06


そもそも、あんなにも理不尽な減点があってたまるものか。確かに大声で馬鹿笑いしてしまったルーシーにも非があるが、教える立場にあるくせに依怙贔屓をするスネイプにこそ罰則を与えて然るべきではないか。

「――あのっ、」

鍋を洗う手を止めて振り返れば、何故だかぎくりと身を強張らせたスネイプがルーシーを凝視した。その反応の意味などルーシーには到底理解出来ず、けれどやはり一言言ってやらなければ気が済まない。意を決して息を吸い込んだ。

「先生も、一緒にどうですか!」
「………何?」

失敗した。ルーシーは熱くなる顔をどうする事も出来ずにスネイプからそっと目を逸らした。誘ってどうする。文句を言ってやりたかったはずなのに、どういうわけか鍋洗いを誘ってしまった自分の馬鹿さ加減が嫌になるが、もう後の祭りだ。言ってしまったのだから。

「――我輩に、君の罰則を手伝え、と?」
「も、元はと言えば、先生がハリーを虐めるからいけないんです! だからっ、先生も、その……」

こうなれば自棄だ、と言ってしまった事をルーシーは早くも後悔していた。途切れてしまった言葉の続きなどもう言えるはずもない。スッと目を細めたスネイプの視線に耐え切れず俯くと、楽しげな声が上から降ってきた。

「なるほど。不遜にも君はこの我輩に罰則を課そうと、そういう事かね?」
「う……だ、だって、その………」
「その度胸だけは認めてやろう。さすが勇気と無謀を履き違えるグリフィンドール生だ」

まるで水を得た魚のようにスネイプの声はいきいきとしている。あぁ、失敗した。駄目だ。もう駄目だ。項垂れるルーシーに、スネイプはまるで幼子に優しく言い聞かせるかのように言った。

「罰則は一週間だ」
「そんな……!」
「夜八時に我輩の研究室に来るように」
「鬼ー!!」

思わず叫び、ハッとする。あぁ、本当に。何で自分はこうなのか。

「教師に対する言葉遣いを覚える事をお勧めする、Miss.カトレット。グリフィンドールから五点減点」

肩を落としたルーシーは、それ以上何も言うことなく鍋を洗う事に専念した。




漸く鍋洗いを終えて教室を後にすると、ルーシーはどっと疲れを感じながら玄関ホールへ続く階段を上がっていった。ハリーから一緒にハグリッドの小屋へ遊びに行こうと誘われていたが、もうそんな気分ではなくなってしまった。大きな溜息を落として階段を上りきると、ばったりカーラと出会した。ドラコやクラッブ達の姿は見えない。
カーラはルーシーを認めると呆れたような馬鹿にしたような顔で近付いてきた。

「ずっと罰則だったのかい?」
「もー、腕がクタクタ……ずーっと鍋洗いさせられたんだよ」
「あんな馬鹿笑いするからさ。黙っていればポッターだけの減点で済んだのに」
「だって! ハリー悪くなかったじゃん!」

どう考えたってハリーは悪くない。理不尽過ぎるスネイプにこそ非があるというのに、こんなの間違っている。確かにルーシーが罰則を受けたのはルーシーの自業自得だが、上手いこと反論したハリーを褒めたくなる気持ちも分かって欲しい。
分かってくれるようなスネイプなら、始めからハリー一人を狙うような事はしなかっただろうけれど。

「今からそんなんじゃ、一年の終わりにはグリフィンドールの点数はマイナスになってるだろうな」
「ほ、他で稼ぐもん! カーラ達は良いよね、ちょっと茹で方上手かっただけで点数もらえるんだもん。マクゴナガル先生はそんな贔屓してくれないのに!」

宿題たっぷり出されたんだよ!訴えるが、返ってくるのは「そんなの僕の所為じゃないよ」という至極尤もなもので。不満を露わに頬を膨らませると、伸びてきた手がルーシーの頬をむぎゅっと摘んだ。

「レディがそんな顔するもんじゃないよ。――あ、レディじゃなかったか」
「意地悪! スネイプ先生みたい!」
「おやまぁ、先生に聞かれたらまた減点だね」

くすりと笑うカーラの台詞にハッと息を呑んで辺りを見回す。良かった、スネイプはいない。ホッと胸を撫で下ろしたルーシーはじとりとカーラを睨んだ。くつくつと笑うカーラに馬鹿にされている事だけはよく分かる。憎たらしい。

「おりゃっ!」
「っ、」

腕を素早く伸ばして脇腹をくすぐってやると、カーラがびくりと身体を震わせた。しまったという顔をしたカーラがじとりとルーシーを睨む。反対にルーシーはニヤリと口端を吊り上げた。両手をワキワキと動かせば、カーラの目が油断なくルーシーの顔と手とを見てじりじりと後退っていく。

「カーラの弱点見っけ!」
「上品さの欠片もないな、君は!」
「そんなの必要ない家で育ったからね!」
「威張ることじゃないだろ!」

幾度となく腕を伸ばしてくすぐってやろうとするが、そのたびにカーラが素早く身体をずらして逃げ延びる。四度目の戦いを終えた辺りで、とうとうカーラが両手を上げて降参のポーズを取った。

「付き合ってらんないよ。僕は寮に帰る」
「えー、楽しかったのに」

もっと遊ぼうよと言えば「結構だ」と素気なく返される。唇を尖らせたルーシーは、付き合ってられないとばかりに踵を返して去っていくカーラの後ろ姿を眺めた。歩くたびに揺れるサラサラの黒髪。ドラコとは似ても似つかないそれ。

「全然似てないんだね」

立ち止まったカーラが感情の読めない目で振り返った。その顔を見て、やはり思う。

「ドラコとカーラ、双子なのに似てないんだ」
「君と同じだよ」
「え?」

返ってきた声に首を傾げれば、再びこちらに戻ってきたカーラが感情の読めない顔でルーシーを見下ろして繰り返す。

「君と同じ。本当の両親じゃない」
「あぁ……そっか。じゃあ、うん。同じだね」

へらりと笑うとカーラは顔を顰めた。

「君は――君も、気になる?」
「何が?」
「本当の両親の事さ。どんな人達だったか知ってる?」
「ううん、聞いてない」

聞く必要も無いと思ったから。そう続ければカーラは「そう」と呟いてルーシーから目を逸らした。

「カーラは気になるの?」
「そりゃあね。普通はそうだろう?」
「確かに小さい頃は気になったけど……でも、何となく聞けないよね、そういうの。それにさ、もし嫌な奴だったらがっかりするじゃん? だから聞くに聞けないって言うか………」
「まぁ、確かにね」

苦笑を浮かべたカーラが「じゃあね」と再びルーシーに背を向ける。あーあ、楽しかったのに。心の内で呟いたルーシーは、不意に頭に浮かんだ考えに顔を輝かせた。寮へ戻ろうとするカーラの腕を掴んで引き止めると、驚いた顔のカーラが何かと問いかけてくる。

「面白いことしよう!」
「は? 何――ちょっ、カトレット!」

抗議の声を上げるカーラの腕をぐいぐい引っ張りルーシーは駆け出した。スリザリン寮のある地下ではなく、上階へ続く階段を駆け上る。相変わらず抗議の声が聞こえるが、それでも無理に放そうとしないのを見ると一緒に来てくれるという事なのだろう。気を良くしたルーシーは時折スキップをしながら廊下のあちこちにポケットから取り出した種をばら撒いていく。ルーシー達が通った廊下には、急速に成長した色とりどりの花が壁という壁を飾っていた。

「な、何してるんだ! こんな事してっ、見つかったら……っ!」

息を切らしながらカーラが叫ぶが、それすら楽しくて仕方がない。大丈夫、大丈夫と返しながらルーシーは廊下をひた走り続けた。

「こんな悪戯をするのは誰だ!!」

管理人のフィルチの怒声が遠くから聞こえ、ルーシーとカーラは猛ダッシュで逃げた。その先でうっかりフィルチの飼猫のMrs.ノリスと出会してしまい、それからはMrs.ノリスからも逃げ始める。城のあちこちに隠された通路を通り抜け、漸くフィルチとMrs.ノリスを撒いて大広間に戻ってきた頃には二人とも疲れ果ててしまっていた。

「き、みの、せいで……、ひどい、めに、あった」

ゼイゼイと息を切らしながらカーラがルーシーを睨む。そんなカーラに笑いながら汗を拭ったルーシーは、遠くから聞こえるフィルチの声に慌ててカーラを大広間に押し込んだ。あっという間に夕食の時間だ。

「あー楽しかった! 付き合ってくれてありがとー」
「もう、二度と! 僕を巻き込まないでくれ!」

上品さの欠片もない、鬼のような形相で凄んだカーラがスリザリンのテーブルへと歩いて行く。フラフラとよろめく後ろ姿に笑みを零したルーシーもグリフィンドールのテーブルへと向かった。ハリーとロンの姿は見えないから、まだハグリッドの元から戻ってきていないのだろう。フレッドとジョージ、リーの姿を見つけたのでそちらへ向かえば、三人は快くルーシーを迎え入れてくれた。

「やぁ、ルーシー。ロンから聞いたよ、早速スネイプの罰則だったんだって?」
「そうなの! クラス中の大鍋洗わされたんだよ!」
「そんなのまだマシな方さ」

チキンを囓りながらリーが肩を竦めた。

「僕らなんてもっと酷い罰則受けた事あるぜ」
「何たって、スネイプは減点と罰則に生命懸けてるような奴なんだから」
「フィルチもそうだって言ってなかった?」
「フィルチは減点出来ないから、その分じゃスネイプよりはまだマシだな」

それでも最悪だけど。呻いたジョージがシチューの入った皿をルーシーに寄越してくれたのに礼を言い、ルーシーはカラカラになった喉を水で潤した。

「あーあ、顔は好きなんだけどなぁ」

性格があれじゃなぁ、との呟きにフレッド達の手からフォークやスプーンが抜け落ちるのは数秒後のこと。