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「テメェなんかに……っ、テメェなんかに! 渡して、たまるか!!」

面倒臭いガキだ。マルコは思う。

「渡すも何も、テメェにくれてやった覚えはこれっぽっちもねぇよい」
「んだと!? ざけんな!! 俺がっ!! 俺が最初に……っ!」

あぁ、面倒臭い。
何だってこんな面倒なガキに目を付けられてしまったのか。

興味を示さない相手に対するリサのあの態度は、何も今に始まったことではない。
幼い頃、本当の両親を事故で亡くしてこの家に引き取られた頃から既に始まっていたと記憶している。
極力人と関わらず、己の胸の内を見せようとはしない。
それを、あの手この手を尽くして漸く内側に潜り込むことに成功したのだ。
自分たちに心からの笑みを見せてくれた時のあの衝撃と感動は十年近く経った今でも忘れられない。きっと一生忘れることがないのだろう。
それは他の兄弟も同様で、酒が入るたびにリサを引き寄せては「あの頃はなぁ、」なんてしみじみ語りだすこともしばしば。

そんな自分たちからすれば、目の前で喚き立てるこの男子生徒の言動は到底許せるものではない。

「努力も何もしねぇで手に入れられると思うなクソガキ」
「っ、」
「テメェなんざ、そいつにとっちゃそこら辺の石ころと大差ねぇんだよい」
「………!!」

ギリ、と歯を軋ませた男子生徒の視線がリサへと向く。

そんなはずはない。
だって、俺はずっと見ていたんだから。
そんなことが、あっていいはずがない。

そんなことを考えているのだろう。
だからクソガキだって言ってんだ。マルコは心の内でせせら笑った。

「っ、どう、して……!」

こちらには目もくれず、鼾を掻いて眠るルフィの麦わら帽子をその胸に置いて微笑むリサ。
落胆。絶望。失望。
それらで塗りたくられた顔は、次第に怒りへと変わっていく。
憤怒。怨恨。妄執。
負の感情で埋め尽くされた彼の目には最早、こちらを見ない彼女しか映らない。

憎い。

憎い。

憎い憎い憎い。

どうして。

こんなに見てたのに。

こんなに想っていたのに。

どうして。どうしてどうして。
憎い憎い憎い憎い憎い!!!


「っ、相川……!」


ハッと息を呑んだ教師の制止など耳には届かない。
数歩先で鼻提灯を膨らませているルフィの傍らにしゃがみ込んだリサへと距離を詰め、


拳を、振り上げて、



「汚ぇ手で触るなっつってんだろうが」



いつの間にか距離を詰めていた男の声がすぐそこに聞こえて、



風を切る音が、耳に――



次の瞬間、凄まじい衝撃を腹に受けた。



「――……!!!」

ガードする暇すら与えられないまま受けた衝撃に、決して軽くはない身体が宙を舞う。
まるでスローモーションのようだった。

この目に捉えていたはずの彼女の姿がどんどん見えなくなって、床が見えたと思ったら今度は天井が映り込んで、

誰もが動けず固唾を呑む中、相川健二の身体は壁に叩き付けられた。
その反動で背中に受けた衝撃に、呼吸だけでなく全ての器官が機能を停止したような錯覚を覚える。

「っ、が、は………っ!」

何度も何度も咳き込み、全身を襲う痛みに生理的な涙を浮かべながら蹲った。
鼻先に映り込んだ誰かの爪先すら認識することも出来ないまま、相川は必死に痛みから逃げようと藻掻く。

苦しい。苦しい。苦しい。
痛い。苦しい。辛い。
どうして。
どうしてこんなことに。
どうして俺が、こんな目に。

「ぐ……っ!」

突然強い力で髪を掴まれ、強引に顔を上げさせられた相川の口から呻き声が漏れる。
滲んだ視界に映り込む顔は見えないが、誰であるかはすぐに理解出来た。

「この程度で苦しがってんじゃねぇ。テメェの所為でリサがどれだけ辛い思いをしたと思ってやがる」

静かな声音に隠された、大きな大きな怒り。
殺意にも似た感情に、知らず身体が震え出す。

「、ぁ……あ、ああ……」

口から漏れ出る情けない声を止めることすら出来ない。
身体の自由など、恐怖という感情に奪われてしまっている。

こわい。
こわいこわいこわい。
いやだ。こわい。
どうして。
だれだ、この男は。
危険。危険危険危険。
こわいこわいこわい。
だめだ。
にげろ。にげろにげろにげろ。

逃げろ――!!!

頭の中で警鐘が鳴り響く。

「、め、なさ……」

ごめんなさい。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

謝罪の言葉が勝手に口から漏れ出る。
こわい。ただその感情を払拭する為だけに。
目の前にあるこの恐ろしい生き物から逃げる為だけに。

知らない。
こんな人間、知らない。
人間なのかすら疑わしい。
こわい。
告げているのだ。こちらを見下ろすこの男の目が。

彼女を護る為なら、お前を殺すことすら厭わない――と。

相川健二は漸く気付く。
桜井リサとは、決して手を伸ばしてはいけない相手だったのだと。
このマルコという男は、決して敵に回してはいけない相手だったのだと。

常軌を逸する相川健二の妄執ですら、この男には到底敵わないのだと。



狂ってる。



この男は。
目の前にいる、この人間は。




「さて、どうしてやろうか」




ころ、される。