない。何が何だか分からないけれど、ルーシーはとても嬉しそうだ。
「……変わってるよ、君」
呆れたように返したカーラは、自身の口元が緩んでいた事を知らない。
カーラと並んで大広間に行くと、ハリーとロンが広間の入り口で待っていてくれた。一緒に階段を下りてきたルーシー達に目を丸くしたハリーとロンが顔を見合わせて首を傾げる。そんな二人などお構いなしに、カーラはちらりとルーシーを見てそのままスリザリンのテーブルへと行ってしまった。
「君、マルフォイと仲良いんだ」
ロンの声は少しだけ尖っていた。
「ロン達がドラコと喧嘩してる間、私もカーラも暇だもん。話す機会はたっぷりさ」
「僕らだって、好きで喧嘩してるわけじゃないよ」
「あっちが突っかかってくるんだ」
顰め面のロンとハリーの背を押して席に着くと、まるでタイミングを見計らったかのようにお腹が鳴る。ローストビーフを自分の皿に盛っていると「そう言えば」ロンが口を開いた。
「いい加減教えてくれよ。マクゴナガルに何を言われたんだ?」
「話してなかったの?」
「君が戻ってからにしようと思って待ってたんだ」
フォークに刺したローストポテトを齧りながらハリーが向かいに座るルーシーを見た。じっと探るような視線はルーシーの機嫌が治ったかを確認しているのだろう。苦笑を返すとハリーはホッとしたように表情を和らげたポテトを口の中に押し込んだ。
「どんな処罰だって?」
「罰としてグリフィンドールのクィディッチチームに入れってさ」
「何だって!?」
ロンのフォークからローストビーフがぼとりと落ちた。
これ以上ないくらい目を見開いて凝視してくるロンにハリーが笑い、マクゴナガルに連れて行かれた時の事を語る。箒の所持を認められていない一年生がクィディッチチームに入る事は原則で禁じられている。それを捻じ曲げてまでハリーとルーシーのチーム入りをさせたマクゴナガルへの考え方が少し変わったのだろう、ロンは職員テーブルで食事をするマクゴナガルをぼんやりと見て、それからまたハリーとルーシーを交互に見た。
「ハリーがシーカーなら、君は? どこのポジションになるの?」
「週末の選抜で決めるってさ。今のメンバーのが優れてたら私の話は流れてハリーだけがチーム入り」
「だとしても凄いよ。だって、本当に……」
感嘆の息を漏らすロンに、ルーシーとハリーは顔を見合わせて照れ笑いを浮かべた。
正直なところ、ルーシーは自分がチームに入れるとは思っていなかった。マクゴナガルの言うとおり『ルーシー・カトレット』が箒に乗るのが上手だったとしても、ルーシーまでもがそうだとは限らない。ルーシーには幼い頃からの記憶が勿論ある。それならば『前のルーシー』とは一体どういう意味なのか。分からない。けれど、いつまでも気にしていたって仕方がない。誰も教えてくれないのだ、ダンブルドアの言うとおり、ルーシーはルーシーらしく生きるだけだ。
「ハリー、君――もしかしたらルーシーもだけど――最年少の寮代表選手だよ。ここ何年来かな……」
「百年ぶりだって。ウッドが言ってたよ」
掻き込むようにパイを食べながらハリーが答えた。
「来週から練習が始まるんだ。でも誰にも言うなよ、ウッドは秘密にしておきたいんだって」
その時、フレッドとジョージが広間に入ってきた。二人はハリーを見つけると足早にやって来た。
「凄いな。ウッドから聞いたよ、僕達も選手だ。ビーターだ」
「ルーシーが僕らからポジションを奪わなければだけど」
ジョージの言葉に続いたフレッドがルーシーに向けてウィンクをする。ルーシーはニシシと笑ってチキンに齧り付いた。
「今年のクィディッチカップはいただきだ! チャーリーがいなくなってから一度も取ってないんだよ。だけど今年は抜群のチームになりそうだ。ハリー、君、よっぽど凄いんだな。ウッドときたら小躍りしてたぜ」
「ルーシー、ウッドから伝言だ。土曜の朝から競技場で選抜するってさ。君、箒は?」
「持ってないんだ。買わなきゃダメかな……」
おじさんに言ったら買ってくれるだろうか。頑なにルーシーが箒に乗ることを拒んでいたのだ、あまり期待は出来そうにない。
選抜の時は選手の誰かから借りれば良いとのジョージの言葉に頷き、ルーシーは溜息を一つ落とす。
「そこまでして選手になりたいわけじゃないんだけど……」
「マクゴナガルが言ってただろ。君、断ったらきっと罰則が待ってるよ」
ハリーの声に「うげぇ」と呻いて顰め面。ルーシーはちらりと職員テーブルへと目を向けた。ダンブルドアと何かを話していたマクゴナガルがたまたまこちらを見て、にっこり。拒否権はありませんよ。そう言われたような気がした。
リーに呼ばれていると言ってフレッドとジョージが去ると、今度はドラコがクラッブとゴイルを従えてやって来た。その後ろからカーラがつまらなさそうな顔でやって来る。
「ポッター、最後の食事かい?」
問いかけるドラコは水を得た魚のようにいきいきしている。顰め面ですぐに言い返すハリーとロンは既に食事よりもドラコに意識を奪われているようだ。一足先に食べ終えたルーシーは巻き込まれぬ内にそそくさと立ち上がりカーラの元へと避難する。
「教えてあげれば良かったのに」
「言えると思う?」
あんなに嬉しそうな顔してるのに。輝くドラコの顔をちらりと見てカーラが気まずそうに顔を背ける。確かに。頷いてルーシーはまた空いている席に腰を下ろした。デザートのプディングへと手を伸ばし、隣の席をぽんぽんと叩いてカーラを誘う。
「座ると思う?」
「そこに突っ立ってると目立つよ」
ほら。周りを見渡すよう促してみれば、カーラがまた嫌な顔。テーブルに背を向ける形で座るカーラに笑いながらプディングを頬張った。美味しい。
「君達が退学になってれば、こうしてグリフィンドールの席に来なくて済むんだけど」
「ドラコの事だから七年間通い詰めると思うよ、おめでとう」
「嬉しくないから」
一体どんな会話がなされたのか。夜中の決闘を約束するハリー達を見てルーシーとカーラは顔を見合わせた。
「……あれ、僕も行かなきゃなんないのか……?」
「――ふはははは! 首を洗って待ってるがいい!」
「やだよ。夜くらい君に関わらないで静かに過ごしたい。というか、まさか君も行くの?」
おすすめしないよ。そう言って立ち上がったカーラはドラコ達と共に言ってしまった。
「あれ? ルーシー、何でそっちにいるの?」
「緊急避難。行くの?」
「行くさ。君も行くだろ?」
「そうだねぇ……」
あの分だとカーラは行かないのだろう。ドラコにせがまれれば行くかもしれないが、寝たふりをしてやり過ごす可能性も捨てきれない。ルーシーは決闘なんてものをする気はない。面白そうだからついて行くつもりではあるが、それはカーラが来ることが前提だ。暇人同士隅っこで話しでもしていようと思ったからであり、その相手がいないのなら自分一人が暇になってしまうではないか――そこまで考えて思いつく。あぁ、そうか。別に決闘の場所について行かなくても良いのだ。深夜。誰もいない深夜。見回りのフィルチや先生達に見つからないように城を歩き回り、悪戯を仕掛ける大チャンス。
「行こうかな!」
「ダメよ」
背後から聞こえた声にぎくりと肩を揺らす。おそるおそる振り返れば、ハーマイオニーが腰に手を当てて立っていた。
「聞くつもりはなかったんだけど、貴方達の話が聞こえちゃったの。あのね、夜、校内をウロウロするのは絶対ダメ。もし捕まったらグリフィンドールが何点減点されるか考えてよ。捕まるに決まってるわ。まったく、何て自分勝手なの」
「まったく、大きなお世話だよ」
言い返すハリーの声は刺々しい。うわぁ。思わず漏らしたルーシーの前で「バイバイ」ロンがとどめを刺した。
二人をきっと睨みつけたハーマイオニーがルーシーを見る。ぎくり。またルーシーの肩が揺れた。
「まさか、貴方は行かないわよね?」
「え? えーと……」
「絶対ダメよ。これまでだって何度も減点されてるのに、ちょっとは反省したらどうなの?」
そう言われてしまえばルーシーには返す言葉もない。ハーマイオニーの言う通り、ルーシーは人一倍スネイプから減点されてしまっている。ぐうの音も出ない。
「げ、減点されないように努力します……」
しょんぼりと肩を落として答えたルーシーに、ハーマイオニーは満足気に頷いて去っていった。