「幻滅したか?」
ぐったりベッドに寝転がったままの私に、水を注いだグラスを差し出しながらマルコが問いかけてくる。
のろのろと身体を起こそうとして、下腹部に走る痛みに呻いてまたベッドに沈む。
うー。呻く私に苦笑してベッドに腰掛けたマルコは、何を考えてるのか分からない。
考えることを放棄して、与えられるものに縋って。
私たちは何かが変わったんだろうか?
マルコが私を抱いてくれたのは、お兄ちゃんとして?
妹のわがままを聞いただけのつもりなのか、それとも――?
聞くのも怖い私は、枕に顔を埋めて唸ることしか出来ない。
優しく頭を撫でる手は、いつものマルコの手だ。
さっきまでのマルコは全く知らない人みたいで、触れる手も別人みたいで、少しだけ怖かった。
「こんなオッサンに惚れたって、良いことなんざ一つもねぇよい」
優しく髪を梳きながら諭すように話しかけるマルコの声は、やっぱりお兄ちゃんのそれで。
あぁ、やっぱり私のわがままを聞いただけなのか。気付いて涙が滲んだ。
いっそ、嫌いになれたらいいのに。
嫌いになるどころか、初めて見るマルコにドキドキしっぱなしだっていうのに。
もうこれ以上好きになることなんてないって思うくらい好きだったのに、それ以上だなんて。
「それってさ、こんなガキに惚れたって、良いことないってこと?」
顔をずらして、すぐそこにいるマルコをジッと見上げる。
そうきたか。苦笑したマルコは頭を撫でていた手を頬に滑らせて、ぷに。少しだけ摘んだ。
痛みを感じないそれは、妹をひたすらに可愛がる兄の戯れで。くすぐったさに目を細めれば、マルコが笑ったのが分かった。
「色気も胸もないけど、マルコの好きに育てられるよ。めんどくさい駆け引きとかいらないし」
それくらいしか、メリットってないんじゃないかな。
あ、違う。もう一つあった。
それは、私だけが使える最終兵器みたいなもんだ。
「私に惚れてくれたら、可愛い妹がずっとの傍にいるよ」
「惚れねぇといてくれねぇのかい?」
苦笑するマルコに、うん。しっかり頷いて。
そうかい。笑ったマルコの手がまた私の頭を撫でて。
「………正直な話、よく分かんねぇ」
ぽつりと零した。
「妹として傍にいて欲しいとは思う。男だの女だの面倒臭ェことはナシで、ずっとリサに傍にいて欲しいって思ってた」
「うん」
知ってるよ。答えた私に、マルコはまた苦笑して。
「ずっと、ごめんな」
気付いてやれなくて。謝るマルコに、また頷いて。それから、首を振って。
「ごめんね」
可愛い妹でいてあげられなくて。
もう、ずっと妹なんかじゃなかった。
たぶん、私は最初の頃からマルコに恋してた。ただの憧れだったかもしれないけど、それは確実に恋へと変わる感情だったはずだ。
だって、今こうしてマルコに恋してるんだから。
「今から頑張ったら、見込みある?」
マルコが私を抱けることは知ってる。さっき実証された。
でも、それはきっと恋とか愛とかそういうものじゃない。
マルコは愛がなくたって女を抱けるんだから。いつだって、そうやって欲を吐き出していたんだから。
でも、私が望むのはそんな関係じゃないから。身体だけの関係なんて嫌だから。
心だって、恋人として繋がりたい。兄妹としてだけじゃなくて。
「さぁ?」
真剣に尋ねた私に、マルコは揶揄うように首を傾げて笑って。
「俺にゃ分からねぇから、試してみてくれよい」
「ハッキリ言わないと、私の都合の良いように捉えちゃうよ」
「どうやら俺は、リサにはどうしようもなく甘ぇらしいからな」
「そんなの、誰だって知ってるよ」
マルコだって知ってるくせに。笑う私に、可愛いのが悪いんだよい。マルコも笑って。
「それに、こういうのから始まる恋だってあるんだろい?」
期待してる。そう言ってまた頭を撫でられた。
小さい頃から、ずっとずっと変わらない優しい手に微笑んだ。
「女買うの止めてよ。私が相手になるから」
それで、いっぱいいっぱい私とそういう事してれば、いつか私のこと好きになるかもしれないでしょ?
マルコは声を上げて笑って。笑って、笑って、涙まで滲ませて。
「お前にゃ敵わねぇよい」
「お兄ちゃんってそういうもんだよね」
「男になっても勝てる気がしねぇのは何でだろうなぁ」
「私の周り、頭いい人いっぱいいるから」
イゾウ君とか、ナース長のエリザとか。
あの二人にいっぱい教えてもらう。そう言った私に、頼むから今のままでいてくれ。マルコが項垂れて。
そのまま覆い被さってきたマルコに抱きしめられて、頬にキスを贈られて。
「あのね、ずっと大好きだったよ」
「あぁ」
「これからは、もっと好きだよ」
「あぁ」
「愛してるって言ったら、笑う?」
「笑わねぇよい」
顔を上げて後ろを向けば、察してくれたマルコがキスをしてくれる。
「愛してる」
男の人としても、お兄ちゃんとしても。
ずっとずっと、愛してる。
「………俺はどんだけ逃げられるんだろうなぁ」
案外、満更でもなさそうなマルコがぼやくから。
「海賊はね、狙ったお宝は絶対手に入れるんだよ」
満面の笑みで教えてあげれば、大きな溜息をついたマルコに強く抱きしめられた。