賢者の石 04


オリバンダー杖店は薄暗く小じんまりとした店だった。
天井まで届くほどの棚にはぎっしりと杖の入った箱が押し込まれていて、何度も引っ張り出しては戻す作業をしているからか、あちこちで出っ張った箱が今にも落ちてしまいそうに不安定に揺れていた。

「彼女の杖を頼む」
「あぁ……これはスネイプ教授」

オリバンダー老は懐かしむようにセブルスを見てから隣で不安げな顔をするタミを見た。薄暗い店内で老人の銀色の目が光っている。怯んだ自分を叱咤してタミは深く息を吸い込んだ。

「初めまして、タミ・スネイプです」
「何と、ご親戚でしたか」
「娘だ」

簡潔に答えたセブルスが、興味深げにタミを見るオリバンダーに僅かに顔を顰めながらマントを巻きつけるように腕を組む。

「すまないが、時間が惜しい。早速やってくれ」

頷いたオリバンダーがタミに杖腕を尋ねる。タミが利き腕を答えると、オリバンダーはポケットから取り出した巻き尺でタミの肩から指先にかけての寸法を測り始めた。それが終わると今度は手首から肘、手首から床へと場所を変えては寸法を測っていく。メモを取らなくて大丈夫なのだろうかと、タミはオリバンダーの真っ白な髪を見ながら思った。

やがて、巻き尺をしまったオリバンダーは奥の棚から一つの細長い箱を持ってきた。

「では、これをお試しください」

差し出されたのは優しい色合いの杖だった。

「ヒイラギに一角獣のたてがみ。二十センチ、しなやか――さぁ、振ってみなされ」

一角獣と聞いて一瞬戸惑ったタミだが、ちらりと見上げた先で父が頷くのを見ると意を決して杖を掴んだ。ピリ、と手のひらに微かな刺激。けれど振るか振らないかの内にオリバンダー老に取り上げられてしまう。

「だめだ。いかん――では、こちらを。サンザシにドラゴンの心臓の琴線。十八センチ、振りごたえがある」

杖の説明をしながら差し出された杖は今度は黒かった。細身の杖をそっと握って振ってみると、またもや奪い取られてしまう。

「ふぅむ……では次はこちらを試してごらんなさい。ハンノキ、不死鳥の尾羽根、二十三センチ――少々頑固ではあるが……」

差し出されたのはこれまでのより太めの杖だ。頑固と言うのも頷けるような固い杖を握ると、指先が温かくなっていくのが分かる。杖は、まるでそれ自体が意思を持っているかのように所有者を選ぶ――父の言った事を思い出しながら、タミはそれが本当なのだと理解した。
知らず感嘆の吐息を漏らしたタミに、オリバンダーが「決まったようじゃな」と満足気に頷いた。

オリバンダーの店を出たタミとセブルスは、ルーシーを探して当てもなく歩いていた。新学期直前だからだろうか、今日は比較的空いているとセブルスが言ったが、それでもホグワーツの生徒らしき姿はちらほらと見かけた。セブルスと隣を歩くタミを見て目を丸くしているのだ、嫌でも分かる。
無関係の新入生を装った方が良いのかと尋ねてみれば、驚きに目を瞠った父が難しい顔で唸った。

「違う、嫌がってるわけじゃないわ。ただ、パパが嫌かなって思って……」

”スネイプ教授”がどんな感じなのかタミには見当もつかないが、ルーシーが言うには「きっとすっごく嫌な奴だよ」らしいから、きっとそうなのだろう。だからこそすれ違う生徒達が”スネイプ教授”と歩くタミを見て目を丸くするのだ。セブルスがどれだけ嫌な奴を演じていようとも気にしないが、父に気付いた生徒達が嫌そうな顔をするのは見ていて気分の良いものではない。
叶うのであれば「私のパパをそんな目で見ないで!」と怒鳴りつけてやりたい。他でもないセブルス本人が嫌がるだろうからしないけれど。

「タミが嫌でないのなら、離れる必要はない」
「……くっついても良いの?」

こちらを見ないままに返ってきた声は比較的穏やかで、調子に乗って尋ねてみれば「駄目だ」と即座に返ってきた。ちぇ。呟いたタミは、視界の端でまたセブルスを見て顔を顰める生徒らしき姿を見つけた。気に入らない。

「……タミ」

駄目だと言わなかったか? 問いかける声に怒りはなく、ただただ呆れが滲んでいる。
父の腕に自分の腕を絡ませたタミは、視界の端の生徒がぎょっとしているのを確認して鼻で嗤った。

「今日は先生じゃなくて、私のパパとして来てるんだもの。私は”スネイプ先生”じゃなくて、大好きなパパと腕を組んでるのよ。それも駄目だって言うの?」

難しい顔をするセブルスを見上げて。振り払われないようにと腕に力を篭める。
娘の必死な様子に胸を打たれたのか――そんな理由ではないとは思うが――、セブルスは小さな溜息を漏らしただけでそれ以上は何も言わなかった。
歩く速度も緩めてくれたので、タミは満足気に笑いセブルスの腕に頬を寄せる。周りの視線など気にせずやりたい放題の娘に、父であるセブルスは僅かに目を細めた。

「あら羨ましい」

不意に背後から聞こえた声。
いつの間にそこにいたのか、ひょっこり顔を出したルーシーがするりとセブルスの腕に絡みついた。

「ママ!」
「私も混ぜて」
「ヘレナ……」

苦い顔をするセブルスにルーシーが満足気に微笑む。何となく先ほどの生徒の方へ視線を向けてみれば、顎が外れるほどに大きく口を開けてこちらを凝視する間抜けな顔が見えた。
どうだ、恐れ入ったか。こみ上げる笑いを堪え切れず、タミは父の腕を解放して二人の間に割って入り込んだ。

「ここが、私の場所」
「あら、セブルスを独り占めするの?」
「それからママの事もね。いつも二人でいちゃついてるんだから、こんな時くらい私を入れてくれたって良いでしょう?」

二人をそれぞれ見上げれば、吹き出したルーシーがタミの頬にキスをしてくれる。くすぐったさに肩を竦めながら、ルーシーは大好きな両親の腕を引いて歩き出した。

「ママ、よく見つけられたね」

決して少なくない人通りだというのに。
母を見上げると仄かに色づいた唇で弧を描いた母がタミの頭をくしゃりと撫でる。

「簡単よ」
「私も出来れば良かったのに」
「いいんだよ」

声はすぐに返ってきた。タミの声に被さるように聞こえた声に驚いて顔を上げれば、ルーシーは愛おしげにこちらを見下ろしている。

「タミは、それでいいの」
「ママ……」
「その方が、私は嬉しいよ」
「…………パパも?」

そっと反対を見上げれば、片眉を上げたセブルスが表情を変えぬまま視線を前に戻す。

「”どちら”だったとしても、我々の子である事に変わりはない」

故にその問答は無意味だ。さらりと答えて歩き続けるセブルスに、タミとルーシーは顔を見合わせて頬を緩ませた。

「セブルス!」
「パパ! 大好き!」

二人同時に飛びつき、セブルスが僅かにバランスを崩す。「危ないだろう!」怒ったような声は、けれど彼の怒りを表してはいない。少しばかり照れているだけなのだとタミもルーシーも知っている。

「今日はパパと寝ようっと」
「あら、ママは?」
「もちろん、ママも。でも私が真ん中だからね」
「ベッドを拡げなければならんな」

随分と大きくなった。頭を撫でてくれる優しい手に頬をすり寄せ、タミは大好きな父と母の腕をぎゅっと抱きしめた。


賢者の石 05