天国のお父さん、お母さん。こんばんは。
貴方たちの娘は今、とてつもない危機に瀕しています。

「リサ、リサ」

ほんとかわいいなぁ、おまえ
なんでこんなかわいいんだい?
リサ、リサ、リサ――以下エンドレス。

いつものように後ろから私を抱きしめるオッサンは、数ヶ月前に私の彼氏なんてものになった酔っ払いです。
もう一度言います。酔っ払いです。

「ま、るこ、さん……」

両手で顔を覆いながら何とか名前を呼べば「ん?」とこれまた甘ったるい返事が。ひくりと喉が鳴った。
可愛い可愛いと掻き上げたうなじや頭の天辺、ほっぺにまでちゅっちゅと音を立ててキスをしてくるオッサン元い酔っ払い元いマルコさん。言い直す必要なかった。どれも正解だ。

つまり、何が言いたいのかというと、

「は、恥ずかしいからっ、離れて……!」

酔っ払い滅べ。




もうすぐマルコさんの誕生日だ。
毎月行われる飲み会の名目が誕生日会に変わり、いつもより高いお酒が並ぶ――何年も続いたそれを、今年はやらないのだと仕事から帰って来た兄貴が言った。何で?と驚く私に「面倒なことになった」と兄貴が苦い顔で言う。

”白ひげのパーティに出ることになった”

白ひげ――正確には『白ひげカンパニー』。マルコさんの働く会社だ。
マルコさんが父と慕う人が社長をやっている会社で、マルコさんの勤務先でもある。そのパーティに出ることになったと兄貴が言う。事あるごとに何かしらの名目で宴会が行われていることは知っていた。マルコさんたちが何度か話して聞かせてくれたし、兄貴も何度か参加していたから。
白ひげのパーティに出ることになったから、いつもの飲み会はやらない。兄貴は苦い顔でそう言った。別にそんなに嫌なことなのだろうか。何度も参加するうちに何か嫌な思いでもしたのだろうか――首を傾げる私に「分かってないだろ」と呆れた顔をした兄貴が、それはそれは大きな溜息をついて言った。

”お前も行くんだよ”

え?と聞き返す私に兄貴は頷くだけ。相変わらずの苦い顔だ。いや、待て。何で私まで。おかしいだろ、会社の宴会なのに。部外者の兄貴が行くのだってどうなの?って思ってたのに、何で私まで。意味が分からない。訴える私に、兄貴はただただ苦い顔のまま言った。

マルコの奴が、お前と付き合ってるって言ったらしくてな
サッチの奴が、気持ち悪いほどお前にベタ惚れでうざいって言ったらしくてな
イゾウの奴が、お前にひっつくマルコが見ものだって言ったらしくてな

次々に挙がる名前と報告内容。ちょっと待てと口を挟む隙もない。ぽかんと口を開けたままの私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた兄貴は、それからちっとも嬉しくない言葉を言い放った。

”白ひげのオヤジが、お前に会いてぇんだと”

良かったな、興味持たれたぜ。あの白ひげカンパニーの社長に。
そんな事を言われて喜べる人間がいると思うのか。いや、いるのかもしれない。でも私はそうは思えない。

”いや、いいです。行かないです”

即座にそう返したというのに。
迎えたパーティ当日、私は家にやってきたサッチさんとイゾウさんに拐われて会場へと連れて来られた。
ちょっと待って! もう化粧落としてすっぴんなんですけど! 着替えてもないんですけど!車中での私の必死の訴えはサッチさんとイゾウさんの「大丈夫、可愛い可愛い」なんて超適当な言葉で流された。
人数が多いからと貸し切ったホテルのパーティ会場。金曜の夜だから誰もがスーツ姿。私を拐いに来たサッチさんもイゾウさんもスーツだ。そんな中で私一人がすっぴんに部屋着という有り得ない格好。場違いにも程がある。

やだやだ何なの何の罰ゲームなの私が何したのお家に帰りたい。半ベソかいて蹲っていた私は、長引いた仕事を終えて丁度やって来たばかりのマルコさんに早々に見つかった。
嬉しそうな顔で「来てくれたのかい」なんて笑うマルコさんは、私が部屋着ですっぴんで半ベソかいている事などお構いなしにひょいと抱き上げてスタスタと会場の奥へと進んでいく。あちこちから向けられる好奇の視線に耐え切れずにマルコさんにしがみつけば、何を勘違いしたのかマルコさんは「珍しいこともあるもんだ」と満足気に笑った。殺意が湧いた。

『白ひげのオヤジ』とやらの前に放り出されて、マルコさんが「こいつがリサだよい」なんて嬉しそうに紹介して。
部屋着にすっぴんに半ベソの私は、あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にして(たぶんトマトより赤かったはずだ)ぼそぼそと挨拶をした。
驚いたことにオヤジさんは私の格好なんてちっとも気にしてない様子で、グラグラと不思議な笑い声を上げながら「マルコが世話になってるみてぇだな」と私の頭をぐりぐりした。加減を知らないらしい。痛かった。

飲み物を持ってきてくれた誘拐犯のサッチさんに恨み言を言いながら、逃げることを諦めた私はマルコさんと乾杯をした。
上機嫌のマルコさんが何杯もお酒を飲んで、飲んで、飲みまくって。

「リサ、リサ、リサ」

かわいいなぁ、おまえは
なんでそんなかわいいんだろうなぁ
ふはっ、まっかだよい
トマトみてぇだ、うまそう

呂律が怪しかったけど、多分そんなようなことを言っている。
いつものように腕の中にすっぽり収められてしまった私は、俯いたまま「はいはい」とか「うん、うん、聞いてます」とか相槌を打つことしか出来ない。何で逃げなかったんだと後悔しても後の祭り。

何度だって言う。





滅べ、酔っ払い





オヤジさんのグラグラという笑い声、腹を抱えて笑うサッチさんやイゾウさん。

「え、あれ誰? あそこでデレッデレしてるの誰?」

白ひげの社員らしきお姉さんたちのヒソヒソ声――何もかもが私の羞恥心を煽る。

「………何だ、この状況は」
「お兄ちゃあああぁぁん!!!」

仕事を終えてやって来た兄貴が神様に見えた瞬間だ。
相変わらず「かわいいかわいい」と言い続けるマルコさんの腹に肘打ちを食らわせて、顔を引き攣らせる兄貴の腕の中へと一目散に逃げ込んだ。