いつもなら止めてくれるマルコが傍にいないからだ。
既に限界だったというのに、寒くなってきたからと私の部屋に移動して、そこでまたベイと沢山お酒を飲む。
「じゃあ、こういうのはどう?」
どれだけ飲んでも赤くなりにくい体質らしいベイは、酔ってるんだか酔ってないんだか分からない。けど、いつもならしないような笑い方で、ずいと目の前にピンと人差し指を出してくるなんて子供っぽいことをする辺り相当酔ってるんだと思う。嫌な予感がして聞くのを止めようとしたけど、その前にこの上なく楽しそうに笑うベイが口を開いた。
「告白するの」
「妹としてしか見られてないのに?」
「バカね、だからよ。少しでも女として見てもらうにはアンタが好きって言うしかないの」
こっちが異性として見てるんだって言えば、向こうだってそうせざるを得ないでしょ。
得意げに言い放つベイに、それもそうかと頷いて、ふと気づく。
告白するということは。
異性として見てもらうということは。
つまり、だ。
「……今までみたいにくっつけなくなっちゃう」
「兄妹としてベッタベタしてたいんならそうしなさいよ。いつかマルコに女が出来てアンタの場所ぜーんぶ取られちゃうでしょうけど」
「ぐ……」
ベイの言ってることは正しい。いつかはマルコだって一人の人を愛するかもしれない。そしたら今みたいにくっつけなくなるかもしれないし、一緒に寝ることだって出来なくなる。
今は重度のシスコンなマルコだって、好きな人が出来たらどんどん私に無関心になっていっちゃうかもしれない。
それは、いやだ。
それだけは、いやだ。
言葉に詰まり俯いた私に溜息を零してベイが最後の一本を飲み干す。空になった酒瓶を床に転がしてベッドに寝転がると、そのまま目を瞑って寝てしまった。
「指銜えて見てるだけか、海賊らしく奪い取るか。決めるのはアンタよ」
そう言い残して。
「お前、まだ起きてたのか」
すっかり寝入ってしまったベイを部屋に残して甲板に戻れば、相変わらずナースたちを侍らせてお酒を飲んでいたマルコが私に気付いてやって来た。とっくに寝てると思ってたんだろう、顰め面で『夜ふかしをする悪い妹』の目の前までやって来たマルコは『いいお兄ちゃん』らしく腕を組んで私を見下ろした。
「しかもお前、相当飲んでるだろい」
「ベイがもってきた」
「ったく……ベイは?」
「わたしのへや。ベッドとられた」
呂律が回りきってない所為か、顔が真っ赤な所為か、まだ起きてる所為か。相変わらず顰め面のマルコは溜息を零して私の背に手を添えて回れ右させると船室に向かって歩きだした。
「俺のベッド使っていいから、今日はもう寝ろよい」
「マルコは?」
「アイツら放って寝たら明日の朝ヒデェことになるだろうが」
相変わらず甲板でバカ騒ぎを続けるサッチたちを指してうんざりした顔をするマルコ。今日は徹夜するつもりなんだろうか。オヤジの姿は見えないから、もう部屋に戻ったんだろう。
「ったく、こんなになるまで飲みやがって」
フラつく私を支えながらブツブツと小言を口にするマルコ。
マルコがナースたちとイチャイチャして私を放っておくからだ
イチャついてねぇ
してた
してねぇ
そんな問答を延々と繰り返して辿り着いたマルコの部屋。マルコは私をベッドに放り込むと、起き上がろうとする私の頭を枕に押し付けて有無を言わさず布団を掛けた。
「寝ろ」
「やだ」
「バカ」
「一緒がいい」
「明日な」
「やだ」
マルコのシャツをグッと握って引き止めれば、マルコは眉を下げて困った顔をする。そうすれば私が引くって知ってるからだろう。けど、いやだ。今日はいやだ。
「リサ?」
いつまでも引かない私に首を傾げる。いつもと様子が違うって思ったんだろう。ベッドに腰掛けて「どうした?」って問いかけるマルコは、本当にいいお兄ちゃんなんだと思う。
でもそれは、私が望むマルコじゃない。
「リサ?」
「……やだ」
「何が」
「行っちゃやだ」
「だから、」
「だって、またナースたちとイチャイチャするもん」
「しねぇよい」
ヤキモチを焼く妹を可愛がる兄。
マルコはどこまでもお兄ちゃんで、私はどこまでも妹で。
お酒ってのは厄介だ。
いつもならピンと張り詰めてる涙腺を、いとも簡単に緩くしちゃう。
必死に抑え込んでる気持ちですら、いとも簡単に――。
「――やだ」
「だから、」
聞き分けの悪い妹に優しく言い聞かせるように繰り返すマルコのシャツをグッと握って顔を上げれば、目に溜まった涙にギョッと目を丸くしたマルコが慌て出す。
どうした。
腹が痛いのか?
気持ち悪いのか?
吐くか?
医務室行くか?
背中を摩りながら問いかける。
お兄ちゃんの鑑だよ、マルコは。
ごめんね、こんな妹で。
「すき」
「、は」
「マルコがすき」
ポカンとしてるマルコのシャツをグイと引けば、鍛えられた逞しい身体はあっさり傾いできた。呆然とするマルコの肩に手を置いてこっちからも近づけば、あっさりとゼロになる距離。
呆然と目を見開いたままのマルコを見つめながら触れた唇はカサついてて、ピクリとも動かない。
分かってたけど、応えることなく固まったままのマルコに胸が苦しくなって、触れたままの唇を更に強く押し付けた。
「っ、」
漸く我に返ったマルコが私の肩を強く押し返す。余りの勢いにバランスを崩してベッドに倒れ込めば、信じられないという顔をしたマルコが口を押さえて私を凝視していた。
「………」
「………」
「……、は、はは」
突然マルコが笑い出した。
顔は引き攣ってるし全然笑えてないけど、それでも必死に笑ってみせようとしてる。
「ったく、お前は……酔っ払いすぎだよい」
「………」
「だーから飲みすぎんなって言っただろうが」
ぐしゃぐしゃと私の頭を撫でて、必死に笑顔を取り繕って。それでも決して私を見ようとしない。
『間違い』で済ませようとしてる。
私の『すき』って気持ちも、
さっきのキスも、
今こうして私たちの間に漂う微妙な空気も、
何もかも。
「…………それが、答え?」
「、」
どうしたら良い?
黙り込んだマルコの横顔がそう言っている。
どう返したら良いのか。
どうやって乗り切れば良いのか。
どうしたら、兄と妹でいられるのか。
必死に、兄妹でいられる道を探そうとしている。
「…………分かった」
じわり、じわりと溜まっていく涙が視界を滲ませていく。
すぐそこにいるはずのマルコがどんどん見えなくなって、
「、リサ」
「ちゃんと、あき、あきらめ、る」
息が引き攣る。普通にしていたいのに、身体は正直で。
何度も浅く息を吸っては、大きく吐き出して。そのたびに涙が溢れて。
「おやすみなさい」
何とかそれだけ告げて、戸惑うマルコの脇をすり抜けて部屋を出た。
もう触れられない
早足で部屋に戻ると、ベッドで寝息を立てるベイに飛びかかった。
「ぐ……っ、」
ゲホゲホと咳き込んだベイが物凄い形相でこっちを睨み付けてきたけど、それはすぐに驚愕へと変わる。察したらしく、すぐに眉を下げて微笑んだベイに縋り付いて必死に嗚咽を堪えた。
「頑張ったわね」
「っ、」
何も言えないまま何度も何度も頷いて、ベイの胸に顔を押し付けて。
頭に添えられた手も、優しく背を撫でる手も、温かくて、優しくて、だからこそ余計に苦しくて。
「ベ、イ、とこ」
「ん……?」
優しく聞き返してくれるベイを見上げれば、ベイは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった私の顔に苦笑して頭を撫でてくれる。
「ベイ、の、とこ……いく」
「!」
「ここ、いたく、ない」
逃げだって分かってる。
けど、ダメなんだもん。苦しくて、悲しくて。
妹として今まで通りなんて、不可能だって分かってるから。
「………分かった」
何も言わずに頷いてくれたベイにしがみ付いて、必死に声を押し殺して泣いた。