リビング全体が爆笑の渦に包まれている。
兄貴、サッチさん、イゾウさん、他多数――というか全員。腹を抱えて笑い転げたエース君の背中をマルコさんが踏みつけた。

「も、もっかい……っ!」

ヒーヒーと苦しげに喘ぎながらアンコールするイゾウさんにもマルコさんの鋭い睨みが飛んだけど、そんなのを気にするようなイゾウさんではない。苛立ちを隠しもせずに舌打ちをしたマルコさんからそっと視線を逸らしつつ、昼間の出来事を思い浮かべた。

”ずっと見てました! 好きです! 付き合ってください!”

毎朝乗る電車が同じだった。車両も同じだった。ほぼ近くにいつも立っていた、らしい。朝に弱い私は眠気と闘いながら電車に乗ってるから全然知らなかったんだけど、言われれば確かに見た事があるような気もする――その程度の認識しかなかった人に告白というものをされた。
突然の出来事に驚いて目を覚ました私に、歳の変わらないであろう男の人は自らの名前を名乗り、通ってる学校名まで教えてくれた。驚いたことに同じ学校だった。私は本館、彼は後になって増設された別館に通っているらしい。

付き合っている人がいるからとお断りしたけれど、目的地は一緒。断ったんだからさっさと離れてくれれば良いのに、彼は私のお付き合いしている人がどんな人なのかを頻りに尋ねてきた。
いつから付き合ってるのか、何歳なのか――あまりにもしつこく聞いてくるものだから、渋々とマルコさんの事を教えてあげた。

付き合って三ヶ月だと言えば「じゃあまだ大丈夫だ!」と笑う。何が『まだ大丈夫』なのか聞き返す勇気はなかった。
八つ歳上だと言えば「絶対遊ばれてる!」と息巻く。
兄の友人だから大丈夫だと反論したら「そんなの分からないだろ!」と怒られた。怖かった。
小学生の頃から知っているのだと言えば「ロリコンだ!」と断言された。否定はしなかった。

どうやらマルコさんは『失格』らしい。
今すぐ別れた方がいい、泣きを見ることになる――最寄り駅に着くまでの間、彼は頻りにそう言っていた。

どうせ煙草も酒もやるんだろうだとか、性格悪いんだろ、だとか。そんなダメ男を好きになる女だと思われてるのか私は、とイラッとしたけど、よくよく考えてみれば確かにマルコさん、煙草吸うし酒もがぶがぶ飲む人だ。性格が良いか悪いかは分からないけれど、初対面でビービー泣いてた私に「煩ぇ!」と怒鳴りつけたのを思い出すと決して「良い」とは言えなくて。黙り込んだ私に彼は「ほら!」と自慢気に笑った。物凄くイラッとした。

校舎が分かれていると言っても、ほんの二分足らずで行ける距離だ。駅に着いてからも彼は私に別れろ別れろと訴え続けた。
よく考えてみるべきだ、そんな男のどこが良いんだ?曖昧に笑いながら何て言い返してやろうかと思ったけど、思えば思うほど的確過ぎて反論出来ない。あれ、おかしいな。マルコさんてそんなに駄目なのか?と首を傾げてしまったほどだ。

”お、お金は持ってるよ!”

お金が目当てで付き合ってるのかと怒られた。反省した。
そう言えば最近部長に昇進したって言ってた。そう言おうとしたけど、きっと金と地位が目当てなのかと言われるだろうと思って口を噤んだ。たぶん正解だったと思う。

”パチンコとか競馬とかやらないし、浮気だってしてないよ”

そんなの分からないだろと言われた。確かにと思った。

”酒は? 酔っ払って道端に寝転んでるオッサンなんかどこにだっているじゃないか”
”そういうのは無いから大丈夫”

大丈夫。そう、大丈夫だ。酔っ払って道端に寝転ぶようなことはない。

”酒乱かもしれないし”

酒乱なんかじゃないよ!そう言い返そうと口を開いて、ふと考えた。
殴られるわけじゃない。でも「人が変わる」という意味ではどうだろうか。前に参加したパーティの時に皆が驚いていたという事は、いつもならどれだけ飲んでもあんな風にならないというわけで。

「だから、その……ある意味、酒乱かなって」

言いました。ぼそぼそと話す私の声は兄貴たちの笑い声に掻き消される。ごめん、マルコさん本当ごめん。顔が怖くて見れない。

「まぁ、確かに間違ってないわよね」
「ありゃ別人だ」

兄貴と兄貴の彼女が爆笑している。やめて、マルコさんを煽らないで!

「――で、ちゃんと断ったんだろうな?」

こめかみとか額をぴくぴくさせたマルコさんが据わった目で私を見る。お顔が怖い。

「こ、断ったよ!」
「そもそも俺ァそんな酷くねぇだろうが! 何で否定するどころか納得してんだよい!」

俺をそんな風に見てたのか!怒るマルコさんに反論出来ない。ごめんなさい。
それでもちゃんと断ったからと訴えれば、相変わらず怖い顔をしたままのマルコさんはそれ以上何も言わずに私を腕の中に閉じ込めた。

「残念だったなぁ、こんなオッサンに捕まっちまって」

ぜってー離してやらねぇから覚悟しろい。そう言ってニヤリと笑ったマルコさんの顔が近付いてきてぶちゅっと唇を塞がれる。

「あーっ!! テメ、何してんだ俺の前で!!」
「俺のモンに何しようが、俺の勝手だ」

なぁ、リサ?
頭、額、ほっぺ、唇――至る所にちゅっちゅとキスを落とすマルコさんはやっぱり酒臭い。





恋人は酔っ払い





「台詞から漂う悪人臭が半端ねぇな」

イゾウさん、感心してないで助けてください。無理ですよね、貴方も酔っ払いですものね。
あぁ、早まったかもしれない。例の彼に吐き捨てた台詞を思い出して溜息を一つ。

「”絶対別れない。何も知らないくせに、マルコさん馬鹿にすんな”」
「、」

ぎぎぎ、と首を動かして声の主を凝視する。いつの間にか手に持ってるスマホの画面に見えるその文字は、間違いなくマルコさんが口にした台詞と同じで。

「なっ、なん、なんでっ!」
「”とっておきのリサ情報よ!”だと」

お前のダチのオレンジ髪が。嬉しくて堪らないといった様子でニヤニヤ笑うマルコさんに絶句。
ちょっと待て。いつからだ。いつからそんな商売してんだ。アンタらいつから繋がってんだ。

「あの……因みに、おいくらで?」
「五千円」
「高っ!!」

このまま付き合い続けて良いんだろうか。
リサ、リサ、と上機嫌に頬ずりしてくるオッサンに乾いた笑いを返しながら、そんなことを思った。