『近々会いに行くわ』

そんな一言だけの手紙が送られてきたのは丁度ひと月前のことで、ひと月経った今日の午後、私の姉気分でもあるホワイティ・ベイがモビーにやって来た。
傘下の海賊団の皆はオヤジに心酔してて、事あるごとに連絡を寄越してはどこどこの島の酒が美味いだの、どこどこの島の酒は今年が当たり年だ、だのと主にお酒に関する情報を提供してくれる。それは偏にオヤジに美味い酒を呑んで欲しいという子ども達のささやかな心配りだ。

その中でもベイは特にオヤジに心酔している。オヤジ生命と言っても過言ではないと私は思っている。前に本人に言ったら「私は船長よ。船長としての自分の責任を放棄するつもりはないわ。オヤジ様のことはそりゃ大事だけど、時には自分の船のことを優先しなきゃならない時だってあるのよ」と言っていたが、その直後に「オヤジ様! 愛してます!!」とオヤジの胸に飛び込んで行ったのを見てしまえば、そのカッコイイ言葉の信憑性も疑わしく思ってしまうのは当然のことだと思う。

再会の挨拶もそこそこにモビーの甲板で始まった宴は、とんでもない盛り上がりを見せている。日頃会えない家族に会えるというのはやっぱり嬉しい。そう思うのは私だけではないのだ。皆が肩を組んで笑い合い、酒を酌み交わしたり飲み比べをしたり。

最初はそれに混ざっていた私は、酔いを覚ますと嘯いてその輪から外れて一人船尾へと移動してきた。
皆と飲むのは楽しいから好きだ。けど、酒というものは平静な判断力を低下させるもので。簡単に言うと、酒に酔った人間は豹変するのだ。

「………ベッタベタしてんじゃねーっつーの」

さっき見た光景を思い出して吐き捨てる。
数日内に冬島海域に突入すると聞いていたけど、今いるところはほんの少しばかり先取りしているらしい。吐いた息が仄かに白くなっているのを目視してしまうと、途端に寒さを覚えてしまうのは人間なら仕方ないことだと思う。

矛盾してるって分かってる。

お酒は好きだ。
みんなと呑むお酒は美味しいし、バカ騒ぎして沢山飲んで、次の日に二日酔いになるなんてしょっちゅう。しょうがねぇ奴だな、って呆れるマルコから水を受け取って

お酒は嫌いだ。
いつもは仕事一筋でクルーたちには目もくれないナース達が、この時ばかりはいつもよりガードを緩めているから。群がるクルー達に笑顔で酌したり、中には好みのクルーに絡みにいくナースだっている。

白ひげ海賊団一番隊隊長。
数多い賞金首の中でも指折りのマルコが、そんなナースに狙われないはずがない。

「そりゃ、綺麗なオネーサンにくっつかれたら悪い気しないよね。けどさ、何なの。あんなにくっつかなくたって良いじゃん」

いい感じに酒が入って上機嫌なマルコは、私の方なんて目もくれない。
いつもは私のことを気にかけてベタベタくっついてくる自他共に認めるシスコンだって、酒が入って綺麗な女が隣にいればシスコンのシの字もどっか遠くに押しやっちゃう。

「……ばか」

ぼやいて手の中の酒を一気に呷った。
いつもなら品がないだとか、そろそろ止めとけだとか言うだろうマルコは、船首の方で美人ナースたちとよろしくやってる最中。注意してくれる人なんかいないから、思う存分飲んでやる。二日酔いになったって知るもんか。

「傍にいないマルコが悪いんだ」
「見事な責任転嫁だねぇ」

くつくつと笑う声に振り返れば、さっきまでオヤジの傍で飲んでいたはずのベイがそこにいた。その手には酒瓶が一本、二本、三本、四本、五本。

「そんなに飲むの?」
「相手してくれる?」

二つ返事で頷けば、やって来たベイが私と背中合わせで樽に腰を下ろす。差し出された酒を足元に置いて手にある酒を一気に飲み干せば、二日酔いになっても知らないよなんてベイが笑う。誘ったのは自分のくせに。

「止めてくれないマルコが悪い」
「相変わらずマルコ贔屓? 懲りないねアンタも」

ベイは私の気持ちを知ってる数少ない家族の一人だ。他の皆は私がマルコを大好きだってことは知ってるけど、それはお兄ちゃんに対するそれだと思い込んでる。マルコが重度のシスコンだから、私のマルコに対するそれも重度のブラコンだと認識されてるってわけだ。マルコのばか。

「そりゃ、確かに腕は認めるよ? けどねぇ……」
「うっさいな、人それぞれでしょ」
「あの顔は愛せないわ」
「中身に惚れたら顔だってそれなりに見えるもんだってイゾウ君が言ってたもん」
「アイツも大概よね」

くつくつと笑うベイの背中に寄りかかって星空を見上げれば、重いわよと怒られた。でも言葉だけで声は笑ってたから気にせず空を仰ぎ続ける。

「星がキレーだよ」
「アンタのおかげで床しか見えないわよ。つーか邪魔、酒が飲めないわ」
「ぶー」

腹筋を使って上体を起こせば、大げさな溜息をついてベイが酒を呷る。私も新しい酒を開けて一気に呷れば、いつもより沢山呑んだ所為か目の前がクラクラした。

「酔った」
「弱すぎ」
「だっていつもこんな飲まないもん」
「甘やかされすぎなのよ、アンタは」

海賊のくせに、なんて言うから、マルコの所為だって返してやった。私が悪いわけじゃない。それなのに、ベイは「アンタが構ってオーラ出してるからよ」なんて冷たいことを言う。

「だしてない」
「出てるわよ」
「でてない」
「漂ってるもの、構って構ってーって」
「寄ってくるほうがわるい」

私はわるくない。ぜったいわるくない。無意識に唇を尖らせて反論する私に、ベイは声を上げて笑って背中に力をかけてきた。

「寄ってこないと拗ねるくせに」
「すねないもん」
「現に今、こうして拗ねてるじゃない」
「………」
「ほら図星」
「ベイ、うるさい」

鼻を鳴らす私にベイはまた笑う。ごめんなさいね、思ったことがすぐに口から出ちゃうのよ、だって。いつもこれだ。また鼻を鳴らして、それからは互いに無言でお酒を飲み続ける。

「アンタさ」

不意に口を開いたベイに、私は眉を顰めた。さっきまでとは違って真剣で、それでいて優しくて、何処か怖くて。ベイが何を言いたいのか、何となく察しがついて唇を噛んだ。

「ちゃんと分かってるんでしょ? 望みが薄いってことくらい」
「………」
「いい加減、現実見たほうが良いんじゃない?」
「海賊に現実見ろなんて言う?」
「自分の実力も弁えずに強敵に突っ込んだって、結果は分かりきってるでしょ。アイツがアンタの気持ちにこれっぽっちも気付いてないのは、気付く気がないからよ。つまり、女として見られてないってこと」
「そんなこと、わかってる」
「ぜーんぜん分かってないわよ。いーい? アンタはね、あのナースたちと同じ土俵にすら立ててないの。マルコの中ではアンタは女っていうカテゴリにすら入ってないの」
「分かってるってば!!」

声を荒らげた私に、何だ?どうした?と少し離れたところにいた兄貴たちが首を傾げる。何でもないわと答えるベイの背中にぴったり背中をくっつけて俯けば、小さな溜息の後にベイの手が私の頭を撫でた。
いつも頭を撫でてくれる大きな手とは違う、小さくて細い手。それなのに温かさは全く同じで、涙が滲んだ。





分かってる。ちゃんと分かってる。





大切な家族を想うその優しい心が、きっと手にも表れるんだろうね。
ベイの手も、マルコの手も。大事な家族の為の優しい手。
分かってる。分かってるよ。

妹以外になれないことくらい、ちゃんと分かってる。

それでも好きなんだもんと呟いた私に、ベイは「バカね」と囁いて優しく抱きしめてくれた。