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左腕が使えないというのは不便だ。
生まれて初めて骨折というものをしたリサは、左腕を吊るしながら学校へ向かっていた。

「ったく……アンタって本当、面倒ごとに巻き込まれるわよね」

隣を歩くナミが呆れたような顔で言った。

そうかな?
そうよ
今まではこういうの無かったけど……
あったら大問題よ!!

のんびりとした口調で答えるリサにナミは鼻を鳴らした。

「暢気なもんね、左腕バットで殴られて骨折までしてるってのに!」
「痛いよ?」
「たりまえよ! このバカ!!」

容赦なく振り下ろされた拳はとんでもなく痛い。
ゴツン、と鈍い音が上がると共に目の前に星が散りばめられた。
下手したら腕より痛いかもしれない、と呟けば即座に「そんなわけあるか!」と怒声が返ってくる。

「ゆるせねぇ……!! リサちゃんをバットで殴る奴なんざ、この俺が蹴り殺してやる………!!!」
「なぁなぁ、その腕吊ってるやつ、カッコイイな! 俺にも貸してくれ!」

ルフィにもナミの容赦ない拳骨が振り下ろされた。
傍らで復讐の炎を燃やすサンジには誰も目もくれない。放っとくのが一番なのだと教えてくれたのは一番後ろで大きな欠伸をしているゾロだ。

「しかし、変なのに絡まれるなお前は」
「ホンットに! アンタって昔からそうよね、なーんか妙なのに気に入られるのよ」
「妙なのって……今までは別に何も、」
「あの家の個性豊かな兄たち全員虜にしてる奴が何言ってんのよ」

個性豊かな兄たち。
確かに、言われてみればそうかもしれない。
性格は勿論、外見までも奇抜な兄たちだ。傍から見れば『妙なの』と言いたくなるような人たちなのだろう。

「みんなシスコンだから」
「限度ってモンがあるだろ」
「そうよ! シスコンなんて言葉じゃ済まされないわ!」

呆れたようなゾロの言葉にナミが大きく賛同する。

「特にあのマルコって人!」
「マルコ?」
「あぁ、あのパイナップルなオッサンか」
「ルフィ、それマルコに言ったら蹴り飛ばされるよ」
「ししっ、返り討ちにしてやる!」

出来るといいね。心の内でそう返してリサは曖昧に微笑んだ。

昨日、学校にやって来たエースに救出されて病院に運ばれたリサは、家族に知られることを厭ってエースの家に泊めてもらった。
そして一夜明けた今朝、学校を休めと言うエースに首を振って家を出たリサは、家を出て数分もしないうちにルフィに出くわした。

あ、ルフィ
お、リサ! 久しぶりだな!! ――ん? お前、その腕どーしたんだ?

そんな短いやり取りの間にナミがサンジを従えて現れて、同じように問い詰められて。

何ですって……!!?
三枚におろしてやる!!!

般若のごとき形相で怒り狂ったナミとサンジの提案で学校まで送ってもらうことになり、ゾロも加わって学校へ向かっている。
リサのスクールバッグは、腕を吊っているのを見た瞬間に動いたサンジによって奪い取られ、現在サンジが持っている。因みに、何処も怪我をしていないナミのバッグまで持っているのだから、きっと腕を吊っていなかったとしてもサンジに奪い取られていたのだろう。騎士を気取るサンジだが、最近では完全にただのパシリになっている気がしなくもない。
他の兄たち――特にマルコに知られずに済んだことは良かったが、出来るならこの心配性で怒りん坊な友人にも知られたくなかったな、とリサは隣を歩くナミをちらりと見た。

「ごめんね」
「ん? 何が?」
「巻き込んじゃって」

返事はない。

「自分で何とかするから、気にしな――いっ……!!」
「この、バカ!!」

先程よりも強い力で殴られ、リサはその場に蹲った。
痛い。痛いなんてもんじゃない。腕の痛みさえ忘れたほどだ。
確実にたんこぶが出来たであろう頭を擦りながらナミを見上げれば、ナミは怒りを露にしながら、けれどその目に哀しみの色を湛えてこちらを見下ろしていた。

「、ナミ」
「アンタはっ! いつもそう! 自分一人でどうにか出来ると思ってる! 出来た例があった!? 今まで一人で出来たことなんかあった!?」
「それは……」
「迷惑かけたくないとか、そんなのアンタの自己満足でしょう!? 助けさせてもらえない私たちの気持ち考えたことある!!?」

答えられない。答えられるはずがない。
迷惑をかけたくなかった。心配させたくなかった。
だから何もなかったフリをして、隠して、隠して。

”どうしても行くのか?”

十数分前に見たエースの泣きそうな顔が浮かんだ。

「………ごめん、なさい」
「もういいわよ! バカ! アンタがそういう奴だってことは嫌ってくらい知ってるもの! けど、アンタだって知ってるでしょ!? アンタが何言ったって、助けるわよ! 私たちは!!」

にししっ! そーだ、俺たちはやるぞー!
当然だ! その何とかってクソ野郎をおろさねぇことには俺の気が治まらねぇ!!
ま、そういうこった

腕を組んで仁王立ちするナミの横に立つルフィが、サンジが、ゾロが。
当たり前のように手を差し伸べてくれる。
断ったところで、彼らは聞きやしない。
彼らこそ自己満足の為に動くのだろうが、それを指摘したところで「だからどうした!!」と返ってくるのがオチだ。

「――ありがとう」

一人じゃない。
こんなにも仲間がいる。
自分のことのように憤ってくれる人たちがいる。

それは、何て幸せなことなのだろうか。

「それより、覚悟しといた方がいいんじゃねぇか?」
「?」

ゾロの言葉に首を傾げれば、合点がいったのかナミも頷いた。

「アンタ、マルコさんに気付かれたらどうすんのよ」
「どうする、って……だって内緒にしてるし」
「今はね。その腕、暫く治んないんでしょ? ずっとエースの家に泊まるつもり?」

怪しまれるわよ。
ナミの言葉にリサはピタリと足を止めた。
気付いてなかったのね。ダラダラと汗を流すリサを見てナミが言う。

「もー、だから私らと一緒の学校に行けば良かったのに」
「だって、マルコが………」
「またマルコさん。アンタ、本当マルコさんばっかよね」
「だって……」
「そういう経緯があるから余計に言いづらいんでしょうけど、ずっと隠されてたんだってマルコさんが知った時の方が大変だと思うけどね」

誰がどう見ても、一番のシスコンは彼なのだから。

「それが上手い具合に変化してくれれば良いんだけどね」
「何が?」
「こっちの話よ」

首を傾げるリサに手を振ってナミは考える。

間違いなく、白ひげ一家一番のシスコンはマルコだ。
それはもう、周りがドン引きしてしまうほどに。
彼に恋人が出来たという話は今まで一度も聞いたことはないが、つまりはそういう事なのだろう。
他の女に気をやる暇がないほど、妹であるリサを愛しているのだ。
これが家族愛から恋愛に変わってしまったらどうなるのか。考えるだけで恐ろしい。
怖いのは、リサがマルコをそういう風に見ているという事実だ。リサがそうであるなら、マルコがそうならないとどうして言い切れる?
そして、それほどまでにリサを愛してるマルコが、万が一にもリサがイジメに遭っているという事実を知ってしまったら。

「………ホント、恐ろしいわ」
「?」

首を傾げるリサの、何と暢気なことか。
口元を引き攣らせたナミは、同じようなことを考えていたのであろうゾロと目を合わせ、どうか事が終えるまで彼が知らないままでいてくれることを切に願う。

「ん? どーした、ナミ。便秘か?」

的外れかつ失礼なことを尋ねてきたルフィに、八つ当たりも兼ねて蹴りをお見舞いしてやるのだった。