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「早く! 早く来てくれよ!!」

忙しなくかけられる声に、溜息を一つ。
もうこれで何度目だろうか。そろそろ苛々してきたのだが、行動に移しても良いだろうか?

「シャンクス!! 遅ェっての! はーやーくー!!」
「わーってるよ!!」

結局そう叫ぶに留めてシャンクスは歩調を速めた。


ことの始まりはほんの一時間前にかかってきた一本の電話だった。
ディスプレイに表示されたその名前は、登録した日こそ遥か昔の話だが、こうして連絡がきたのは何ヶ月――いや、何年かぶりだ。
徹底してこちらを避けるあの男が、一体何の用だろうか。

好奇心に負けて電話に出たのが運のツキだった。シャンクスはそう思う。


もしもし? 珍しいなぁ! お前が俺に連絡寄越すなんて!
今すぐ支度して◯×高校に来い。すぐにだ。遅れたら蹴り殺す


ブツッ、ツーツー……
用件のみを告げてさっさと切られた電話。

…………は?

待受画面に戻ったディスプレイを呆然と見つめながら、間抜けな声を出した自分は決して悪くない。
それから十数分後、鳴り響いたインターフォンに出てみれば、息を切らしたエースがそこにいて。

エース? どうしたんだ?
マルコ、からっ! 連絡、きてんだろ……!?
マルコ? おぉ、さっきわけの分からねぇ電話が――って、おい?
何してんだよ! とっとと行くぞ!!
は? え、ちょっ、俺まだ朝飯食ってな――ちょっとおおおぉぉぉっ!!?

有無を言わさず家の外に引っ張り出され、玄関の鍵をかける間もなく階段を降り始めたエースに引きずられるようにしてマンションを後にした。
おかげでスーツ姿にサンダルだし、お腹は減ったし、まだヒゲも剃っていない。
ネクタイは首にかけていたからまだ良いが、スーツの上着は家だ。ついでに、財布も携帯も家だ。
幸い、エースが現れたのは歯を磨き終えた直後のことだったから、歯ブラシを銜えたままという無様な恰好は免れた。

果たして、今現在のこの姿が無様でないと言えるかどうかは――考えないでおこう。


先を急ぐエースに急かされながら辿り着いた学校。
記憶が確かなら、白ひげの末娘が通っている学校だ。

道すがらエースから大まかな事情を聞いたおかげで状況は把握してある。
してあるが、これは一体どういうことだろうか。

「………おい、ルフィ。何でお前がここにいるんだ?」
「あ! シャンクスー!! 何してんだ!?」
「ルフィ!! お前こんなトコで何してんだ!?」

驚いたのは自分だけではないらしい。
隣に立つエースですら、弟の存在に目を丸くしている。

「ゾロにサンジ、ナミまで……お前ら学校はどうした?」
「アンタこそ良いのか? 教師のくせに」

最初こそ驚いていたものの、さすがルフィの友人というべきか。
すっかり平静を取り戻したサンジがシャンクスに尋ねた。

「俺ァ呼ばれたんだよ。そこの怖いオッサンに」
「テメェにオッサン呼ばわりされる筋合いはねぇよい」
「んん? うわっ、リサお前それ痛そうだなぁ! 大丈夫か?」

真っ白な布で吊られた腕に顔を歪めて近寄ろうとした途端、遮るようにマルコが進み出てくる。

「………」
「………」
「………ちょっとお前、過保護に輪がかかってねぇか?」
「るせぇ、近づくな。穢れる」
「けが……っ! 酷くねぇか!? 俺お前に呼び出されてちゃんと来てやったのに!」

ヒデェ!
煩ぇ
泣くぞ!?
お前もう黙れよい、うぜぇから

ひどい。
おそらく、教室中の思惑が重なったのはこの瞬間だけだったろう。

喚くシャンクスを無視して隣のエースを見遣ったマルコは、ちょいちょいと手招きをしてエースを呼び寄せる。

「何だ?」

首を傾げながら歩み寄ったエースの頭にポンと手を乗せ、くしゃくしゃと撫でるその手つきは先程のシャンクスへの態度とは明らかに違う。

「手間取らせたな、ありがとよい」
「――ヘヘッ、気にすんな!」

嬉しそうにはにかんだエースが、今度はぐしゃぐしゃとリサの頭を撫でる。

「護ってやれなくてごめん……もう大丈夫だからよ、あとは俺らに任せとけ!」
「エース……」
「今度こそ、護るから」

揺らぐことのないその瞳をジッと見つめ、リサが頬を緩める。

「うん、ありがとうお兄ちゃん」

お兄ちゃん。その言葉に喜びを噛み締めたエースは、今度はルフィに歩み寄って拳骨を一つ。

「ってぇ!」
「ったく、無茶しやがって」
「だってよ! コイツらリサをイジメたんだ! だから俺らが護るって決めたんだ!!」
「分かってるよ。ありがとな、ルフィ。お前らも……恩に着るよ」

ありがとう。
そう言って頭を下げたエースに、ナミ、サンジ、ゾロが顔を見合わせ微笑み合う。

「当然のことをしただけよ」
「レディを護るのに理由はいらねぇさ」
「で、これからどうするんだ? アンタが来たってことは――」

ゾロの視線がリサの傍らに立つマルコを捉える。
当たり前のように腰に回された腕に突っ込むことはしない。さっきので気付いてしまったから、尚更に。
ただ、ほんの少し。ほんの少しばかり、面白くない。

ナミに聞かれたら、ガキだと笑われるだろうか。
先に気付いたのは自分たちなのに。
先にここへ来たのは自分たちなのに。
護ると、そう言ったのに。
後からやって来たこの男に美味しいところを全て掻っ攫われることが、ほんの少しばかり。

悔しい。

そう思ってしまう自分は、まだまだガキなのかもしれない。

「――後は任せた。どうせ、俺らに出来ることなんてもうねぇしな」

悔しいが、自分たちはまだ未成年というコドモで。
どうしたって、大人には勝てない。こうやって乗り込むことが出来たって、根本的な解決など出来やしないのだから。

「まぁ、そう言うな」
「お前らにゃ、まだやってもらいてぇ事があるんだよい」

肩を竦めたゾロに、シャンクスとマルコがそう言って。

「自己紹介がまだだったな。グランド高校、二年A組担任のシャンクスだ」

事の成り行きを見守るしかなかった教師に向かい合い、シャンクスは不敵な笑みを浮かべた。