01


ハリー・ポッターは最高の気分だった。
一歳の頃に両親を亡くしてから育ててくれた伯母夫婦は最悪だったし、その息子のダドリーも最悪だった。学校ではダドリーとその取り巻きに虐められたし、ハリーの周りで少しでも奇妙な事が起きればすぐに伯父に怒られた。

顔も知らない両親に会いたくて、辛くて、悲しくて。
楽しいことなど殆ど無い環境の中で生きてきた。

そして迎えた十一歳の誕生日。ハリーに信じられないようなことが起きた。
初めて会ったはずの大男、ハグリッド。彼はハリーが赤ん坊の頃に会った事があると言った。両親の知り合いだと。それだけでも信じられない夢の様な話だと思ったのに――何せ、伯父夫婦はハリーの両親の話を一度もしなかったからだ――ハグリッドは更に驚くべき事を口にした。

”ハリー、お前さんは魔法使いだ”

有り得ない、夢だとすら思ったそれは驚くべき事に事実だった。ハグリッドに連れられて行く先々で見たものは、大凡あの家で暮らしていた時には縁の無いものばかり。ローブを着た大人たち、独りでに動いてアーチを作るレンガ、銀行を護るゴブリン――数え上げればキリがない。
自分は魔法使いで、両親も魔法使いと魔女で。魔法を学ぶ為にホグワーツ魔法魔術学校という所に入学するのだと言われて、ハリーは期待と不安に胸を弾ませた。

友達は出来るだろうか。
勉強についていけるだろうか。
魔法なんて空想の世界の話だと思っていたのに。

不思議な事にハリー・ポッターは有名だった。マグルの世界ではただの痩せっぽちな少年だったのに、魔法の世界ではその名を知らぬ者が一人もいないほど、有名だった。
その理由をハグリッドから教えてもらいはしたけれど、実感は湧かなかった。交通事故で死んだと聞かされていた両親の本当の死因を聞いても、生き残った男の子として有名なのだと聞いても、ハリーはただのハリーでしかないのだ。
それでも周りはハリーの名を聞くとざわめき集まってくる。ハリー自身には何の記憶もないというのに――たまに夢で緑色の光が溢れるのを見るだけだ――お会い出来て光栄です、だなんて。

自分はとても有名で。けれどハリーは何も知らなくて。
過剰な期待を抱かれている――そう気付かないわけにはいかなくて、それでもハリーは何も理解らなくて。
期待よりも不安の方が増し始めたのを感じながら、九月一日、ハリーはホグワーツへ向かう列車に乗り込んだ。

「僕、ロン。ロン・ウィーズリー」

同じコンパートメントにやって来たロンは、ハリーにとっての初めての友達となった。
初めての友達、魔法に溢れた世界。夢みたいだ。呟いてハリーはにこりと笑った。




ロン・ウィーズリーは魔法使いと魔女の間に生まれた少年だ。
魔法界で育った彼は、マグル――ハリーの伯父達のように、魔法族でない者の事だ――の世界の事を殆ど何も知らないが、だからと言ってマグルに偏見を持っているわけでもない。ロンの父・アーサーはマグルに興味津々だし、家にはアーサーが改造したフォード・アングリアという車が置いてある。

ロンには沢山の兄がいる。
一番上の兄・ビルはグリンゴッツ銀行のエジプト支店で働いている。学生時代は監督生、主席にもなるほど優秀だった。
二番目の兄・チャーリーはドラゴンが大好きで、ルーマニアでドラゴンの研究をしている。学生時代はクィディッチ――魔法界で人気の競技だ――のチームのキャプテンで、プロチームからスカウトされた程だ。
三番目の兄・パーシーはホグワーツに在学中で、つい先日送られてきたホグワーツからの手紙で『監督生』に指名されて大喜びしていた。
四番目、五番目の兄・フレッドとジョージは双子の兄弟だ。悪戯ばかりで母を困らせてばかりだし学校でもそうだと聞いているが、それでも頭の回転が早い彼らは優秀であると認めざるを得ない。

兄達が優秀だと弟は苦労する。溜息混じりに呟いたロンは、九月一日、ホグワーツ特急が出発するキングズ・クロス駅へ向かいながら緊張と不安に顔を強張らせていた。

ホグワーツは全寮制の学校だ。在学中はクリスマス休暇と夏季休暇以外に家に帰る事はなく、一年の殆どをホグワーツで過ごす事になる。寮は四つあり、入学式の時に組み分けの儀式で振り分けられるのだと両親や兄達から聞かされた。
困った事に、ロンの兄達は全員がグリフィンドール寮だ。アーサーも、ロンの母・モリーもそうだと聞かされてしまえば、ロンの不安は増すばかり。

もし、自分だけが他の寮に組み分けられてしまったら?
もし、グリフィンドールと敵対するスリザリン寮に入れられてしまったら――恐怖で青褪めたロンを励まそうとフレッドとジョージが学校での武勇伝――全て自分達が仕掛けた悪戯の話だ――を聞かせてくれたが、顰め面になったモリーの小言が飛んだだけでロンの気持ちは晴れなかった。

あぁ、どうしよう……。死刑を待つ囚人になったような気持ちで、ロンはホグワーツ特急に乗り込んだ。

「ハリーだよ。ハリー・ポッター」

魔法界でも超がつく程有名な『生き残った男の子』が目の前に。ロンは息を呑んだ。けれど、何か違う。想像していたハリー・ポッターはもっと自信に満ち溢れていて、自分と同い年なのに凄くかっこよくて――でも、今こうしてロンの目の前にいるハリーは普通の男の子だった。魔法界の事を何も知らなくて、不安げで。何だ、自分と同じじゃないか。

「僕、知らなきゃならない事が沢山あるんだ」
「僕で知ってる事なら教えてあげるよ」

あのハリー・ポッターに、自分が教えられる事があるなんて。少しばかり自信を取り戻したロンは、鼻の頭に泥が付いている事にも気付かずに表情を緩めた。




ハーマイオニー・グレンジャーはマグル生まれの魔女だ。
両親共にマグルで、ハーマイオニー自身もマグルの世界で生きてきた。小さい頃から身の回りで不思議な出来事が起きる事はあったけれど、まさかそれが自分の魔法だなんて思ってもみなかった。
ある日突然やって来たミネルバ・マクゴナガルと名乗る魔女によって知らされた事実。両親も祖父母も魔法なんて使えないのに、何故――悩みながらも、ハーマイオニーは沸き起こる好奇心を抑えきれずにホグワーツに入学することを決めた。

マグル生まれの魔法使いや魔女も沢山いると聞いてはいるけれど、それでもやはり心配だ。授業で自分だけ遅れてしまったらどうしよう、魔法が全然使えなかったら――?不安は拭えず、買ったばかりの教科書や書物を読み漁り、簡単な呪文は一通り練習した。大丈夫、大丈夫だ。勉強さえすれば置いていかれることはない。

九月一日、ハーマイオニーは両親と共にキングズ・クロス駅へとやって来た。マクゴナガルに聞いた通り九番線と十番線の間に見えないゲートがあり、そこを潜った先でホグワーツ特急に乗り込んだ。期待に胸が弾むのをどうする事も出来ず、ハーマイオニーはそわそわしながら席に着く。あぁ、どうしよう。友達は出来るかしら、勉強にはついて行けるかしら。

「僕、ネビル・ロングボトムって言うんだ」
「ハーマイオニー・グレンジャーよ。よろしく、ネビル」

同じコンパートメントにやって来たネビルは両親も祖父母も魔法使いだと言った。自分とは違う、魔法の世界で生きてきた男の子。不安は拭えず、ハーマイオニーは沢山の事をネビルに質問した。少しでも多く知らなければならない――そう思って投げかけた質問達は、けれど殆ど明確な答えをもらう事は出来なかった。

「ぼ、僕……ごめん、あの……よく分からなくて………」

驚いた事にネビルは殆どの事を何も知らなかった。本を読んで得た情報について問いかけても、よく分からない、あまり本は読まないからと返ってくる。ハーマイオニーは漸く一安心した。良かった、大丈夫。自分はきっと上手くやれる。